水面の知らない女
「――離してください!」
私は抱きついている見知らぬ男を引き離した。
「……ど、どうしたんだ……?」
「どうしたじゃないですよ! セクハラですよ――あれ?」
自分の声に違和感を覚えた。
……私、こんな声してたっけ?
「あ、あ――、ああ――……」
再度声を出してみて、確信した。
これは私の声じゃない。
「……私、どうしちゃったんだろう?」
とりあえず鏡をみたいと部屋を見回したが、そのようなものはなかった。
「……具合悪いのか? まだ横になってろ。薬湯を作ってやる――って、おい!」
心配する男をよそに、私は部屋を飛び出した。
部屋の外に広がっていたのは、砂の大地と青々とした池、まばらに建つ小箱みたいなオレンジ色の家。
池や家の前を行き来している人々は、皆何故か白いシンプルなワンピースか、腰巻を纏っている。
何で、皆似たような恰好なんだろう? そういえば、さっきの男の人も腰巻姿だったなぁ。
……そもそも、ここエジプトだよね?
困惑と不安でおかしくなってしまいそうな頭を抱えながら、私は池の前に立った。
水面に写ったのは、長い黒髪をポニーテールにして、他の人達と同じように白いワンピースを纏った――知らない女性だった。
「…………」
私が手を上げると、水面の女性も手を上げる。
私がジャンプをすると、水面の女性もジャンプする。
……間違いない。
「……私、知らない女の人に成り代わっている」
……そして、おそらくここはエジプトでもない。