ハードボイルド・スライム
群魔の森より東の沼地
竜人族と蛇女族の共同集落では双方の族長と戦士長がそれぞれ顔を揃えていた。
緑狼の凶暴化と同時に 人間の狩人が集落から程近い所で確認されたからだ
「一刻の猶予もない 竜人族の長よ」
蛇女族の長は、カリカリと爪を噛みながら睨み付ける
この二種族は互いに協力しあう事で魔王領土の外でも充分な安全と繁栄を手に入れていた。
だが、生物を凶暴化させる毒を使う人間の狩人の出現は
自分達の仲間が毒で狂い出す可能性を示唆している
戦うか?魔王に下るか?お互いの民が為の決断を迫られる竜人の族長
「...魔王 人間と 戦い 備えている
魔王の下 つく事 これ即ち 人間と 敵対 ありえる」
「シャーッ!!人間は我らの事などお構い無しだぞ!?
奴等は冬の時期ですら狩りに出ている もう何百もの獣人も捕らえられた!
最早人間へ媚びへつらうだけ無駄なのだっ」
蛇のような口を大きく開き、目も焦りからか瞳孔が開いている
人間への憎悪でなく 自らの種族が危険に晒されている事に苛立っているのだろう。
静か似ため息を漏らした後、竜人族の長は決断を下す
「...... 蛇女族の長 グランズは 森住まう 管理者に
会い そして 伝えよう 我ら 二種族 軍門下る
誇り 伝統 以上に 幼い子 愛しい卵 親愛なる汝ら 大事だ」
胸を撫で下ろす者 動揺する者 まだ納得のいかぬ者
目の前の蛇女族の長は安堵の表情を表し 同時に先程までの己を恥じる
静かに両手を地につけ 頭を下げていく
竜人族も静かに頭を下げる 互いに上に立つが故
どちらも高慢でなく 謙虚であり そして社交的であろうとした
これが 【今】から三日前の出来事である
ヒラノ達三人は、森へ移動する前 緑狼から剥ぎ取りを行っていた
ヒラノは慣れない血と皮を剥ぐ瞬間に思わず吐いてしまったが
そこらに放置してれば腐ってしまい悪臭を撒き散らすだけだし皮も爪も骨だって立派に利用できる代物だ。
ただ死体を置いておくか 可能な限り余さず加工するか
そんな選択を当たり前のようにしなくてはならない事実にヒラノは改めて異世界だと実感させられる。
「うぐっ......おぇぇぇぇぇっ!」
「こんくらいで吐いてちゃ今後大変だぞ?
つっても難しいかぁ...ヒラノの世界じゃ肉は加工済みが普通だったんだろ?」
「は、はい......こうやって目の前で血抜きとか臓抜きとか
解体までされるのは初めてで...うっぷ、血の臭いが......!!」
解体と加工を終えれば、鞄にしまう前に手を合わせる
人間の毒で狂わされて 今はこうして加工された一匹の狼がせめ成仏してくれるように
手を合わせて静かに祈るくらいは罰も当たらないだろう
この世界にまで仏様がみているかは別として、だが......
解体時に出た緑狼の肉はオッグさんが水で洗ってから塩壺に入れて防腐処理を施し
臓物は流石にたべれないので切り刻んでから土に埋めた
なんでも、土の中のバクテリアや虫達には最高の栄養になるのだとか
「今回はアタシがどうにか倒したけど今後自分に危険が迫ったら迷わず剣を抜きな
下手な動物愛護は虐待とどっこいどっこいだかんね いのちだいじに!は
自分最優先でやりな それが異世界での常識さ」
「勿論、オイラ達がいるから早々使うような事ないけどねっ
ね?レフゥ そんなホイホイ使わせたりしないよね?」
オッグがヒラノを気遣い、背中をさすりながらフォローしてくれる
レフゥも苦笑しながら「当たり前だろ?」と返してくれた
剣と魔法の世界...狩りの文化がまだ根強い異世界ではきっとこれが常識なのだろう
すぐには無理そうだが早く慣れるよう努力してみよう それが自分にできる
レベルアップに繋がると信じて
【習得した素材】
緑狼の毛皮
狼の牙
狼の爪
緑狼の骨一式
落ち着いてきた所でレフゥの提案通り草原から移動を開始した一行
森へ向かうには一日もあれば事が足りるらしいが狩人を警戒して念のため
それぞれ武器を抜いた状態で移動する事になる
レフゥが最前列 オッグが後列 その間にヒラノという隊列で行進する
「あ、あの......森の管理をしているスライムって
どんな方なんでしょうか?手ぶらで来ても大丈夫なんですかね」
「あぁーおやっさんは上下気にしないから平気平気」
ヒラノの疑問に対してスライムをおやっさんと呼びその補足にオッグが続ける
「おやっさんは、スライムでも珍しい高レベル到達者でね?
