第十七死合い 武田信玄ー2
信玄の声に反応しない家臣の男。男は口を半開きにして(こっくりこっくり)気持ちよさそうにしていた。
「こら! 勘助!!」
信玄の大音量の声に男は(ビクッ)となって、
「いつのまにやら、眠っておったわ!!」
そう言って信玄の方に向き直り、ひかえた。
その姿にレンジは、
(あんたも寝てたんか~い!!
武田家ってどんだけだよ!!
二人して遅くまでゲームでもしてたんか~い!)
口に出さずに突っ込んでいた。
信玄は手短に勘助に説明を済ませる。それを聞いた勘助は、
「殿の仰せのままに!!」
そう答えるとレンジ達の方へ向き直った。
信玄の勘助への大音量の声に目を覚ましたか、信玄の後ろにある虎の剥製と思われた生き物は立ち上がり、信玄の横を通り抜け幸村の前に迫った。
その虎は体長2メートルを超える大きさだった。
虎は幸村の眼前で止まり、幸村を見つめる。
幸村は動じる事無く、優しい目で虎を見つめ返す。
虎は何もせずにレンジへと目線を移し、レンジの前にのそのそと近づいて来る。
その姿を見ていたレンジはさび付いた人形の首の様に(カクカク)と虎と逆の方に顔を向け、
(なんだこれ!! 虎ってなんだよ! 見ちゃダメだ・見ちゃダメだ!!
目が合ったら、殺される。
俺は石。そう、石なんだ!!)
そう心の中で考えながら、虎に気付かないフリをして、気配を消していた。
そんなレンジの前で止まった虎は、暫くレンジの首筋辺りの匂いを嗅いでいたかと思ったら、
レンジの耳元を舐め始めた。
「あは! あはははは!! くすぐったい! やめろよ、おい!!」
虎はレンジの顔も舐め続ける・・・・・・
「なんだよ! やめろって!! マジ、なん、なんだよこれ!?」
虎のペロペロ攻撃に顔を背けて必死にかわそうとしていたら信玄が、
「やめろ、タマ!! 嫌がっとるじゃろ!!」
信玄の一喝に虎は踵を返し、信玄の横まで歩いて行くと信玄に頭を撫でられ、そのままゴロンと信玄に腹を見せてひっくり返った。
「お~可愛いの~タマは・・・
よ~しよしよし! よ~しよしよし!!」
信玄は虎の腹を撫でまわし、虎はその手にじゃれつき、爪を立て甘噛みした。
その様子にレンジは、
(なにがよ~しよしよし、だよ? 虎の爪、腕にめり込んでるよー
噛まれてるって。ほら、血出てるって・・・
それに、「タマ」ってなんだよ~、それ、家でひたすら大人しく眠ってる家猫に付ける名前だよね~!
そんな巨大な虎の名前じゃないよね~・・・
信玄の腕の傷って、ほとんどコイツのせいだよね、これ・・・)
そんな事を考えていると、
「ゴホン!!」
勘助の咳払いに信玄は自分を取り戻し、
「勘助、後はまかせたぞ!」
そう言って立ち上がり、虎を連れて部屋を出て行った。
部屋に残された三人、暫く静かな時が流れた・・・・・・
幸村は勘助の方を向き、
「勘助様、ご無沙汰致しております!」
「うむ。父上はお元気か?」
「はい、おかげさまで元気にしております」
「それはよかった!!」
勘助は幸村との会話の後、レンジに向かい、
「タマに気に入られるとは、なかなか見どころがあるの!
わしは武田軍団の軍師をしておる山本勘助! よろしくな!!
すぐに書状を用意するから付いてまいれ」
そう言って二人を伴い部屋を出た。
勘助は片目が白く濁り、動かない。見えていないのだろう。
歩く姿は、片足を引きずる様に、杖を頼りにひょこひょこと歩いた。
そんな勘助の後を付いて行った二人は、勘助の書斎の様な部屋に通され、勘助が座って筆を走らせているのを見守った。
「できたぞ!!」
そう言って勘助は二人に書状を渡した。
「それを持って、それぞれの師の元を訪ねるがよい!!
今日はこの城に泊って行くがよい。
明日の朝ここを立つのだ!!」
二人は勘助に礼を述べ、各自の部屋で旅の疲れを取る事にした。
二人は旅の疲れで、深い眠りについた。
夜が明けると、二人は別々の師の元へ向かう事になるのであった・・・・・・