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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

とある土曜日の二人

作者: 藤田大腸

【高等部一年生・下村紀香(しもむらのりか)の土曜日】


 ソフトボール独特の打撃音が響くと、相手チームの投手が「あーしまった!」と言わんばかりの悲壮な顔つきになった。


 一年生にして四番打者、下村紀香は無造作にバットを放り投げて打球の行方を見る。もう結果を確信していた彼女はドヤ顔で右手を高々と突き上げ、ゆったりと一塁ベースに向かって歩き出した。


 対してライトは一歩も動かず、いや動けず。ただ紀香の放った大飛球がフェンスを越えていくのを呆然と見ているしか無かった。


「よっしゃあああ! みんな見たかオラァァァ!」


 着弾を確認した紀香はベンチで欣喜雀躍(きんきじゃくやく)するチームメイトたちを指さして、悠々とベースを周りだした。ヒットと四球で出たランナー二人を返す逆転サヨナラスリーランホームラン。ホームインすると、チームメイトたちは紀香のヘルメットを脱がせてポコポコと頭を叩き出した。


「ありがとう、紀香ちゃああん!」

「あ、痛てっ、痛てぇ痛てぇ! おいはじめ! マジでやめろ! ああああっ!」


 紀香と同じ一年生のピッチャー、有原(ありはら)はじめが泣きそうな顔とは裏腹に、かなり強い力で紀香の頭を叩いている。先発して好投したが、最終回に打ち込まれて二点ビハインドにしてしまった。それを全部帳消しにしてもらった上、勝ちまでつけてもらったのだから喜びようは半端なものではなかった。


 一方の相手はまさかの敗戦に色を失っている。隣の県からご丁寧に遠征してきたインターハイレベルの高校だが、星花女子学園を弱小と侮ってか連れてきたのは一年生のみで構成された三軍であった。それを知った紀香はなめとんのかコラとばかりに反骨心をグツグツと煮えたぎらせた。気合が空回りし過ぎて三振を三つ献上したが、最後の最後で高い代償を支払わせたのであった。


 試合後の整列が終わると、紀香は相手チームの一人を捕まえて、不敵な笑みとともにこう言った。


「フッフッフッ、帰ったら星花女子には下村紀香というヤバイスラッガーがいるってちゃんと監督に伝えるんだよ」

「え、下村紀香ってまさかあの、全国中学大会で暴れまくった……?」

「よく知ってるねえ、キミー」

「な、何でこんなところに……」


 後ろからチームメイトが紀香を呼ぶ声がしている。


「次はちゃんと一軍連れて来いや、お?」


 どすの効いた声で威圧すると、相手は震え上がった。




「紀香ちゃん、また余計なこと言ったでしょ」


 クールダウンを終えたはじめが問い詰めるが、紀香は何食わぬ顔でスポーツドリンクを飲んでいる。


「紀香ちゃんっ」

「はいはい。良い試合だったねって健闘を讃えてただけだっての」

「ウソ。相手、怖がってたよ」

「はいはい。そんなことより今日は勝ったら監督が焼肉おごるって言ってたろ? 楽しみに待っとけよ、勝利投手さん」


 はじめの尻を軽く叩いてやると「ひゃんっ!」と悲鳴を上げて飛び上がった。


「いひっ、そんな可愛い声出せるんだー」

「もー、品がないんだからっ」


 だって親父譲りの性格なんだし仕方ねーじゃん、と紀香は心の中で舌を出したのであった。



【中等部三年生・矢ノ原野々(やのはらのの)の土曜日】


 矢ノ原野々は銀行から出ると、通帳に記帳された金額をじっくりと見つめた。


 今月の初めに振り込まれたお小遣いは八万円。若干十五歳の少女がもらうにしては過大にも程がある金額である。だが何もやましいことをして貰ったお金ではなく、裕福な親から貰った真っ当なお金であった。


 しかし真に驚愕すべきは残高の方である。星花女子学園の中等部に入学して以来、累計でおよそ二百万円ものお小遣いを貰ったが、そのほとんどが口座の中に眠っているままであった。


「うふふふ、今月もたくさん貯めることができました」


 残高の金額を見てにやける野々を、通行人が怪訝な目で見て通り過ぎていく。


 今月はお菓子代で千円少々使っただけ。筆記用具等消耗品を買うこともあるが、その他に金を使うことはまずない。自身の所属しているボランティア部の仲間とつき合いで食事に行くことはあるものの、その場合でも徹底して消費を抑えようとする。先輩から食事に誘われた場合は必ず奢ってもらい、後輩から誘われた場合は決して奢らず一円単位まで割り勘にする。全く、周りが辟易するぐらいのケチっぷりであった。


 野々が度が過ぎるほどの吝嗇家(りんしょくか)になってしまったのはひとえに彼女の壮絶な生い立ちのせいなのだが、それを知る者はいない。


 野々は銀行を後にすると、動物公園に向かった。街に繰り出したときには必ず立ち寄るお気に入りスポットだが、その第一の理由として無料で入場できるという点がある。無料で楽しめる娯楽施設が学校の近くにあるのは野々にとってこの上ない利点であった。


 家族連れやカップルで賑わう中、野々はニホンザルが住まうサル山に行く。動物は何でも好きだが、サルたちがお互いに毛づくろいしあっているのを見るのが何よりも一番であった。何で気に入ったのか自分でもよくわからない。身体接触的コミュニケーションの類は星花女子の中でもよく見かけているから、無意識的な刷り込みがあったのかもしれない。


「あっ、矢ノ原先輩!」


 野々が後ろを振り返ると、ボランティア部の後輩がいた。


「どうかしましたか?」

「部長から『明日の地域清掃は午前七時に正門前に集合』とグループメッセージが来てたので、先輩にもお伝えしようと」

「ありがとう」


 野々はコミュニケーションアプリどころか、スマートフォンそのものを所有していない。ただし、野々が外出しているときに連絡を取る必要がある場合は動物公園に行きさえすれば良かった。ほぼそこにしか行かないからである。


「ていうか矢ノ原先輩、いい加減にスマホ持ってくださいよお」

「必要ありません。使用料だけでいくらすると思っているのですか」

「いや、今のままだと連絡するのにめっちゃ不便なんですけど」

「要りません」


 野々はきっぱりと拒絶した。


「それより、おサルさんを見ていきませんか? 今日は一段と可愛いですよ」

「結構です。スマホのゲームでもやってた方が楽しいですから!」


 後輩は嫌味ったらしく言い残して帰ってしまった。野々はしょうがない、といった感じでため息をつく。


「動物公園は基本無料じゃなくて完全無料なのに。ねえ?」


 目の前にいたサルに問いかけると、サルはお尻をボリボリとかいた。

下村紀香のお話を書くにあたり、しっちぃ様考案の有原はじめちゃんをお借りしました。彼女はらんシェ様作『虫めづる姫と魔法使いの日々。』(https://ncode.syosetu.com/n3526fb/)に登場します。

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