第十九死合い 山の道場
レンジと若侍は半日以上歩いた。目の前には小さな農村があった。
「ここまで来ればもう大丈夫。目的地はあそこです!!」
そう言って、若侍は村の後ろに聳える(そびえる)山の中腹辺りを指さした。
「え~!! まだかなりあるじゃん!」
「大丈夫、ここからは一本道! 迷いようがありません!!
私は今日中に城に帰り、やり残した仕事を片付けねばなりません。
ここでお別れです!」
「もう帰っちゃうの? なんだか寂しいなー! せっかく仲良くなれたのに・・・
でも、ありがとう。あんたのおかげで無事着きそう!
今度会ったら、何かお礼をするから!」
「期待して待ってますよ!」
「ありがとう!」
「では!」
「では!」
二人は別れ、レンジは一人で目的地へ向かう。
人の気配がしない村を抜け、つづら折れの坂道を登って行く。
山の中腹に辿り着いたレンジは一軒の山小屋の様な建物を発見した。
古びて苔むした門の上のには『万礼庵』と、どこかの大木から切り出して来たような板に書かれていた。
「まん、ふだ? おれ?・・・
なんて読むんだろう? なんか、蕎麦でも食わしてくれそうな雰囲気だな!」
レンジは古びて壊れそうな戸を慎重に開けて中に入った。
「すみませ~ん! 誰かいますか~? お~い!」
チャイムを鳴らそうと玄関周辺を探す。勿論、そんなものは存在しなかった。
戸を開けようと引っ張るが、動かなかった。
作りが弱弱しく、無理をすると壊れそうなので諦めて、家の左側に回り込んでみた。
そこには、道場の様な建物が立っており、戸は閉じられ、人の気配は無かった。
「ここまで来て誰もいないって、シャレにならないって!!
偉そうに幸村と別れて来たのに、誰にも会えないので帰って来ました。なんて言ったら、間違いなく笑われる。いや笑われるだけじゃ済まないな。うん、間違いない!
やばいぞ、俺!!」
レンジは焦って来た、目の前の戸をドンドン叩き、
「誰かいませんか? いや、いて。お願い!!・・・・・・・」
返事が無い、只の空き家の様だ・・・・・・
「うそ~~~~ん!」
レンジは肩を落としてダメ元で反対側へ回ってみた。
そこには少し広い庭があり、よく手入れされた木々が青々と茂っていた。
目線を家の方に移すと、縁側にちょこんと座った、白髭が長い小柄な老人が夕日を背に受け、お茶を片手に一人、黄昏ていた。
(いるじゃん、人いるじゃん。あんだけデカい声出して呼んだのに、全力無視かい!!
いや、年寄りだから耳がとおいんだな、なるほど、そう言う事か。
ビックリさせやがって。年寄りじゃあ仕方ない、取りあえず話しかけてみよう!
留守番してるおじいちゃんかもしれないからな!!)
「すみませーん! もしも~し・・・・・・?」
返事が無い、只の屍のようだ。
(まさか、既にお亡くなりになっているんじゃ・・・?)
「爺ちゃん? 生きてる? おーい!」
耳元で大きな声で叫ぶレンジに老人は、
「うるさいわい! 聞こえとるわ!! 勝手に殺すな!!!」
先程までの置物かと思われた姿から一転して、鋭い眼光でレンジを睨みつけ続ける、
「小僧、どこから入って来た? 迷子か? 両親は?
腹が減ってるのなら何か恵んでやるから日が落ちる前に早くこの山を下りろ!」
「いや! 迷子じゃないんですけど~・・・」
そう言ってレンジは勘助に書いてもらった書状を老人に渡した。
老人は、ぱっと書状を広げ目を通す。
「ふん! 信玄め、こんな小僧をわしに押し付けよってからに・・・」
「読んでもらえました? ここで剣の修業をさせてもらおうかと・・・」
「状況は理解した、部屋は空いてる。どこでも好きに使うがよい!!
わしは寝る!!」
「えーっと、修行の方は? 聞こえなかったのか!!
わしは寝ると言っておる。お前の相手は明日からじゃ!」
そう言って老人は部屋の中に姿を消した。
(えーーーーーー!!なんだあのじいさん、わけわかんね!
うちの爺ちゃんもそうだが、話がまったく通じないな!)
仕方が無いのでレンジは家の隅の小さな部屋に布団を敷いて眠る事にした。
こんなに早く寝るのは珍しいのだが、長旅の疲れからか以外に熟睡出来たのだった・・・・・・