第六死合い 真田幸村
喜助との昼食を終えたレンジは、喜助に暫くのんびりしていろと言われ、手持ち無沙汰に庭で放し飼いにされている二羽のニワトリ相手に遊んでいた。
ニワトリはせわしなく地面を突いて何かエサになるものをほじくり返していた。
レンジには目もくれずに地面を突くニワトリを、暇つぶしに捕まえようと両手を広げ、
(コーッコッコ! コケ~コッコ!)
ニワトリに近づくもすんでの所で取り逃がし、何度試しても捕まえる事は出来なかった。
すばしっこさに自信のあったレンジも流石に疲れて地面に大の字にひっくり返る。
空を眺めて、
(いい天気だ~ 俺何してるんだろう?)
顔を横にした時、顔の前を一匹のミミズが這っていた。
(これだ!)
レンジはミミズをつまみ上げてニワトリの前にそっと置いた。
そして両手を伸ばしてニワトリがミミズに気付くのを待った。
ニワトリは蠢くミミズに気が付いて、レンジに近づいて来る。途中立ち止まりレンジの広げた両手を警戒する仕草をするが、食欲には勝てないらしく恐る恐るミミズをついばむ。
その刹那、広げられたレンジの両手はニワトリの体をしっかり掴んでいた。
「とったど~!」
レンジに体を掴まれたニワトリは暴れることもなく、ただ不思議そうに首だけを動かし、
(クオーッ)
と辺りを見渡していた。
手の中にある茶色いニワトリを見つめレンジは、
(お前は今日からタローだ! そしてもう一羽の白い方はジローな!!)
勝手にニワトリに名前を付け、暇つぶしをしていると日が傾いて来た。
槍を担いだ幸村が村の見回りから帰って来た。
一度屋敷に入った幸村は槍を手にいつもの場所で槍の鍛錬を始めた。
それを見ていたレンジは部屋に戻り、竹刀を手に幸村の横で素振りを始めた。
「何のつもりだ?」
幸村の問いかけにレンジは、
「一人じゃ寂しいだろうと思ってな!!」
「気持ち悪い奴、離れろ!!」
「そんな冷たい事言うなよ! 幸村ちゃん!!」
レンジの言葉が癇に障ったのか幸村の槍が音を立ててレンジの顔面目掛けて振り回される。
手を抜いているのは解っているが、ぎりぎりの所で幸村の槍の柄を避ける。
レンジはちゃんと謝罪してきた喜助と違い、正式に謝ってもらっていない幸村に対し挑発を続ける。
「あぶね~な~! 当たったらどうするんだよ!!」
「ほー!! 小さいだけあって、動きは良いようだな!」
「小さい言うな!! ぶっとばすぞ!」
「お前の腕でそんな事が出来るのか?」
「なにを~!! この前は竹刀が切れたからやられたが、切れなきゃ負けてないっつ~の!!」
「面白い!!」
幸村は槍を地面に突き刺すとツカツカと歩いて蔵の中に消えて行った。
蔵から出て来た幸村の手には木刀と刃の部分が布で覆われた槍が握られていた。
レンジの前まで来ると、
「ほらよ! これなら竹刀みたいにはならんだろ。
死ぬ事も無いだろうから本気がだせるだろ?」
そう言ってレンジに片手に握られた木刀を渡した。
レンジは受け取った木刀の握りを確かめながら、
「俺を舐めると、痛い目みるぜ!」
「見せて見ろ!」
幸村とレンジは互いの武器を手に相対した。
幸村を直視したレンジは生唾を飲み込んだ。
間近に見ると、レンジより顔一つ以上背が高く、はだけた着物から見える上半身は鍛え上げられており、さしずめプロアスリートの様で、顔は鼻筋が通ってりりしく、その瞳は真っ直ぐレンジを見つめていた。
レンジは小さい頃から剣道をやっていたからこそ感じる相手の圧力に、押し込まれそうな感覚を覚えた。
その感覚に抗うように、
「いくぞ!!」
「こい!」
レンジは幸村に初撃を叩きこむ。
幸村は槍を横にしてレンジの木刀を受け止め、そのまま力ずくでレンジの木刀を跳ねのける。
跳ね上げられたレンジの木刀、その隙を見逃さない幸村は槍を立て、布で巻かれた刃先をレンジの腹部目掛けて突いた。
「がふっ!!」
レンジの腹部に槍が突き刺ささり体はくの字に折れ曲がり、苦しさから声が漏れる。
「どうした! もう終わりか?」
幸村の挑発にお腹を押さえながらレンジは、
「まだまだ!!」
痛みを我慢して顔を歪めながら木刀を握りしめ身構える。
(・・・・・・)
今度はレンジは動かない、いや動けない。
痛みが治まる時間を稼いでいるのだ、腹部の痛みで木刀を握る手に力が入らないからだ。
その事を解らない幸村ではない、今度は幸村から仕掛ける。
「来ないなら、こちらから行くぞ!!」
そう言い放つと強烈な勢いで槍を突いて来る。
レンジは木刀を巧みに使い槍先をかわす。
防戦一方のレンジに幸村は、
「威勢がいいのは口だけだな!!」
その挑発に乗ったレンジは一歩前に出て幸村に木刀を振り下ろす。
予期していた幸村は再び槍を横にしてそれを受け止め、今度は空いてるレンジの腹部に膝をたたき込む。
「はう!! う~~~!!!」
腹部に二回もまともに攻撃を食らったレンジは、たまらず地面に蹲り、腹を押さえて悶絶した。
勝負あったと思った幸村は、レンジに背を向け立ち去ろうとした、その時。
「まだ終わっちゃいね~ぞ!!」
木刀を杖にしてレンジは立ち上がり、幸村を挑発した。
幸村は、
「ちっ!」
軽く舌打ちして再度レンジに向き合う。
その後もレンジが倒される事、二度、三度。
既に立っているのがやっとの状態だった。
何度も立ち上がって来るレンジに幸村は、
「なぜそんなにむきになって来る、もう、ボロボロじゃねーか!」
「俺は負けねー!! まだ死んでねーぞ!」
「お前! 実戦なら五回以上死んでるんだがな!!」
「うるせ~!! 俺はまだ、昨日の事ちゃんと謝ってもらってね~からな!!
お前の口からちゃんと聞くまで、やめね~ぞ!!」
「・・・・・・ あはははははは。
お前、そんな事の為に、そんなボロボロになるまでやってるのか!」
「黙れ~!!」
レンジの叫びに、笑っていた幸村は槍を降ろし、レンジの前まで歩いて行くと真顔で、
「昨日の事は俺の勘違いだ、すまない!」
そう言って頭を下げた。
その言葉を聞いたレンジは、肩で息をしながら地面に片膝ついた状態で、
「お、おう。分かってくれたら・・・・・・」
意外に素直な幸村の謝罪の言葉に戸惑っていた。
そんなレンジに幸村は手を差し出した。
レンジは差し出された手を強く握り、立ち上がった。
「お前、面白い奴だな!!」
「お前じゃない! 俺は、赤城蓮二だ!!」
「そうか! 俺は真田幸村」
二人は、戦う事でお互いを認め合った。
その日二人は、日が落ちるまでならんで鍛錬に励んだのであった。