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第3話

「みなさん制服が似合いますね〜」

登校初日はよく晴れて、春の陽気にとても似合う朗らかな声で愛凜はそう言うと、あ、そうだと言ってカバンからカメラを取り出した。

「いやいや、愛ちゃん、もう遅刻しそうなんだけど」

宗佑は優雅に写真を撮ろうとする愛凜を静止しようとするが言うことを聞いてくれない。


宗佑たちが通う高校は、小さな山の麓にあるため、ほとんどの生徒がバスで通う。バスと言っても通学バスのような専用バスではなく、市営の民間バスで、朝の通学時間は生徒たちがあふれかえったバスが何台も行き来する光景が見れる。

このバスに乗るにはタイミングがあって、比較的空いている時間帯を狙わないと、大勢載せたバスが停留所に停まらずに、フォン、と短いクラクション一発でスルーしてしまうという悲惨なことになってしまい遅刻が確定してしまう。これを生徒たちは「積み残し」と呼んで、誰もがこの事態を恐れていた。


「はい、みんな笑って〜」

愛凜がそんな俺の気も知らずに、のんびりと写真撮影を行っている。

確かにリカルドもユキノも制服がとても似合っている。

こうしてみるとユキノの顔立ちにはアジアの血が多く残っており、しかし目などのパーツの大きさや、瞳や髪の毛の薄い茶色の色素など、それがとても自然に見えるあたりは北米のDNAを感じさせ人目で純粋なアジア人とは一線を画すことは分かる。そのDNAのバランスがあまりに見事で一瞬言葉を失うほど目が吸い寄せられてしまう。こうして制服を着るとなおさら、他の女子生徒との違いが明確になってしまい美しさを増長させてしまうのだろうか。

しかし、今日のユキノは明らかに何かが違っていた。

それは緊張なのだろうか?なにか決意を胸に秘めているような、ちょっと容易に声を掛けれない雰囲気だった。

「はい、キムチー」パシャ

「ありがとねー愛ちゃん、あとでメール送ってください」

リカルドが満面の笑みで言うと、宗佑は二人を急がせながら学校に向かった。

玄関では母と愛凜が

「いってらっしゃーい」

とお見送りしていた。


あまり生徒がいない時間で初日は登校すると決めていたので、予想されていた留学生パニックは回避され、二人を職員室まで無事に連れて行くことが出来た。

「よ〜奥田、元気やったか?」

職員室の中から須藤が声を掛けてきた。須藤玲子は1年のときの担任で、女子体育を担当する女教師だ。女教師と言っても美人教師ではなく、ギリギリ女の部類に入ることが出来る方の女教師で、元はバレーの実業団選手であった彼女のビンタはスナップが効いていて、何人かは脳震盪を起こしている。宗佑と早瀬もそのうちの2人だ。

「あ、レイコやん。おはようございます」

「おまえ呼び捨てやめろっちゅうに」

宗佑と早瀬は須藤を呼び捨てにすることをやめなかった。なぜならそこまで本人が嫌そうじゃないからである。

そのときも、嫌そうな顔は一瞬したものの、すぐにニヤッと笑って

「おまえ、また私のクラスやからな!」

と勝ち誇るように言った。宗佑はあからさまに嫌な顔をして

「げー、まじかよ〜。俺今度こそ病院送りかも」

と殴られることを想定した不平を口にした。それでも宗佑は須藤の竹を割ったような性格が嫌いではなく、むしろ好感を持てていたので実際は嬉しかった。

「んじゃ、レイコ、あとこいつらよろしくお願いします」

そう言って職員室を出るとき、もう一度リカルドとユキノに挨拶しようと振り返ったが、リカルドは満面の笑みで手を振っていたが、ユキノは俯いたままだった。それを見たリカルドが宗佑に向けて、自分の胸に手をやって、任せとけと言わんばかりに大きく首を縦に頷いて見せた。それを見た宗佑も、ウンと頷いて見せて職員室を後にした。


学校はいくつかの校舎に分かれていて、それぞれ一年、二年、三年と校舎は同じでも階数が違って分けられたりしていた。その校舎に囲まれるように真ん中に広場があり、そこで新しいクラスが発表される掲示板があった。

一通り確認を終えると、まだ生徒もあまり来ていないのでとりあえず新しい教室に行くことにした。


出席番号順に並べられた自分の席を見つけ座っていたがいつの間にか眠ってしまったようだ。周りがザワザワとしていることに気付き、顔を上げたときには早瀬がちょうど教室に入ってくるところだった。

