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3-3「ほっ? 面白いあんちゃんじゃの!!」

 パラサは一度席を立ち、食堂のカウンターからトレーに乗った食事を受け取ると、シドとクロウの前にそのトレーを置き、最後に自分の分を持って来たところでシドに聞いた。


「あんた、いくら何でもこのクロウの疲弊の具合は異常よ? 何『インストール』してどんな『VR』をやったのよ?」


「ん? ああ。お前さん艦長の命令聞いていなかったのかよ? まず艦内のデータベースに載っている全部のインストールデータを一括で『インストール』して、60倍速の『VR』で集団行動と、99式小銃の取り扱い、分解組み立て、んで、山岳戦闘訓練をして、最後に道場でひたすらぶっ殺してやっただけだよ」


 言い終えて、「メシありがとな! 今日はカレーか! ラッキーだな」と言いながら、シドの興味は目の前の食事へと移ってしまった。


「ちょっと!!」


 スプーンを手にカレーを食べ始めようとしたシドを制して、パラサは食べさせないわよとばかりに言葉を紡ぐ。


「じゃあ、何? この子はこの艦の膨大なデータベースの士官が閲覧可能な権限まで全部脳内に突っ込まれた上にそのあとVRでしこたま『しごかれた』って訳? まさか最初から60倍じゃ無いわよね? 艦長は60倍まで許可する、って言ったのよ?」


 食事を妨害された格好になったシドは口を尖らせながら言う。


「あんだよ? 俺は命令通りにしたぜ? 最初から60倍に決まってるだろ、時間がもったいねえもん」


 事も無げにシドは言う。聞いたパラサは額に手を当てながらため息をついた。


「呆れた、どんな脳筋よアンタ。この艦のデータベースの容量分かってるの? 30YB(Yottabyte)超えているのよ?」


 クロウには想像も出来ない事であったが、この時代のコンピュータ技術ももちろん途方もない進化をしていた。


 クロウの生きた時代、個人で所有するデータの総量などは多くても数TB(terabyte)である。1YB(Yottabyte)とは1TB(terabyte)の一兆倍、クロウの時代で換算するなら、関東地方を全てデータセンターで『埋め尽くして』ようやく1YB(Yottabyte)に届くかどうかという単位だった。


「おいおい、バカ言うなよ。データベースのほとんどは多層構造化されたVRデータや戦術演算データだぜ? テキストデータなんざ、せいぜい1YB(Yottabyte)行くかどうかって所だ。実際クロウへのインストールも10分位で終わったしな」


「もーいいわ、あんたちょっと黙って」


 インストールに10分もかかるという事こそ異常だった。パラサの想像が確かであれば、シドはこの艦に搭載されているほぼ全てのデータをクロウへ突っ込んでいたはずで、実際その通りであった。


 普通、そんな容量のデータを一度にインストールされれば、人格など吹っ飛んでしまう。だが、クロウは憔悴こそしているものの、どうやら意識はきちんとありそうだ。


「クロウ君、大丈夫? 本当にごめんね、このバカ本当に馬鹿で。かなり気持ち悪いわよね? そんな状態でVRなんてまともに動けるはずもないのに」


「いえ、ちょっとびっくりしましたけど、ようやく軽いめまい位になってきました」


 ふらふらと上半身を起こしたクロウは青い顔をしていたが、通常VRもいきなり60倍速などという速度では実行されない装置だ。


 本来は1倍から慣らしていき、最終的に60倍速にするというのが一般的で、それでも初めて60倍速に到達した訓練の後はパラサですら10時間ほど意識を失っていた。それをこの少年はたった数分で、軽いめまい程度になったという。パラサは知らず背筋が凍るような感想を覚えた。


「こいつ、インストール終わった後普通に悪態ついてたし、VR空間でも最初から訓練についてこれてたぞ」


「はぁ?」


 もくもくと、カレーを食べながらシドは言う。シドは馬鹿だからこの異常性に気が付いていないのだ、とパラサは頭を抱えた。さらに深刻な表情で額に手を当てるパラサを見て、クロウはその額に手を当てる動作がパラサの癖なのだろうな、とどこか他人事で思っていた。


「うむ、にわかには信じられん話じゃのう」


 と、クロウの真横から幼い声が聞こえた。


「?」


 クロウは咄嗟に声の方向を向くが、そこには何もいない。いや、正確には頭の先だけが見えていた。


「下じゃ下、おぬしがクロウ・ヒガシ少尉かの?」


 幼女だった。クロウには彼女が10歳くらいの年齢に見えたが、彼女はまさにその実年齢だった。好奇心旺盛そうな金色に輝く瞳でクロウを見ながら、首を軽く傾ぎその瞳と対比をなすかのような銀色に輝く髪を肩に触れさせながらクロウに問う。


