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九州大学文藝部・書き出し会

作者: 平田貞彦

 引っ越しの準備をしていたら思いがけないものが出てきた。

 お母さんがそういって持ち出してきたのは、でかい辞書ぐらいの大きさの箱。漆塗り、っていうのかな、光沢のある黒色の下地に、浮世絵に出てくるようなざぶーんっって感じの荒波が描かれている。ところどころ剥げた塗装で過ぎた年月を感じさせるそれは、お母さんの記憶にないものだという。お父さんのものかしら、って私に聞かれても困るんだけど、そうかもね、と曖昧な返事はしておく。実際、おじいちゃんに聞いてみようにも無理。そもそも、引っ越しのきっかけがおじいちゃんの病没なのだから。

 私のおじいちゃん、つまりお母さんのお父さんは、ずっと漁師をやっていた。若い頃から腕のある漁師だったらしく、その上ケンカも強かったとか。おじいちゃんが昔してくれた話じゃ、動物をいじめてた悪がきたちを一人でとっちめたらしい。本当かなぁ。長い間船の上で揺られただけあって身体は丈夫な方だったんだけど、寄る年波には打ち勝てず、漁師を引退したあとすぐに亡くなってしまった。亡くなる前は「張り合いがねぇなぁ」ってよくぼやいていたのを思い出す。根っからの海の人だったんだろうな。私にはあんまりそういうのわかんないけど。

 とにかく開けてみましょうか、とお母さんが言うから、そうしよう、と箱に手を伸ばす。開くのに少し力が要ったのは、しばらく開けられていなかったからだろう。力を込めて蓋を引っ張ると、ばこっ、という派手な音ともに勢いよく開かれた。

 中を覗こうとして、大量のほこりが舞ったのに気付いた。わが鼻炎にハウスダストは天敵なのだ。慌ててしっしっと手で払う。そんなことをしていたら、先にお母さんが中身を見ていた。私も気になって覗き込むと、そこには、何も、ない。空っぽだった。

 何が入っているのか、という好奇心と、価値あるものが入っていてくれ、という期待がいっぺんに裏切られたので、私は露骨に肩を落とした。お母さんも拍子抜けしているようだ。けっこう見た目がキレイだから、小物入れとして使わせてもらいましょ、それがいいかも、なんて話して、お母さんは引っ越しの準備に戻っていった。

 私も手伝わなきゃな、と思いつつ、残された箱が気になってもう一度覗いてみる。やっぱり何もない。私の期待を返せ、とだけつぶやいて蓋を閉めようとして、気付いた。蓋の裏に、何か書いてある。一目見てわかるほどの達筆だ。困った、達筆すぎてほとんど読めない。かろうじて「浦島」って書いてあるのが読み取れた。どうしておじいちゃんの苗字が、一体なんて書いてあるんだ。そんな私の疑問は母の呼び声で霧散した。また何か発見したらしい。今度こそ、何か価値あるものが見つかってほしいなぁ、と母のもとへ急いだ。準備は当分終わりそうにない。

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