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15-3「さあ、『同士』タイラー舞台を整えよう」

 その月の地下都市を眼下に見下ろすマンションのガラス張りの一室で、男は遠く街の端、軍港へと繋がるゲートを眺めていた。つい先刻まで共に居たタイラー・ジョーンを名乗る男の風貌を印象しながら。


 在月『マーズ共和国』大使館臨時事務所で、タイラーと対峙したスタニスラフ大佐である。ここは彼の月でのセーフハウス。その一つであった。


 静かにその部屋のドアが開く。その入室した人物を振り返ることなくスタニスラフは声をかけていた。


「ヨエル。お目当ての『少年』とは話が出来たかね?」


「ええ、大佐。お陰様で。その面もしっかりと拝んできましたよ」


 言いながらヨエルは、部屋に備え付けられているソファーへと腰を下ろした。


「私の方も有意義だった。敵が有能であればあるほどに我々の仕事は楽になる。ヨエル、ディートフリート曹長は生きていたそうだ」


「そう、ですか。では、エーヴァルトとキースはダメだったんでしょうね。また、仲間を失いました、か」


 静かに、ヨエルは目を閉じて作戦に参加した仲間を思う。


 無茶な作戦だった。だからヨエルは強制しなかった。ヨエルに随伴した11名の兵士はみな『自ら』志願した者たちだったのだ。


「だが、ディートフリート曹長は『返して』くれるそうだ。ありがたい話だね。しかも、私の見立て通り、彼には『お土産』も持たせてくれるそうだ」


「はは、流石だ大佐! それならエーヴァルトとキースも浮かばれる」


「いや……」


 スタニスラフの言葉に歓喜の声を上げたヨエルにしかし、スタニスラフはゆっくりと振り返って微笑を浮かべた。


「私は別に『お願い』した訳ではなかったのだよ。タイラー大佐自身から提案してくれたのだ」


「それは……」


 それを聞いたヨエルは複雑な表情を浮かべた。


「そうだ、『彼ら』は我々の『敵』ではなく、同じ志を持った『同士』だったのだ」


 言いながらスタニスラフは散っていった部下たちを思う。だが、彼らの犠牲は決して無駄死になどでは無かった。あの衝突が無ければお互いは分かり合う事は出来なかったのだから。


「『我々』もまた、『彼ら』には誠意を持って接さなければならないだろうね。一人の人間としてだ」


「はあ、わかりましたよ。大佐が言うのならそうなんでしょう。クロウと本当に『遊べ』無くなるのは残念ではありますが」


 それを聞いたスタニスラフはくすくすと、口の前にこぶしを持って行って笑う。


「ヨエルはよほどあの少年が気に入ったのだね。なあに、『敵対』するばかりが華でもあるまい。一緒に並んで立つこともまた一興さ」


 言われてヨエルは口を尖らせる。


「ちっ、そう思っておく事にしますよ。流石に『仲間』となれば後ろから撃つ真似もできやしない」


 それを聞いたスタニスラフは、ニヤリと口元を吊り上げた。


「だが、タイラー大佐との情報交換で、我々の『敵』の姿がようやく朧気だが見えて来たぞ、ヨエル。今度は本当に『遊び』相手だ」


 このスタニスラフとヨエルはその『姿の見えない敵』とずっと戦って来ていた。


「上手い事をする。『我々』は見事に欺かれていたのだ」


「では、タイラーはその正体を突き止めていたのですか?」


 スタニスラフはヨエルのその問いに、優雅とも言える仕草で首を横に振る。


「いいや、流石の彼でもその正体までは見破れなかったようだ。当然だ、彼もまた我々と同じように『所属する陣営』の内情しか分からないのだから。だからこそ、我々は当初『地球連邦軍』内部に敵が存在すると考えていたし、それがタイラー大佐だと『思い込まされて』いた。そして、タイラー大佐には『マーズ共和国』側に敵が存在すると錯覚させてね」


 そう言うとスタニスラフは歯を見せて、無邪気に笑う。


「敵も想定していなかっただろう。まさか我々が『情報交換』し、あまつさえ手を取るなど『両陣営』の事情を突き合わせればその正体の見当は自ずと付く」


「では、次は『自ら』出てきますね。もう隠れている『意味』がない」


 続けるヨエルに、スタニスラフは満足そうに大きく頷いた。


「ああ、間違いなく『講和条約締結』のタイミングを狙ってくる。タイラー大佐も同じ『見解』だった」


「それは面白い。大佐、『面白い』って事は重要です。特にこのクソッたれな敵が相手の場合、叩きのめす時には派手なら派手なほどに胸がすくというものだ。『網』は張りますか? 人員はどう配置しましょうか? どのように追い込んであげましょうか?」


