第23話 婚約祝いは物騒な響き
兄ベルンハルトが賛成に回ったと判断し、メフィストはほっと安堵の息をついた。この期に及んで認めないと言われたら、間違いなく彼は氷漬けだった。立派な氷彫刻が出来ただろう。
メフィストが苦労して探す番候補を「気が乗らない」「いまいち」と蹴飛ばしてきた魔王がようやく番う気になったのだ。ここで邪魔されたら、イヴリースが凍らせる前にメフィストが焼き尽くすかも知れない。
返答次第で風前の灯だった己の命の危うさに気づかず、ベルンハルトは状況を冷静に判断していた。可愛い妹アゼリアには、とにかく幸せになってもらいたい。先ほどの照れた表情から、満更でもないのだろうと判断した。
もしアゼリアの気が変わって「この人は嫌」と言えば、魔王退治の軍を編成するだけだ。先頭はもちろん自分が務める気だった。先ほど寒さにアゼリアが肩を震わせた時、すぐに毛皮を渡した魔王の行動は評価に値する。その冷気が魔王の八つ当たりだったとしても。
「我が民となる者らを救ってくれたこと、まずは礼を申し上げる」
アゼリアの事があり頭に上った血が下がれば、魔王に救われた事実が残る。逃げてくる荷馬車を見捨てるしかなかった状況で、彼が振るった魔法により彼らが助かったのは幸いだった。領主として、民を救った人物に礼を示して頭を下げるのは当然だ。
父母の教えと帝王学で学んだ知識に従い、素直にイヴリースへ礼を告げた。鷹揚に受けたイヴリースが穏やかに返す。
「そなたが最後まで待ったゆえ間に合ったのだ。見事な王の器よ。余はそなたの国と国交を結ぼうと考えている」
「国交?」
へーファーマイアー公爵家は、あくまでも一領主だ。獣人国家であるルベウスと交流はあるが、国として独立はまだだった。
「ああ。独立するのであろう? 余が知る限り、ユーグレースの貴族の大半はそなたにつくことを選択するぞ」
父に勢いで独立しようと告げたが、現実味を帯びると尻込みしてしまう。国を作るということは、すべての責任を負う覚悟が必要だった。頼って集まる多くの民を食べさせ、住まわせ、養わなくてはならない。
公平な法を施行し、適正に運用する義務も生じる。正直、得るものよりデメリットの方が大きかった。
「しかし……」
目の前にユーグレース国の王都があれば、どうしても独立したへーファーマイアー公爵家に手を出される。独立して彼らとのつながりを絶つ事が出来ても、国を興すなら慎重を期す必要があった。
「ユーグレースか? あの程度、アゼリアとの婚約祝いに片付けてやる」
心配は不要だと笑うイヴリースは、どこか黒い笑みを浮かべた。後ろで穏やかそうな表情を浮かべたメフィストの目も、獲物を見つけた鷹のように鋭い。射竦められた獲物のように緊張で乾いた喉をゴクリと鳴らすベルンハルトへ、アゼリアは無邪気に言い放った。
「折角だもの、お願いしたらいいわ」
……ああ、可愛いアゼリアは間違いなく『あの母上の娘』だ。自分を棚に上げ、ベルンハルトは諦めに満ちた溜め息を吐いた。




