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第4話 平伏させて身包み剥いでくれる

 国王ゴッドロープは、夜会が行われる広間で呆然とした。隣で病的なまでに青ざめた王妃が崩れ落ちる。とっさに支えたものの、太った王は一緒に膝をついた。


 国中の爵位を持つ貴族すべてを招待したはずだ。なのに、この場にいる貴族は両手から僅か溢れる程度。大切な王太子である我が子ヨーゼフは床に転がり、苦しそうに呻いている。


「な、何があったのだ?」


 壁際に控える騎士に声をかけるが、返事がない。そこで騎士も1人を残し消えている事実に愕然とした。


「へーファーマイアー公爵令嬢アゼリア様との婚約を、王太子殿下が一方的に破棄しました」


 婚約を破棄なさいましたと告げるべき言葉を、簡潔に省略して敬意を根こそぎ排除する。


 この騎士は最後の務めを果たすため残ったが、心はすでに離脱している。この場で起きた出来事を説明した後、速やかに実家がある子爵家の領地に戻る気だった。


 誰しも同じだろう。沈むこと確実な泥舟に穴が空いたのだから、大人しく沈むまで乗る義理はない。そこまでの恩義を王室に感じていなかった。


 へーファーマイアー公爵が宰相職に就くまで、国王は前宰相の言いなりの人形だった。その悪行は後世に語り継がれるほどひどく、国民は日々の生活すらままならない状況に置かれたのだ。


 地方の農民は翌年のために残す種麦まで奪われ、痩せた土地に生えた雑草を食べた。街の住人も食べ物を探して地面を這いずり、一部の貴族に取り入った店以外は潰れる。危機を訴える善意の貴族は社交界から排除され、国王への直訴も邪魔された。


 王家と一部の貴族が利を貪り富む一方で、国は疲弊し続ける。その悪循環の輪を断ち切るため、へーファーマイアー公爵は動いた。


 国王へ直接現状を説明し、脅迫して宰相の職を奪い取る。さらに国を食い潰す害獣のような貴族を代替わりさせ、重要職から外した。かつて良心のまま危機を訴えた貴族を呼び戻し、この国は滅びの道から逸れたのだ。


 にも関わらず、救国の公爵家のご令嬢を蔑ろにした王太子を憎むのは、真っ当な国民なら当然の意識だった。騎士は次の王の言葉を待つ。


「そのような、いや……()()()()()()()で?」


 こんなに怒ることないじゃないか。そう呟いた国王ゴッドロープに心底呆れ、軽蔑した騎士は一礼して踵を返した。


「本日を以て、私は騎士の職を辞して出仕を控えます」


「ど、どこへ」


 決まっている、新しく王国をつくるへーファーマイアー領へ合流するため、実家へ戻るのだ。だが、今の国王にそれを告げる義理も義務もなかった。


 何も言わずに靴音を響かせた騎士は広間を後にした。後ろから飛んできた「無礼者! 答えぬか」という叫びも、「実家を取り潰すぞ」という脅しも、彼を呼び止める鎖にはならなかった。


 残った数少ない貴族達は、立場を決められずにいた。親の代に隆盛を極めた彼らは、子供の頃に味わった贅沢が忘れられない。あれを再び得られるなら、大人になった今はさらに楽しいだろう。


 国王についていけば、国は残る。宰相も将軍も、肩書きはいくらでも空いていた。互いに視線を交わし、彼らは決断する。


「国王陛下、我らは逆賊とは違います」


「そうです、今こそ鉄槌を下し逆賊を追い落としましょう」


「このような非道を許してはなりません」


 もっともらしい言葉を飾りながら、神妙な顔の下で本音が舌舐めずりした。そして愚かな王は決断する――くだらない虚栄がまぶされた本音を、太った喉から絞り出す。


「よかろう、奴らを平伏させて身包み剥いでくれるわ!」

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