第127話 開戦の合図はまだか
転移した先には、膝をついて待つ魔王軍の精鋭がいた。戦に出る時は、階級章のついた制服を身につける。部隊により色が異なる魔王軍だが、将官の制服はすべて紺色に統一されていた。
肩や袖に金色の飾りが揺れる。房や刺繍をふんだんに施された制服は、裏に様々な魔法陣を刻んだ一級品だった。式典用衣装のような華やかさと裏腹に、実用性も兼ね備えた制服は個人に合わせてデザインされる。
「メフィストはどうした?」
「牢内の掃除に手間取ったそうで、今回は不参加とお伺いしております」
バールが伏せた頭を上げて答える。高い位置で結んだ金髪が揺れた。目元に特殊な模様を描いた化粧が目を引く。他のゴエティアも己に与えられた紋章を加工して、頬や腕に化粧として描いていた。魔王軍の正装としての形式だ。
「掃除か、まあ空にしなければよい」
やり過ぎて全部処分するような事態でなければ構わない。影武者を担当するダンダリオンは城に残ったが、マルバスやヴァサゴ、ブエル、アモン……ヒュドラ退治で活躍した者が多かった。
「開放は第二形態までだ」
「「はっ」」
承知したと告げる彼と彼女らにひらりと手を振って解散を命じた。13名に及ぶ魔王軍の精鋭達は、打ち合わせもなく散る。
「では参ろうか。義父殿、中央を開けてある」
一番の特等席は我らの戦場だ。小賢しい敵を正面から撃破してやろうではないか。そう告げる魔王イヴリースは、背に蝙蝠の羽を広げた。飛ぶための羽は不要だ。これは魔王軍が出向いたことを知らしめるための、旗印だった。
クリスタ国に手を出せば、魔王軍が動く――人間への警告を兼ねた羽をばさりと揺らし、イヴリースは森をひらいた街道の中央に立った。隣に立つアウグストが、背負った剣を鞘ごと外す。身長に対して大き過ぎる剣の鞘を地に突き立て、顎の高さまで届く柄に手を置いた。
「それが竜殺しの剣か」
「ふん、一度打ち合ってやろうか」
「構わぬが、折れても泣くでないぞ」
有名な剣を間に挟み、2人の視線は前方に展開した敵に固定される。軽口を叩きながら、アウグストの口角が持ち上がった。
「開戦の合図はまだか?」
気が昂って仕方ない。そんなアウグストの挑発を知ってか、矢が大量に射掛けられた。遠距離の敵に対して正しい対応だ。それが人間の軍が相手ならば、被害をもたらしただろう。
「舐められたものよ」
イヴリースが魔法陣を操る間に、アウグストが手をついた柄をぐっと握り込む。ぱちんと仕掛けが作動して鞘が両側に落ちた。特殊な鞘は、大き過ぎる刃を抜く手間を省く。ルベウス国の職人自慢の特別製の鞘だった。
「ほう?」
感心する響きを滲ませたイヴリースをよそに、露わになった刃を翳したアウグストが魔力を流す。ぼんやりと光る剣は重さを忘れたように、アウグストの腕の振りに従って矢を叩き落とした。自らの上に降り注ぐ矢のみを燃やす魔王をよそに、アウグストは手の届く範囲の矢を叩き落とす。
「先手は譲った。次はこちらの番だ」
好戦的なアウグストの視線の先、敵の騎馬隊は土埃を舞い上げて迫っていた。




