第221話 皆様がお待ちです
準備はすべて整った。
家族は別室だし、招待客も欠席なく揃っている。侍女達が全力で取り組んでくれたため、肌は艶々に磨かれていた。綺麗に巻かれた艶のある髪を上で固定する。髪飾りがいくつかついているが、中央は開けていた。
豪華な琥珀のネックレスは中央から徐々にグラデーションが作られ、肩に触れる寸前の揺れる耳飾りがしゃらんと音を立てる。いつもより濃い化粧で、黒いドレスを纏った。
ベリル国から輸入した真珠が光るドレスの上に、金色に見えるルベウスのヴェールを羽織る。母が用意したへーファーマイアーの家紋入りのブローチで、ヴェールを留める。頭に何かを被る習慣があるのは人間だけで、魔族の慣習に従った。
「綺麗だ、アゼリア。当たり前の言葉しか出ないが、本当に……美しい」
感極まった様子のイヴリースが、斜め後ろで控えるメフィストを振り返る。宰相が手にした箱を開き、中からティアラを取り出した。
中央に拳大のサファイアが飾られた、黄金のティアラは様々な宝石が散りばめられている。これはアゼリアのアイディアだった。今までとは違う、3つの種族が幸せになることを願ったティアラだ。ルベウスの紅玉、へーファーマイアーの水晶、ベリルの緑柱石。海や大地を表す琥珀、蒼玉、黄水晶、紫玉、黒曜石……すべての民が幸せになるように。
「イヴリースも素敵よ。私の大切な旦那様」
少し屈んでティアラを着ける。宝石と黄金の重さがアゼリアにのしかかった。これは魔王妃としての責任の重さ。私は魔国サフィロスの王を支えて生きていく。
覚悟を決めて顔を上げたアゼリアの額に、軽い口付けが触れる。そのままキスになだれ込もうとした魔王を制するように、メフィストは空咳をした。予定時間が押しているのだ。唇へのキスを許したが最後、暴走するに違いない。化粧直しの時間も取れないというのに。
「皆様がお待ちです」
「わかっている」
余計な邪魔を、と言いたげなイヴリースだが機嫌はいい。最愛の女性をエスコートしながら、控室を出た。魔王城の中にある大広間へ向かい、招待を受けて出席した各国の王族や自国の貴族の前で愛を誓う。最後に民へのお披露目を兼ねて、バルコニーで手を振るのが慣習だった。
中央に敷かれた純白の絨毯は銀糸が織り込まれた特注品だ。白いドレスで嫁ぐのが人間の結婚式だと聞いたイヴリースが、急遽用意させた。ドレスは魔族の黒だが白も添えたいと魔王に言われ、職人達は徹夜で仕上げたのだ。もう一ヵ月早く提案してくれればよかったのですが……そうぼやいた宰相をよそに、ぎりぎりで絨毯は間に合った。
シミひとつない純白の道を歩き、感動したアゼリアの瞳に涙が浮かぶ。泣いたら化粧が流れてしまうわ。目を見開いて堪えるアゼリアを、左側で見守るアウグストは滂沱の涙だった。鼻を啜る夫に、苦笑いのカサンドラが白いハンカチを差し出す。しかし彼女自身も目元をそっと別のハンカチで押さえていた。