「オォーー!宗佑やったやん。俺らまた同じやで!」

興奮しているのかそう言うと俺の隣の席にドッカと座り大声で話しかけてくる。

「またお前と一緒やったらレイコにシバカレてまうな〜」

ダハハハ、と下品な笑いを浮かべている。

「ほんと、レイコも俺らのこと好きやな〜」

俺も下品な笑みを浮かべて言った。

「あと隆ちゃんと真帆が隣りのクラス同じか〜」

「そうやな〜、あの二人前も一緒やったな〜かわいそうに隆二・・・」

まるで親友が何かの犠牲になったかのうように、俺たちは哀悼の意を言葉にした。

「そういえば!あの2人は?」

早瀬が指しているのは聞かなくても分かる。

「さ〜ねぇ・・・」

俺がそう言って一つ大きく伸びをすると、他の男連中が俺らの周りに集まってきて、よろしくな〜とか言いながら早速大きな輪を形成していた。


「おいおい聞いたかよ!!」

そう言って教室に駆け込んできたのは三宅という、まあ俗に言うチャラ男だ。見た目からしてチャラチャラしていて、一年のときはいろんな女の子に猛アタックして球根活動中の鳥のようだと一時有名になった。そのうちの何人かは付き合ったようだが、すぐに別れていた。理由までは知らないが、化けの皮でも剥がれたのだろう。

「なんだよ、あいつも一緒かよ〜高校デビューくん」

早瀬がため息混じりに言う。

「あ〜、ま、しょうがねーべ」

宥めるように俺は早瀬に言った。

「だって俺まだデビューしてないし」

そう言うと早瀬は大笑いして

「あ、ほんまや、俺もまだデビュー決まってなかったわ。今度のオーディションがんばらなあかんで」

と話に乗って、聞いてた周りの奴らもつられて笑い出した。

「おい〜、うるせーよ、お前ら。聞きたくないんか?」

三宅がこっちを向いて威嚇してくるが、輪の中に宗佑と早瀬がいるのを確認すると

「げっ・・・」と一瞬にしてテンションが下がり、お前ら同じクラスかよ、とよっぽど大きな苦虫を噛んだような顔をして呟いた。

「どないしてん、三宅?話ってなんや?」

早瀬が大声で三宅に問い詰める。

三宅はそれでもなんとか調子を取り戻し

「あ、あ〜、それがさ、何でも俺らの学年に留学生が来るねんて」

と新しいと思ってる情報を披露した。

「しかも、2人でそのうち一人はめちゃめちゃ可愛いらしいでっ」

三宅は得意げに胸を反らせて言った。

宗佑と早瀬は目を合わせてニヤッと笑う。他の連中は、えーまじでー、など言いながら三宅の周りに集まる。気を良くしたのか三宅は今にもふんぞり返って倒れそうな勢いで、自慢げに腕を組んで話している。

(そんなに注目浴びたいか・・・)

俺がそう思ったのを見計らってか早瀬も笑いを堪えて言う。

「あいつが偉いわけじゃないのにな」


始業式が終わり、ホームルームが始まるまでの間、教室の中、いやもっと正確に言えば学校中が大騒ぎだった。

「しかしありゃすげーな・・・」

早瀬が少し緊張したように言う。

「確かにこないだ見て可愛いって思ったけど、まさかここまでとは・・・」

そうだな、と俺も答えた。

原因は始業式での留学生紹介・・・ここはどっかのアイドルグループがいるコンサート会場かっていうぐらい女子の黄色い声がキャーキャーと、そして地鳴りのような野郎共の声が響き渡った。

「ほんと、俺なんて男子生徒にしばかれるんちゃうか?」

宗佑はそう言うと早瀬は真顔で向き直って

「いや、女子にもえらい目にあうぞ。リカルドもすごかったからな」

と付け加えてくれた。

母さん、事件です。事件が起こりそうですよ、我が家に。


「おらー!!、席に着けい」

ガラッとドアを開けて須藤が入ってきた。・・・全員その場に立ち尽くす。須藤の後ろにはユキノがいた。

うおォォォォ〜〜っ!!!!

男子生徒の雄たけびが爆発する。ラッキーだの、須藤偉い、だの言葉が混ざってやがて他クラスの生徒も教室を覗きに来る始末だ。

須藤は一旦閉じたドアをもう一回開けて、外に出てきた他クラスの男子を一括してから戻ってきた。その間もユキノは居場所なさげにずーっと俯いている。

(同じクラスかよ・・・何考えてんだレイコの奴)