「えっと、確かに僕はクロウ・ヒガシだけど……」


 君は、と言いかけた所でクロウの首筋に鋭い痛みが走った。クロウに話しかけた少女が猫を思わせる素早さで銃のようなものをクロウの首筋に当て、今まさに引き金を引き切った所だった。


「ファアアアアアアアア!?」


「あらルピナス。来てたの? 後でクロウの酔い止めを貰いに行こうと思っていたのだけど」


 クロウの対面に座っていたパラサからは、テーブルに顔だけ出ている彼女が見えていた。


「にょほ、それには及ばんよ。今打った注射がその酔い止めじゃ。どうじゃクロウ、気分が良くなって来たじゃろう?」


 一瞬の痛みと、ルピナスと呼ばれた少女の持った銃型の注射器のあまりにも凶悪なフォルムに思わずびっくりして声を上げてしまったクロウだが、ルピナスに言われた通りめまいや頭痛などは収まっていた。


「ええっと、ありがとう?」


 こんな時、どんな言葉を投げかけたらいいのか、とクロウは迷ったが、とりあえず目の前の少女は自分のVR酔いのために薬をクロウに与えてくれたと言う。やり方には言いたいこともあったが、クロウはともかくお礼を言う事とした。


「ほっ? 面白いあんちゃんじゃの!!」


 言いながら、ルピナスはクロウの隣の椅子を引き、よじよじと椅子を登り始めた。どうやら座りたいようであるので、クロウは手を貸した。


「ありがとなのじゃ!」


 ルピナスはにぱっと笑ってクロウの隣の席に着く。


「おお、ルピ坊じゃねえか、俺からは全然見えなかったぜ。たくさん食ってでっかくなれよ!」


 すっとぼけた声で言うシドはルピナスににかっと笑いかける。彼はいつの間にかカレーライスを平らげていた。


「こらシド! 女の子なんだからルピ『坊』はやめなさいって言ってるでしょ!?」


 言いながらパラサはシドを睨む。


「ああん? 俺から見てちっこいもんはみんな『坊』だ。ルピ坊はルピ坊だぜ!」


「ルピ坊なのじゃ!!」


 立ち上がりながらシドは事も無げに言う、ルピナスもその呼び方についてまったく気にしていない様子だ。その二人の様子にパラサは「もういいわ……」と言いながら、シドに対してまるで野良犬を追い払うときの様な手で「しっし」と追い払うポーズをとって見せていた。


 そんな様子のパラサを無視し、シドはルピナスに話しかけていた。


「おう、ルピ坊、お前もメシか? お代わりついでに持ってきてやるぞ?」


「シドにい! お願いするのじゃ! 甘口でたのむぞ!」


 かかか、と笑いながら、シドは自分のトレーを持ちながら食堂のカウンターへと向かっていった。


「えーっと、ルピナスちゃん? でいいのかな?」


「ルピナス・ツクバじゃ! 大尉なのじゃ! 8歳なのじゃ!」


 突然に表れて、場に一瞬で馴染んだルピナスに戸惑いながらも声を掛けたクロウは、彼女の名前と同時にその階級も知って愕然となる。


「上司、だ・と……!?」


 このどう見ても二次成長期を迎えていない少女は、少尉である自分よりも二つも階級が上の大尉であるという。


 どうしていいか分からず、パラサに目線で助けを求めるが、パラサはさも面白いものを見つけたように口元を抑えてけらけらと笑っていた。


「ルピナスはクロウに会いに来たのねー」


「うむ、パラサねえ、艦長に言われて来たぞ! 絶対VR酔いしてるから注射してやれって言っていたのじゃ!」


 元気よく言うルピナスに「偉いわねー」と言いながら、パラサはルピナスの頭を撫でる。ルピナスは子猫のように目を細めて気持ちよさそうにその手を受け入れていた。


「ほれ、ルピ坊。『つくばカレー』甘口、お子様用スペシャルだ! 今日はデザートのプリンとジュースも付けてやったぞ。でもデザートは全部食べ終わってからだ、いいな?」


 言いながらシドは山のように盛り付けられたご飯の上に、楊枝の旗の付いた小ぶりなカレーライスとプリンとジュースの乗ったトレーをルピナスの前に置いた。


「わー! ありがとうなのだシドにい!」


 ルピナスは嬉しそうに声を上げるとご飯の上に乗った楊枝の旗を丁寧にとり、肩から掛けていた小さなポーチにそっとしまった。どうやらこの旗は彼女のコレクションのようだった。


「その旗、まだやってたのね」


「ああ、俺が居合わせた時にはな、子供の頃はちょっとした楽しみがあればあるほどにいいもんだ」


 どうやらあの小さな旗はシドの手作りのようだった。この時代には地球連邦と言う統一国家があるのみで、旧時代のような国旗は無い。だから、シドが過去の国旗などを調べながら作っているのだろうとクロウは察した。そして、シドの世話焼きはルピナスを前に如何なく発揮されているようだった。