 いやいや、とスタニスラフは滾るヨエルを宥めた。


「『必要』ない。次は『総力戦』になる。それはそれは派手な『総力戦』だ。敵は地球連邦軍内特殊部隊『ファイズ』に資金を送り、長年に渡り両陣営の対立を煽り続けた者。ローグ・リッツのスポンサー、火星圏スペースコロニー群を束ねる者たち。『スペース2連合』なのだから」


「バカな、奴らは『マーズ共和国』に対して従順の姿勢を示していたのですよ?」


 それを聞いたヨエルはソファーから腰を浮かせた。その事実はヨエルに取って意外とも言えるものだった。


「そうとも、我々は彼らが『地球連邦』に『搾取』されているのだと思い込まされていた。実際には彼らは自らローグ・リッツに資金提供していたわけだ。しかも、『地球連邦政府側』では我々は突然『宣戦布告』をしてきたと思われているそうだよ? 我々も突然『地球連邦政府』から『宣戦布告』を受けたというのにね」


 ヨエルはいよいよソファーから立ち上がってしまった。


「そんなことが『可能』なのですか?」


「ああ、可能だったのだろう、実際してやられた。我々『木星圏』と『地球圏』の間には情報のやり取りにどうしても『火星圏』を経由する必要があるのだから。賭けてもいいがね、ヨエル。今回の件には『火星自治政府』は絡んでいない。本当に『スペース2連合』のコロニー群にしてやられたのだ。彼らはその情報がやり取りされる度に『我々』と『地球連邦側』、そして『火星』とこの『月』に向けた別々の情報に差し替えていたのだよ。封書で送った書類の中身を、外身を変えずに差し替えるようなものだ。これは分からない、これは上手くやれば本当に『分からない』」


 ヨエルは言われて気が付いた。宇宙に存在するスペースコロニーは宇宙における人間の生存圏を確保する他にもう一つ重要な役割が存在する。情報の中継地点だ。


 例えば地球から木星圏にメッセージを送信する場合、まず月にそのデータは送信され、地球圏のコロニー群を経由して、その時一番近い火星圏のコロニー群を経由して木星圏まで届く。


 逆もまた然りで必ず火星圏のスペース2のコロニー群は経由する。


 つまり……


「『最初』から『木星圏』と『地球連邦』は正しいコミュニケーションを取れて『いなかった』!?」


 ヨエルはその結論に至るのである。


「ははは、そうだとも! このような滑稽な事があるか。互いに和平を望みながら、その逆のメッセージに差し替えられていたのだ! このようなポストマンにはご退場願うのが筋というものだろう。ああ、そうだとも。このような単純な構図に気付けない程巧妙に『彼ら』はそれを成しえて見せた。なんと狡猾で、なんと賢く、そしてなんと恐ろしい敵なのか! これほどの歓喜が他にあろうか!」


 スタニスラフは、まるでオペラの主演男優のように朗々とその言葉を紡ぐと、大きくその両手をヨエルに向かって広げて見せた。


「さあ、ヨエル大尉。『戦争』の時間だ。目にもの見せてくれよう。舐め腐ったその敵をその一兵に至るまで叩き伏せ、命乞いをさせながら笑いながら引き金を引こう。それはきっときっと『面白い』。その為の準備をしたまえ、我々の持つ全ての手段を駆使し、我々の持つ全ての力を結集し、我々の持つ誇りというものを見せつけてやろう」


 言われたヨエルはその場に直立し、スタニスラフに敬礼する。スタニスラフはまだまだ歌う。彼は今歓喜の只中にいた。『宿敵』を見つけた歓喜である。


「そうとも、我々はもう独りではない。タイラー大佐達という頼もしい『仲間』も出来た。楽しいぞぉ、きっと楽しい。スペース2はどれだけの戦力を『隠して』いるだろうか。どれほどに我々を手こずらせてくれるだろうか。ああ、私は想像するだけで『卒倒』してしまいそうだ。思わず『絶頂』してしまいそうだ。ヨエル、ああヨエル大尉。彼らの断末魔を私に聞かせておくれ、彼らの絶望の表情を私に見せておくれ、『お前』ならそれが出来るだろう。きっと素敵に出来るだろう。楽しみだ、楽しみにしている」


 言われたヨエルは、スタニスラフの言葉に続くように口にする。


「幾千幾万の友軍の屍を踏み越え、幾千幾万の敵兵を悉く打ち据えて、必ずや、必ずやご覧に入れましょう。必ずや、必ずや彼らの断末魔を太陽系全体に響かせて見せましょう。我々は『解放』する者、この狂気の連鎖から必ずやこの太陽系を『解放』いたしましょう」


