第33話 種族と治世の違い
「順調すぎて怖い」
ベルンハルトは贅沢な悩みに唸っていた。無能な王家に一生頭を下げて生きていくのかと、眠れない夜に頭を抱えたことを思えば、今の状況は幸せだ。婚約者という名目で妹を縛り付けた鎖も解けた。
すぐに新しい婚約者を作ったのは早すぎるが、変な虫がつくよりずっとマシだ。それでも、あまりに展開が好都合すぎた。
妹アゼリアを溺愛する婚約者は、魔国サフィロスの国王だ。当然母の実家がある獣国ルベウスは味方になってくれる。
独立するために必要な砦や外壁も、過去の小国の遺産が使えた。新しく整える費用は、開拓予定の土地につぎ込むことが出来る。すでに王都から逃げ込んだ難民達が、開拓地へ向かっていた。
公爵領の民は、ユーグレース国からの独立を喜んでいるし、周辺貴族がこぞって参加を表明している。さらにまだ民が流入中だった。国として必要な国民は増える一方だ。
「強いていうなら、人材か」
適材適所に配置しなくては、集まってくれた貴族達の個性や才能を潰してしまう。それはベルンハルトの采配次第だった。
「簡単ですよ。立候補させましょう」
この部屋には魔国の宰相がいる。ベルンハルトの補佐として、一時的に滞在中のメフィストが協力していた。
「立候補、ですか」
考えたこともない方法を提示され、ベルンハルトは利点を考え始める。やる気のある人間がやりたい職につく。新しい国家だからこそ、勢いは必要だった。その意味で画期的な案だ。
今まで重要なポストは、家柄や過去の実績が重視されてきた。ユーグレースで言うなら、宰相は侯爵以上の15代以上続く家柄のみ。貴族家の嫡男以外が多い騎士だが、騎士団長は伯爵家以上だった。
過去の実績というのも、当人の実績ではなく先祖の偉業を誇るもの。当人に実力がなくとも、有能な軍人を輩出する家柄なら団長や隊長の肩書を手に入れることが出来た。
その弊害は凄まじく、過去には一般兵に負ける程度の剣技しか持たない将軍がいたという。王家や一部の貴族が腐って国を私物化したのも、家柄重視主義の末路だった。
「立候補させれば、やる気の判定は容易です。やりたい者の中から、実力や人望を基礎として選べば時間の短縮になりますから」
「確かに早いし、無駄が減る」
すぐに新しい手法を認める器の大きさを見せる青年に、メフィストは微笑んで頷く。魔族と人間の寿命は数十倍違う。メフィストに比べたら、卵の殻を引き摺る雛ほどしか生きていない人間だが、驚くほど聡明だった。
この者を「凡庸」と評した、ユーグレース王家の馬鹿を笑う。己が主君ほどでなくとも、有能さは疑いようがなかった。アウグストのような英雄の輝きは持たないが、朧月夜の柔らかな光に似ている。
ふと気づいた様子で、ベルンハルトが顔をあげた。署名を終えた手元の書類を積み上げながら、疑問を投げかける。
「魔国サフィロスの国王陛下と宰相閣下が揃って留守にして、平気なのですか?」
濁した部分に「反逆や騒動が起きたら」と懸念を滲ませる。人間らしい考え方だ。メフィストはにっこりと笑って、首を横に振った。
「問題はありません。人間と違い、魔族は弱肉強食が信条です。先代の王を倒さねば、次の王になれませんから。用があれば攻めてきますよ」
物騒な世代交代を匂わせ、メフィストは眼鏡を取り出して掛ける。その優雅な指先や仕草に、誤魔化す気配を感じたベルンハルトは眉を寄せるが、言葉にしなかった。