この世界とは別の世界から来た魔物なんだよぉ 彼は元々森育ちらしくて
魔王様に森の管理者として志願したらしくてねぇ この時期なら森の入り口から」
説明の途中、レフゥが立ち止まり臭いを嗅ぎ始める
それに合わせてかオッグが盾二枚を構えてヒラノと背中を合わせる
どうやら何か異常を関知したようでレフゥは鼻をくすぐる僅かな臭い
そう、血の臭いを敏感に嗅ぎとった
「近いね、人間以外の血の臭いだ」
「もしかして同僚の方でしょうか!?だ、だったら助けに行かないと」
【血の臭い】【人間のじゃない】
その言葉と自分が魔王軍という特異な場所に勤めている事
不運にもそれらが重なった事でヒラノは見落としていた。
血を流させたのは人間かもしれないという事に
駆け出すヒラノに思わず二人も驚き、数秒反応が遅れる
走って二分と少し、トカゲのような姿をした誰かが血を流しながら交戦しているのを見つけ
同僚かもしれないと思わず大声で呼び掛けてしまった
トカゲ男は驚くと同時に何かを叫ぼうとした その顔の横を毒の矢がすり抜ける
レフゥは舌打ちの後駆け出し オッグも解毒の準備をし始めた
回避はできそうにない 今まで平社員だった彼には弓矢を見て回避なんて出来ない
危険な状況の中、トカゲ男の背後には森に擬態できるように簑を被った人間達が見えた
しくじった 当たる 痛いに決まってる あの毒が塗られている。
怖い 痛い 怖い怖い怖い
残り一秒にも満たない間に恐怖が足を掴み矢はヒラノの肩に刺さる直前まで迫った
飛び散り 草に垂れ落ちる液体 アドレナリンとかが効いているのか 痛みがない
冷たい感覚が指を伝う ここでヒラノは視界を矢の刺さっている筈の右肩へとゆっくりと向けていく
トカゲ男もオッグもレフゥもその右肩を見つめた
だが痛みは何時までも来ないままだ。
それもその筈 矢は刺さらず受け止められていた
感触からそれは弾力があり、ソーダ水のような色合いをしてると分かった
そして、指を伝う液体は血ではなく その弾力のある
【スライム】であると気付かされた。
「震えるじゃあねえか その体当たりの精神
ゼラチン質の俺の心に響いたぜ......良いよなぁ体当たりってのは
オッグもレフゥも活きの良い新人を任せられたじゃあねぇか」
渋い声、森から何かが静かに現れる
人間狩人達は弓を構え ソレが出てくる瞬間を狙う
「やめときな坊や、俺を射抜くにはぁ色気がなさすぎるってもんだ」
第一印象 スライム
第二印象 やっぱりスライム
誰もが知る水滴を大きくしたような姿でなく
湿布のCMとかに出てくる全身真っ青な男の人みたいな
そんな姿のスライムが一歩毎に全身をプルンと揺らしながら現れた
そのスライムは 初見でも分かる事があった
恐らくヒラノを助けたであろう彼は紛れもなく大人で・強くてそして
【ハードボイルド】であった
「魔王様から連絡があったんで出迎えに来てみりゃ
随分と派手な歓迎会になりそうじゃねぇかーんん?
