第7話 卑怯ではなく作戦です
「卑怯、だぞ……アウエンミュラー」
呻いたのはアルブレヒト侯爵だった。地に伏した彼の斜め前には、やはり戦いに傷ついたヘルマン伯爵ロルフがいる。強者と弱者が剣を合わせる混戦の中、微笑む勝者は宰相アウエンミュラー侯爵だ。それも無傷である。彼自身が強いのではなく、剣を抜かないという究極の戦法が原因だった。
クリスタ国の貴族は強者が多く、かつての英雄クラスが山ほどいる。その中で財政立て直しの寵児と呼ばれたアウエンミュラー侯爵が残ったのは、何も武器を持たずに立っていたからだ。国を守り切った自負のある武人なら、武器を持たない素手の男に切りかかったりしない。
ごく当たり前の考え方で、彼を避けて戦った。その結果、本気で激突したアルブレヒト侯爵とヘルマン伯爵が相打ちとなり、ブルーノを含めた各兵士や騎士も次々と倒れる。武器を持たないがゆえに誰も攻撃しなかったアウエンミュラー侯爵だけが残った……という笑い話のような結末だった。
「何を言われようと、私の勝ちです」
にやりと笑う策略家に、歯ぎしりして悔しがるアルブレヒト侯爵。久しぶりの戦いにぎっくり腰を発症して立てないヘルマン伯爵。父を守ろうと奮闘した息子ブルーノ。全力でかかったが勝てなかった騎士達。様々な人間模様を、ヴィルヘルミーナ王妃は興味深く観察していた。
「護衛も決まったようですし、私達も参りましょうか。ベル」
「そうだね、ミーナ」
彼らは失念していた。強ければ護衛としてついていけると考えたが、竜殺しの英雄アウグストがすでに向かった。それ以上の護衛が必要だろうか。そもそも赤子の顔を見に行くだけなのだ。後付けで理由を作ったことによる弊害に気づかぬまま、倒れた強者達の夢は風に吹かれて消えた。
「あとは頼んだぞ」
「「はっ」」
国王ベルンハルトの言葉に、横たわったまま敬礼する。かつてのユーグレース国なら失礼にあたるが、この国でそんな考えはない。にっこり笑ったベルンハルトが妻と腕を組んで踵を返すと、アウエンミュラー侯爵が微笑んだ。
「安心してください。お子様の映像はきっちり保存してきますし、治癒魔法の使い手も手配しますから」
至れり尽くせりである。戦うことしか頭にない武官が向かうより、よかったのかも知れない。そう自分達を慰めながら、アルブレヒト侯爵は何とか身を起こした。互いに殺し合いにならないよう訓練用の刃がない剣や鞘に納めたままの愛剣を使ったが、被害は甚大である。
治癒魔法の使える魔族が駆け付けるまでの間、彼らは痛みに呻きながら庭に転がっていた。
「ああ、これは予想よりひどいですね」
苦笑いした宮廷魔術師は、大きな角が立派なユニコーン系の魔族だ。様々な種族が交流するクリスタ国は、それぞれの特性や技術に会わせて役職を決めていた。現時点で貴族も獣人、魔族、人間が混ざっている上、幼子は混血世代が増え続けている。
今度生まれたアゼリアと魔王の子は、3種族の象徴となるべき血筋の子供だ。一目お会いしたかった……崩れ落ちた彼らの嘆きをよそに、治癒魔法の光は美しかった。




