トコ
水面の女性が泣いている。
そっと目の下に触れてみると、濡れていた。
見知らぬ人に成り代わっている……という事実を改めて思い知る。
ええい! 泣いている場合じゃない、二和! まずはこの人は誰なのか、ここはどこなのか調べないと……!!
「ここにいたのか!!」
私に駆け寄って来たのは、先ほどの男の人。
そうだ、彼なら、この女性について知っているはず!
「な、泣いているのか?! どこか痛むんだな! さぁ、家に帰ろう!」
「あ、あの……」
「ん? どうした?」
「私は……誰なんでしょう?」
◆◇◆
トコ。それが成り代わった女性の名前。
田舎の村で兄と二人暮らしをしている。
兄というのは、私の介抱をしていた男の人、サルビさんのこと。
今朝、トコは村のパン屋へ、サルビさんは隣町の工事現場へと……それぞれの勤務先に出かけた。
しかし、仕事中、トコは足を滑らせ、頭を強く打ち、気を失ってしまった。
そのことを聞きつけたサルビさんは仕事を早退して、トコを家に連れ帰った。
そして、目が覚めた時、どういうわけか、私がトコになっていたのだった。
「トコさんについてはわかった……だけど……」
ちらりと、サルビさんをみる。
先ほどから、彼は頭を抱えて、同じ言葉を何度も呟いている。
「トコが記憶喪失になったなんて……」
情報の代価は大きかった。