おいそこの人間共よぉーここは魔王様のお膝元なんだぜ
ただの一端のお前らが何のようだってんだぃ」
ぷるるん、ソーダ水のような色の彼が動く度に揺れる
右手でピストルの形を作り狩人達に向ければ「やるかい?」と凄む
初老の狩人が若い狩人を制止させ、矢を向けたまま静かに下がっていく
若いのはともかく、初老は経験から危機を理解しその場から去ることを決断したのだろう
「良い子だ坊や 次見かけたら地面に抱擁してもらう事になるぜ」
退散していく狩人達から銃口を外さず、首だけを(どっちが正面か分からない顔だが)
こちらに向けるハードボイルドなスライムさん
この風格から流石の新人であるヒラノでも、彼が森の管理者だと気づいていた
「ヒラノぉ~~~~~っ!!」
「ずびばぜんっずびばぜんっ!!」
流石に一人で飛び出した事に説教をくらった......
頭をガッシリ掴まれて物凄く怒られた でも不思議と怖いと思わず
「アンタまだレベル低い上に実践経験なんぞ一つもないんだよ!?
同僚かもしれないから飛び出しました、そこは評価できるけどねぇ
それならそれで一緒にいるアタシらと足並み揃えな 危うく死ぬ所だったんだよ?」
「グルッ...... 人間にも 魔王配下 いるのだな」
「ごめんねぇリザードマンさん、彼まだ新人で」
しょんぼりとした顔でレフゥに手を握られ森の奥へ連行されるヒラノ
苦笑しながらも励ましてくれるオッグと名もわからぬリザードマン
そんな彼らを先導しながら思いだし笑いでクツクツ笑う森の管理者スライム
中々混沌としたメンバーはスライムの案内で群魔の森にある湖のほとりに通された
「俺の管轄は建物と呼べる物はないが空気と水は美味い
魔力を帯びてるから布に染み込ませておいてくれ、今薬草摘んでくっからよ」
「え、なんで染み込ませるんです?
「皮膚から吸収した方が安全だからだよ新入り、これ覚えといた方がいいぜ?」
それだけ言うと森の奥に薬草を摘みにスライムさんが出掛け
ヒラノはオッグとレフゥに再度謝った レフゥがため息の後苦笑して
「次はちゃんと頼りなよ?」とヒラノの頭をグシグシと撫でて
オッグはその光景にうんうんと頷いていた
一人静かに渡された布で傷口を縛るリザードマンにも
いきなり大声で声をかけた事について謝罪すると向こうは驚いた様子だった
「お前 本当に 人間か?」
実は耳の未発達なエルフじゃないのか?と聞かれたが
異世界から魔王軍に就職した事を説明すると多少驚くも納得はしてくれた
どうも魔物達から見ると人間の印象はあまり高くはないらしい
「俺は 竜人族の 戦士 ズウ
そうか お前 助けようと してくれた 人間でも
優しい 戦士 いるのだな 感謝 ありがとう」
「そ、そんな僕なんて何も役立ててなかったですし」
ズウと名乗るリザードマンは首を横に振った それは違うのだと
ヒラノの肩に手を置き、シュルルッと舌をちらつかせた。
「行動 大事 なにもしない 口だけ よくいる
けど お前 行動 走る 声出す 今も お前 行動 してる
行動 する 偉い事 行動 した お前 偉い 胸 張れ」
なんだろうか 異世界にきてからヒラノは何度も感じたものがある
企業のトップである魔王は自分を気遣い手厚くしてくれた
レフゥは本気で心配して本気で叱ってくれた上に面倒まで見てくれる
オッグさんは失敗をしたヒラノを慰めてフォローしてくれた
遂には見ず知らずの初対面のリザードマンは 行動しただけで誉めてくれた
胸のうちに暖かく感じるソレは以前までは決して知らなかったものだ
研修は始まったばかりで既に泣きそうだが
その理由が暖かいものである事は今のヒラノにとってなによりも救いなのだろう
日は少しずつ傾いてきた 研修はまだ続く
しかも今出会ったズウと共にヒラノの研修難易度は格段に上がっていくのだった
次回投稿もまた未定
こぉんなだらしない紳士も中々みれんぞ
ふぁーっはっはっはっは(ノД`)