第10話 『慣れた時こそ気をつけろ』
すんません
もぐもぐと肉を頬張っている二人のところに、一人の男がやってくる。
「おい、そこのお前」
「ほえ? わらひ? もぐもぐ…」
「おい! 食うのをやめろ!」
夢子は怒鳴りつけられてイラッとしながらも、問題を起こしたく無いと思い口に頬張るのをやめた。
「食事中に声かけてんじゃねえやい! このスカタン!!」
しかし、我慢できずにキレてしまうのだった。
「こ、こらこら…。何か用かな、お兄さん」
嫌な感じがしながらも、何事もなく終わればいいと間に入るスグル。
「今、この女が『いただきます』って言ったよな?」
瞬間、空気が張り詰める。
スグルは自分達の失敗に気がついた。
この世界に『いただきます』という言葉は無かった。
使うとすればそれはーーー。
「いや、実はこの子はね…」
スグルが何とか取り繕おうとすると、
「作った人に感謝し、奪った命に感謝し、そして口にする…。そんな人として当たり前の言葉なんだよ!! いただきます、っていうのは!! お前も言えー!!」
夢子が盛大にやらかしてしまうのであった。
「お前、召喚勇者だな…?」
スグルは『しまった!』と思うがもう遅い。
美味しいものを食べさせたいなどと浮かれていた自分を呪う。
夢子には事前に『異世界から来たと思われること』を言ったりやったりしてはならないと話していたが、食事の前の挨拶が無いという習慣を夢子は知らなかったのだ。
スグルがしてないからといって、みんな全てがそうだなんて夢子が考えるはずない。
実際、何も言わずに食べ始めるスグルを見て『スグルくんちょっとお行儀悪いんだなぁ』なんて思っていたのだから。
「ち、ちがうんだ。この子は召喚勇者に憧れていてね。私も巷の噂で『いただきます』と食事の前に感謝の言葉を述べるのが勇者式と聞いてね。この子に教えてあげたら、それからは感謝しないと食事が喉を通らないほどになってしまってね! ははは!」
何とか誤魔化そうと必死になるスグル。
「おーおー、なるほどな。それなら納得だ。実は俺がこの国の勇者でな。お忍びでこの辺りでレベル上げしてんだ。内緒な」
勇者であることを告げるとき、自称勇者は声のボリュームを下げる。
この国では勇者が誰であるかは伏せられているようだった。
国によって対応は様々だが、大々的に担ぎ上げ、政治的にも利用する国と、ある程度勇者の自由にやらせ、支援する事で恩を売りながら関係を築いていく国と大きく二通りに別れる。
この国は後者のようだった。
「それとよ、もう一つ聞きてえんだが」
「は、はい。何でしょう?」
「お前、スグル・カンザキで間違いねえな?」
瞬間、夢子とスグルは煙のようにふっと消えた。
「き、消えた…?」
スグルはすぐさま認識阻害装置をフル稼動し、自分と夢子の二人を周囲の認識から外した。
実際にはまだそこにいるのだが、周りには見えていない。
認識を阻害しているに過ぎないため、触ろうと思えば触れてしまう。
とにかくこの場を離れるしか無い。
『この場から離れる。物音を立てないようについてき て』
スグルは夢子にメモを見せる。
夢子はコクコクと頷きながら、ステーキの最後の一口を頬張るのだった。
食べてる場合じゃ無い!と思いつつも、突っ込んでいる場合ではないので、早く早くというジェスチャーだけを見せる。
こっそりと椅子の上に金貨を一枚置いて、スグルはその場を離れるのであった。
夢子も突然割り込んで来た勇者に一発入れてやりたいと思いながらも、スグルの後に続くのであった。
「逃げられたか…」
誰もいなくなった席を少し見つめて、自称勇者はカウンターに移動する。
「すまん、あの席の会計は俺が持とう」
そういうと、店主は仏頂面でそれを断る。
「いらん。目を見ればそいつがどんな客かわかる。あいつは絶対にそのまま逃げたりしない。」
カウンターから出て、客がいなくなったテーブルの方へ歩いていく。
「そうかい。どうしても払いたいわけでもないしな」
自称勇者は手を振り元の席に戻っていく。
(男の方は探したら連れてこいと言われているスグル・カンザキ…。そして、鑑定結果が出ない女…。こいつは一度戻って報告しといた方がいいかもな)
そんなことを考えていると、マスターの声が聞こえてくる。
「ったく! つりが渡せねえじゃねえか!」
マスターの手には金貨が一枚。
確かに見る目があるのだな、と自称勇者は思うのであった。
本当に申し訳ありません