桜ノ宮家
城内での式典を終え、臣下や役人たちに挨拶をして。
今私は部屋でひとり、いつもの木漏れ日がさす窓際で椅子に腰掛けお茶を頂いています。
今日のお茶は甘く、桃色の花びらがゆらゆらと揺れている、私の一番好きなお茶です。
ふわりと時折ふく風が、紲菜さんのこだわりが詰まったドレスの裾のレースを揺らす。
このあとは、お母様のいらっしゃる蓮の間に行きます。
お母様は先代国王、私のお祖父様の一人娘。
代々王家を継いできた桜ノ宮家の唯一の跡取りでした。
お父様は遠い遠い親戚にあたる名家の長男で、桜ノ宮家にお婿にいらした、という形です。
そして一人娘の私が生まれて。
私が知っているのはこのくらい。
お父様とお母様がどのようにして出会い、結ばれたのかは聞いたことがありません。
いつかはお父様とお母様の馴れ初めをじっくりと聞いてみたいな。
お母様とお茶をいただきながら。
緑綬と話している時間のように、きっと楽しい時間になる。
でも、その夢は叶わないのです。
お母様はもう何年も目が覚めぬまま、眠り続けている。
私が2歳の頃からだと聞いています。
私はお母様との記憶がない。
この桃桜殿にいるのに。すぐ側にいるのに。
そして、確かに生きているのに。
もどかしくて、お話がしたくて、名前をよんでほしくて、笑った顔が見たくて。
何度も何度も蓮の間に通ってはお母様に話しかけ続けてきました。
一度もこたえて下さったことはないのですが…
小さい頃はお母様に無視をされているような気持ちになって悲しくなった頃もありました。
今はさすがに、眠っているのですからお返事が出来ないのは当たり前だということはわかるのですが…
なぜ眠りについてしまったのか、そのきっかけや原因だけでもわかれば、と思うのですが。
国の医者や学者さん、ひいては占い師さんまで。
多くの有識者の方々が会議や調査をしていますが、未だにはっきりとした原因はわからないのだそうです。
常日頃お医者さまがついていらっしゃるのですが、現在の医学では現状維持が精一杯のようです。
こうして言葉にすると、現実をつきつけられて胸が痛くなります。
最近ではよくお母様によく似てきたと色々な方に言われるのですが、私は目を閉じているお母様しか知らないから自分ではよくわからないのです。
もちろん大好きなお母様に似ていると言われたら嬉しいし自慢ですが、少し寂しくもなってしまいますね。
私はいつか、緑綬や結奏と共に城の外へ出て、もっと色んなことを知って学んで経験してみたい。
お母様が目覚める方法も外の世界ならあるのではないかと思うのです。
まずはお父様を説得しなければ。
いつもあっさりと断られてばかりですが、諦めませんよ!
今日は緑綬もお話があると言っていたし、その時に緑綬にも助言をもらおうかな。
―コンコン。
ドアをノックする音。
「姫様、お迎えにあがりました。蓮の間へ参りましょう!」
結奏がにこやかに入ってくる。
いよいよお母様に会いにいく。
城内の他の方なら平気なのに、お母様にお会いするのはとても緊張します。
話しかけてもお返事は返ってこないのが寂しいというのもありますが、どんな方か実は知らないというのが大きいのかな。
大好きなのは当然変わりないけど、少しだけ、どう接していいのかわからない、複雑な気持ちです。
蓮の間へ行くのは一ヶ月ぶりでしょうか。少し間があいてしまいました。
一歩一歩、確かめるように。
ゆっくりと蓮の間へと向かう。
蓮の間へは国王陛下であるお父様のいらっしゃる玉座の間の横の通路を通ります。
いくつもドアをくぐり、一番奥まで行く。
すると、蓮の間へ続く特別な階段があり、その階段を上れば入口までたどり着けます。
蓮の間自体は窓がなく、日が差し込まない部屋になっています。
当然ながら極限られた人しか入れません。
結奏は玉座の間から一つ目の扉の前で待機です。
この通路はお父様やお医者様などを除いて基本的には女性しか入れないことになっているので、緑綬は別の任務についています。
さて。
いってまいります…!
セリフが少ないお話になってしまいましたが、琴子の複雑な心境はお伝えすることが出来たかな…?
次はいよいよ女王陛下登場です。