宗佑は一瞬須藤を恨んだ。この後どうなるのか大体予想がついたからだ。

一方で彼女が目に届く範囲にいて安心できる気持ちもあった。

「おまえら、いい加減にせんかっ!!」

須藤が叫ぶとさすがにみんな大人しくなり席に着き始めた。

しかし全員の好奇の目は一点に注がれている。

「今日から一年間同じクラスで過ごすことになったユキノ・アンダーソンさんだ。仲良くしてやってくれ」

そう言うと男子生徒が全員、はーい!!と行儀よく声をあげた。

「それから手を出した生徒は全員ぶっ飛ばすからな。日米安保理に関わるねんから覚えとけよ」

まるで彼氏のように宣言する女教師須藤。かっこいい。

「では自己紹介するか」

そう言ってユキノに促すと、初めて彼女の視線が上を向く・・・その視線と合った俺。一応ニコッととびっきりの笑顔を作ってみる。

思わずユキノが目を見開いて露骨に嫌な顔をして声に出した。

「なんであんたがいんのよ・・・」

クラス全員が俺のほうを見る。

「それはこっちのセリフやっ!」

売り言葉に買い言葉とはまさにこのこと。全員の好奇の目は知っていたが、隠し通せるものではないので早い段階で知っておいてもらったほうがいいとは考えていた。

教室内がまたざわつき始める。早瀬も、あっちゃー、と言いたげな感じで額に手のひらをのせて天を仰いでいる。

しばらく沈黙が続いた後、

「こら、なにをやってんねん」

と須藤が言うと、ユキノも我に返って、ごめんなさい、と素直に謝った。

再びユキノに全員が注目する。三宅だけがジロ〜っと妬ましげに宗佑を睨んでいるのが分かるがあえて目は合わせない。

「・・・アメリカのフロリダ州から来ました。ユキノアンダーソンといいます。・・・え〜っと、え〜・・・」

ユキノの声は最終的に聞こえなくなるぐらいまでボリュームダウンされていた。さっきの俺に対する声量と全然違う。

(なにを緊張してんねん)

歯がゆさを感じる。その時、三宅が大声でユキノに向かって言った。

「奥田君とはどうゆう知り合いなんですか?」

何か挑むように質問する。ユキノはハッと顔を上げて、俺のほうをチラッと見る。

俺は心を決めた。

「彼女は奥田の家にホームステイしてるんや、それで知り合いやねん」

変わりに須藤が答える。げぇ〜、まじで〜、と三宅が叫ぶ他男子は、うらやまし〜!!などと囃し立ててくる。まあ、こうなることは分かっていたからいいんだけど。

「お前らな、宗佑の家には他にも2人も外国人いるんやぞ!、寮やろ、完全に」

早瀬が素晴らしいフォローをしてくれる。

「そうやぞお前ら、俺なんかな、合宿から帰ってきたら自分の部屋なかってんから・・・」

と俺も続くと教室内のざわつきが爆笑に変わった。早瀬を見ると小さくVサインをしている。あのサインは俺のコレクションDVD2本よこせと言ってるのだろう。今回はくれてやる。

「まあ、そんなわけだから。下衆な勘繰りはやめとけよ。お前らバカ騒ぎするから、ユキノさんが緊張してもうたやんか。大丈夫か?」

須藤がユキノの顔を覗き込んで聞くと、大丈夫です、ちょっと緊張して、と小さく呟いた。

「ん?なんだ?」

何かを呟くユキノに須藤が聞くと、ユキノは顔を上げてはっきりと言った。

「・・・穴があったら入れたいです」

シーンとした教室にユキノの言葉が宙ぶらりんになって浮かんでるようだったが次の瞬間、教室が揺れるぐらいの爆笑が起こった。

「ダーッ八ッハッハッハ〜〜!!・・・ヒィー・・・く、苦しい〜」

宗佑も早瀬も笑いを堪えきれない。

「ユキノちゃーん!!ユキノちゃんは穴あるから入れてもいいよ〜!!」

そんな下品な野次も相まって、笑いが収まる気配がない中、ユキノは何が起こったか分からずにキョトンとしていた。

ようやく自分の言ったことが可笑しかったのだと分かると、ユキノは顔を赤らめて俯く。

須藤が、お前ら黙れ、と言っているがみんな聞く耳を持たない。女子でさえ大笑いしている状況だ。そんな中、異変に気付いたのは俺の席だからだろうか?

ユキノは手のひらの拳をギュッと力強く握り締めている。初めは恥ずかしさを耐えているのだろう、と考えていた。

しかし拳を握る力はどんどん強くなっているようで、彼女の顔は見えなかったが嫌な予感がした。まわりは未だに騒ぎ続けている。

・・・やばいな、と瞬間的に俺はそう感じ立ち上がろうとしたとき、

「・・・プッ・・・クックック・・・アッハッハッハッハ!!」

腹を抱えてユキノは笑い出した。それを見て、またみんなも釣られて笑い、しばらく笑い声は止まなかった。

(・・・気のせい?)

浮かせかけた腰を再び席に戻し、ホッと息をついた。

「おーし、んじゃユキノさんはとりあえず一番後ろの席に座って〜」

そう言われて、ユキノも笑うのを抑えて、ハーイと返事して席に着いた。

「ユキノちゃーん、あとでプリ取りにいこうな〜」

学校でも最強ギャルと噂されている矢野英子がユキノに声を掛ける。ユキノは彼女の方を向いて、ウンと答えた。

思えば、このときがこれからの俺たちの未来を大きく変えたんだって、それはもうだいぶ後になってから分かった。

ユキノの方をチラッと見ると視界に入った早瀬が俺のほうを見て、ニヤッと笑い、もう一度Vサインを送ってきた。






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