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桜碧物語  作者: 碧桜依
桃桜殿
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蓮の間


コツ、コツ、コツ。

私の足音がよく響く。

いつもの城内とはまるで違う。

静かで鳥のさえずりも聞こえない。

少し湿ったにおいがする。

城内の他の場所とは違い、限られた人しか通れない通路。

蓮の間までの道はいつも遠く、長く感じる。


辿り着いた階段の前で私は止まる。

深呼吸。


ふう。やはり蓮の間へ入るのも至るまでの道も緊張します。


そっと扉が開き、中へ入る。

「お母様…」


広く碧い部屋の中心にお母様がいる。


「お母様、琴子でございます。」

聞こえてくるはずもない返事を少しだけ待つ。

お母様の眠るベッドまで近づき、隣に用意されている椅子に座り、語りかける。

「今日、私は16歳になったのですよ。今年もたくさんの民が集まってお祝いして下さいました!」

それから私は、今日の式典のこと、最近読んだ本の話、緑綬のことや結奏のこと、いつか城の外へ出かけてみたいことを話しました。

「近々またお父様に相談しようと思っております。外の世界で、色々なものをこの目で見てみたいのです」

お母様からの返事はないけれど。

話をしている内に楽しくなって、夢中になって話していました。


「外に、出たいか。琴子。」


!!びっくりしました。

話に夢中になって、お父様がいらっしゃっていることに全く気がついていませんでした。

驚いたやらなんだか秘密の話を聞かれてしまってようで恥ずかしいやら。

私は少しかたまってしまいましたが急いで挨拶をする。


「律子が目を覚まさなくなってから、もう14年になるか」

桜ノ宮律子(さくらのみやりつこ)。お母様の名前です。

「私が2歳になる頃だったのですよね」

お父様は静かに頷いた。

「未だ目を覚ます方法は見つからぬ」

「はい…」

お父様と私は目を閉じたままのお母様を見つめる。

長いまつげ、小さく形の整った唇。

蓮の間で眠るお母様は神秘的に見える。


「琴子よ」

少しだけ悲しそうな目でお父様がこちらを見る。

「律子は城下町への視察へ行った。その日の夜から目を覚まさない」

初めて聞いた、お母様が眠りについた日のこと。

その日城下町で何があったのだろう?誰と会ったのだろう?

その日のことを知る人に話を聞けば、お母様が目覚める方法を知ることが出来るかもしれない!

やっぱりここはお父様に外へ出る許可をいただいて…


「それが、お前を今まで一度も城の外へ出さなかった理由だ」

お父様が寂しげに伝えた。

心配、して下さっていたということでしょうか。

「もう一度聞く」

お父様はまっすぐに私の目を見る。

「外に、出たいか。琴子」

私もお父様の目をまっすぐに見る。


私は。

私は、外の世界で、この目で。

私の知らないことをたくさん見たい。

だけど今のお話で、外の世界に出れば私もお母様のようになるのではないか。

そう心配して下さっているお父様のお気持ちも理解したつもりです。

私自身もそんなお話を聞いて不安がないかと言えば嘘になります。

このままお城にいれば、今までと変わらない日常を送れて。

緑綬や結奏もいて。

でも、それでも、私は外の世界へ行きたいのでしょうか。

色んなことが頭を駆け巡る。


「今すぐ決めずとも良い」

先程までの真剣な眼差しと違って、優しく微笑むお父様。

その表情にほっとしました。


あんなにも外の世界へ行きたいと思っていたのに、いざどうするのか、と聞かれたら、すぐにはお返事が出来ませんでした。


お母様の顔をそっと見る。

何一つ変わらないまま。

ただただ静かに、眠っていた。

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