 はぐはぐと一生懸命にカレーライスを頬張るルピナスに場が和らぐ。なんでこんな小さな子が、軍艦なんかに乗っているんだという疑問はもはやクロウにはどうでもいいことのように思えた。


「あら、皆さんお揃いで」


 言いながら、ルウ中尉がトレーを持ってやってきた。


「あら、ルウ。今日はもう上がり?」


 ひらひらと手を振りながら、パラサがルウに声をかけた。


「ええ、今日はもう艦長も上がりです。と言うか皆さん艦長と一緒に既にお食事をしているじゃないですか」


 と、ルウはパラサの隣に腰掛けた。


「?」


 クロウはふと、自分の座る席のルピナスの反対側の席にタイラーが座っていたことに今気が付いて、慌てて席を立って敬礼した。


「ああ、いい。クロウ君。食堂で敬礼は不要だ。大浴場でもしないように頼むよ。それにしても、その様子だとそうとう『しごかれた』ようだね」


 クロウを片手で制しながら、タイラーはもくもくとカレーを頬張る。クロウはその様子を片目に、この人は食事中も仮面は取らないんだなあと感じていた。思えば、タイラーはそのゴーグル状の仮面を付けたまま艦長室でもコーヒーを飲んでいた。クロウは心の底でその仮面が取られる瞬間に対する興味をそそられずにはいられなかった。


「か、艦長いつからそこに……?」


「私なら、君たちが来る前からここにいたが?」


 冷や汗をかきながら言うパラサに対して、タイラーは事も無げに言う。


「相変わらず神出鬼没なおっさんだ。忍者艦長でも目指していやがるのか?」


「君は最初から気が付いていたじゃないか」


 そう言うシドに対してタイラーはぴしゃりと言う。いるならいるで声をかけてくれればいいのに、とクロウは思った。


「タイラーパパ! クロウはルピナスの薬で元気になったのだ!」


 どや顔でルピナスはクロウ越しに声をあげた。


「ああ、偉いぞルピナス。このタイラー特製『よくやったで賞シール』をあげよう」


 と、クロウを挟んでタイラーはルピナスにシールを渡した。


「きゃーーーー!!」


 ルピナスは心底嬉しそうに歓声をあげた。


「こーら、ルピナス。食事中は静かに」


 と、言いながら飛び跳ねるルピナスをルウは「しー」と人差し指を口元で刺しながら窘めた。


「はーい。ルウママ! 良い子にするのだ!」


 クロウはそんなやり取りを見ながら。カレーライスを一口頬張る。旨い。ただのカレーライスかと思ったが、この艦のカレーの旨さは別格に想えた。昔兄が、海上自衛隊のカレーは旨いと言っていたが、クロウはそんなことを思い出していた。


「って、あれ」


 今までのやり取りで、ルピナスはシドとパラサをそれぞれ兄と姉と呼んだ。それはいい。一つの共同体で、年の離れたものがよくしていれば、そういう懐かれ方もするだろう。だが、タイラーとルウだけ、ルピナスは父と、母と呼んだ。


 タイラーとルウを見比べる。タイラーは正直仮面のせいで正確な年齢がわからない。20代後半だとは思ったのだが、もしかすると30代前半なのかもしれない。だとすれば、娘がいることもわからくはない。


 だが、ルウはどうだ。どう見ても自分と同じ歳にしか見えない。というか、彼女は自ら17歳と名乗ったのだ。と、いう事は。ルピナスは彼女が10歳ほどの年齢の時に出来た子供であるはずで。


「タイラー艦長、性犯罪はちょっと……」


 言いかけた所で、クロウのタイラー側のこめかみに、ゴリっと冷たい金属の感触がめり込んでいた。


 クロウが何かを言いかける前に、タイラーは腰のホルスターから拳銃を抜いて、クロウのこめかみに押し当てていた。


「クロウ君。君も私にとっては息子だが、君とは一度ゆっくり話をしないといけないようだな」


 タイラーの口元は笑っていたが、ゴーグル状の仮面で隠された目は笑っていないな、とクロウは感じた。


「艦長! 大人げない反応はやめてください!」


 と、ルウに窘められて、タイラーは拳銃をしまった。「ふふ、冗談だよ」言いながら、タイラーは再びカレーを食べ始めた。そんなやり取りを見ながらシドとパラサはげらげらと笑っている。ルピナスもまったく意に介していない。


「まったく、変なところで子供なんですから、もう!」


 怒って見せながらも、ルウはクロウへ真面目な顔を向けた。


「ルピナス・ツクバ。この子は一人目の『フォース・チャイルド』です」

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