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色吉捕物帖 三  作者: 真蛸
かまいたち
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 新春とはいえまだまだ冷たい風が往来の埃を巻き上げる。ときどき打ち水をするが、からりと晴れあがった天気は打っても打っても打ったそばから乾いていく。

「あっ、痛い」

 毬をついていた五つくらいの娘が声をあげた。尻もちをついて、どうやらつむじ風に突き転ばされたようだ。

「えへへ、転んじゃった」

 娘は笑ったが、いっしょに遊んでいた友達が悲鳴をあげた。

「お小枝さえちゃん、て、て、手……切れてる!」

 小枝が腕をあげて、見ると、冬着の片袖が切れて、その下からのぞく腕がぱっくりと割れていた。一寸ばかり、不思議と血は流れていなかったが、小枝は泣き出した。


 月も半ばをとうに過ぎ、正月気分などとうにすっかり抜けきったある夜。

「近頃、かまいたちが出るようで」

 いつものように色吉は羽生邸にて、隠居の歩兵衛と話していた。

「そうらしいのう」

 この日は報告するような事件もなく、話は自然、とりとめのない世間話になっていた。

「今日もやられやした。柳原の通りの筋違御門の近くです。鎌倉河岸、両国の広小路に続いて三人目でさ。いや、かわら版によると、深川の高橋でもあって、時期からするとそいつが一件目なんだとか。手口はどれも同じで、さっと風が吹いたと思うと、腕や脚を鎌で切りつけられて、でも不思議に血はあんまり出ないってことなんでさ。場所によっちゃ、着ているものもきれいに裂けてるそうで」

「かまいたちは風に乗ってやってくる、一説によると三匹組だとも言うのう。最初の一匹がひとを突き飛ばし、二匹目が鎌で裂き、最後のが血止めの薬を塗っていくとか」

 色吉の顔がかすかに青ざめたが、何気ない口調で、

「ははあ、だから血が出ないってことですかい。だけどどうであれ、どれもやられたのは小さな女の子ばかり狙っているようで、今日のことでいよいよそれとわかって、かわいそうに子供たちはおっかながって外へ遊びにもいけないありさまなんでさあ。許せねえこって、なんとかしなけりゃあ」と言った。

 この屋敷にも小さな女の子がいるから、色吉としては気が気ではない。理縫りぬも明けて五つになったから、今日襲われた娘と同い年だ。

「うん、色吉殿が頼りじゃ、たのんだぞ」

 理縫の父親たる歩兵衛も言った。遅くできた子で、妻は娘を生んだすぐあとに亡くなったから、ことのほかかわいいのだ。

「任せてくんなさい」

 色吉はうなずいたが、頼んでおいて歩兵衛は内心、心配でしかたない。色吉はおばけだの妖怪だのの類が(控えめに言って)ものすごく苦手なのだ。

「じゃあ、そろそろ……」

 と色吉が腰をあげたときに歩兵衛が、

「今日は泊まっていかれよ」

 と言ったのも、それを心配してのことだった。

 しかし色吉は柳原土堤の現場を見ておきたいと帰っていった。ちょうどその現場は、ここ八丁堀から色吉の長屋のある本郷までの帰り道にあたる。


 裏口を出たとたん、あたりが真っ暗であることに気がついて色吉は後悔した。

「どうする、やっぱり泊まってく?」

 戸締りのためいっしょに出た留緒が、見透かしたようににやにやと言う。

「へ? なんだよ、やっぱりって」

 色吉はとぼけた。

「それより理縫殿にはくれぐれも気をつけてくれよ」

「言われなくたってわかってるさ」

「じゃあな、おやすみ」

「おやすみなさい」

 闇のなかに去っていく色吉の背を留緒は不安げに見送った。さっきのからかうような笑いはみじんも残っていなかった。


 ふだんなら別にどうとでもない道のりだ。今日だからって道が変わるわけではない。

「なにがかまいたちでえ、出るなら出てみやがれ」

 足早に歩きながら小声でつぶやく。万が一、ほんとにかまいたちに聞かれたらまずいからだ。

 待てよしかし、深川から鎌倉河岸、両国ときて柳原だ、ということはもう、かまいたちはまた他の場所へ行っちまったかもしれない。たぶん行っちまったんじゃないかな。そうだ、残念だが行っちまったに違いない。せっかくおれが見つけてやろうと思ったが、行っちまったじゃあ捕まえようがない。

 早足というよりほとんど駆け足で、いつの間にかもう神田だ。通りを行きながら、太助の長屋はすぐそこだ、太助の野郎でも誘うか、とも思ったが、あの野郎、おれがなにかを怖がっているとでも勘違いして勝手に思いこみやがって、おれを臆病とでも笑いそうだろうから業腹だ。じゃあ太助の子分の卒太か根吉あたりでも、といってもだめだだめだ、いくら口止めしたところであいつら、ぜんぶ太助に話すに決まってる。おっとっと……

 考えながら早歩きしていたせいか、もう八辻が原まで来てしまっていた。かまいたちが出たというのは柳原土堤だからちょっと戻って筋違御門の向こうに行かなくてはならない。もうちっと気づくのが遅れたら昌平橋を渡ってしまい、戻るのもおっくうになって明日にするか、となっていたところだった、危ない危ない。

 色吉は気づいてしまった自分を内心では呪いながら、御門のまえを通りすぎた。十五夜はとうに過ぎているが、半月の明かりはまだ十分だった。土堤のまえの往来に立ち、左右を見渡し、

「かまいたちの野郎、いるなら出てきやがれ」

 と精いっぱい小声で言い、

「よし、いねえな、いねえんじゃしょうがねえ、帰るか」

 とふたたび家路につこうとしたそのとき。

 夜だというのに小さなつむじ風が色吉の体を襲った。

 なにかが跳びかかってくる気配に十手を抜いたところに、ちん、と音をたて火花が飛んだ。

「うわっ」

 背中から倒れ落ち、同時にまた襲いかかってきたなにかをとっさになぎはらった。クエッ。十手に確かな手ごたえがあった。

 どさり。と傍らの地べたになにかが落ちる。

 体を起こして月明りにすかして見ると、異様な動物だった。


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