「よろしい、ヨエル大尉。再び命じる。オーダーは一つだ。『戦争』を、誰もの身の毛のよだつ、誰もが二度は望まぬおぞましい『大戦争』を私は望む。つまらない小競り合いになど絶対にするな。絶対に、絶対にするな。そのためにタイラー大佐とオーデル元帥と連絡を密に取れ、彼らと情報を共有し、情報を収集し、情報を精査して『敵』が引くに引けなくしてやれ。その為にならどのような犠牲を払っても構わん。私自身の『魂』さえ差し出しても構わん。さあ、ただちに取り掛かれ、部下たちを従えて、マーチを歌いながら胸を張って堂々と行ってやれ」


 ヨエルは、再びスタニスラフに敬礼すると颯爽と身を翻し駆け出した。それを見送ったスタニスラフは再び窓へ視線を戻す。その月都市の端の軍港の入り口を見据えるのだ。


「さあ、『同士』タイラー舞台を整えよう。楽しいタンゴを踊ろう。美しいワルツを踊ろう。激しく、情熱的に……」



「なんだと。それは確かか?」


 そう問い直しながらその報告をヴィレル・スチュアート、保安科諜報班に所属し、保安長であるランドル・スチュアートの双子の弟である彼は、火星の都市の中、画廊へ偽装したそのセーフハウスで部下から聞いていた。


 画廊の外には火星の寒々とした景色が広がっていた。火星は人類によってテラフォーミングされ、現在地球とほぼ同等の気候を再現されていた。今、ヴィレルの滞在するこの地方は、現在冬である。


 画廊の中の薪ストーブに火を付けようとしていたヴィレルは、今その手を止め、その部下の提示した資料をデスクに広げていた。


「はい。間違いありません。この『火星』の太陽系周回軌道の反対側には小惑星帯の暗礁に偽装した人工天体があります」


 資料に目を落としながらヴィレルは口元を押さえて唸る。その資料には、協力者が命からがら撮影し、送って来た、不鮮明ながらも大きさが推測できる写真が添付されている。


「直径にして20km程か? よくこんなものが今の今まで見つからなかったものだ」


「今、地球圏には旧時代のような光学の観測施設が小規模にしかありません。逆に木星圏や火星圏の観測施設はみな『外』を向いています。完全に死角を突かれました。事実、この存在もその近くまで近寄らなければ察知出来なかったでしょう」


 言われて、ヴィレルは気付く。それであるとするなら、事態はかなり深刻である。


「曹長、人員をありったけ集めてくれ。直ぐに我々は探さなければならない。この資料は『艦長』には届けたな?」


「勿論です中尉。今頃月でそれをご覧になっているでしょう。何をお探しになるのです?」


 ヴィレルはその椅子にかけられた上着を手に取って、ハンガーにかけられているハンチング帽を頭に被る。


「これ『一つ』である訳がない。他にも必ずあるぞ。恐らくは最低でも三つ、多くてその倍か」


「何故、そう言い切れるのです?」


 自分より年上の部下にそう聞かれて、ヴィレルは言葉を選ぶ。ヴィレルの部下はその全員が『つくば』の外で仲間にした人員である。その多くが自分よりも年上だった。


 基本的に彼らはよく自分に従ってくれるが、このように意見を求められた時に困る。ヴィレルはまだ18歳の少年なのだ。『勘』というには彼はまだ若すぎる。実際には彼の勘は悉く的中し、彼らの部下を大いに彼を信頼させているのだが、彼は年上である部下たちに対して敬意を持って接していた。


「『タイラー艦長』がおっしゃっていたんだ。『意外』なモノを一つ見つけたら、必ずその周囲には他のモノもある。僕のこの勘に付き合ってくれないだろうか、曹長」


「はっ! お供します中尉殿。我々は、貴方のその勘に幾度となく命を救われた身です。どこまでもお供いたしましょう。なあに、毒を喰らわば皿までと申します」


 その曹長の言葉にヴィレルは「すまない」と返しながら、颯爽と画廊のドアを開ける。外に出れば火星のこの都市も地球のヨコスカと同じように冬景色である。


 ヴィレルは襟を立て、その舞い散る雪が首筋に入らないようにしながら街を行く。


 彼の任務は『つくば』型に少しでも情報を提供し続ける事、そして必ず生きて『つくば』型に戻る事。いつか、自分の部下達と揃って『つくば型』に戻るまで彼らの任務は続く。


 彼らの任務において、このように曹長が随伴する事など稀である。基本は単独行動であり、それは『孤独』と『恐怖』との戦いであった。


――――兄さん、艦長。なるべく早く来てくれよ。


 ヴィレルは心の中でそうつぶやいた。

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