寄り添う花
「姫様、まずは朝食を召し上がって下さい!食事をすると身体は元気になりますから」
優しい笑顔が窓から差し込む日差しに照らされてより一層まばゆく見える。
私は小さく頷きゆっくりとヨーグルトを口に運んだ。
結奏もほっとしたように息を小さく吐いた後、同じように食事を始めました。
お互いに声はかけなかったけれど、結奏が心配してくれているのは充分に伝わってきたし、私も話を聞いてもらおうと思い、少しずつ前向きな気持ちになっていきました。
食事を終え、ハーブティーをいただく。
先ほどより日差しが強くなってきたようです。
結奏もただただ黙って私を見守ってくれています。
「何から話せば良いのか…」
テーブルの上のグラスを見つめながらつぶやく。
強くなった日差しに照らされて、より一層キラキラしている。
結奏は心配そうなまなざしを向け、黙って私の言葉を待ってくれていました。
「昨日の夜緑綬が部屋に来ました」
また俯いてしまう。
「以前大臣様と緑綬様が帰国なされた時にお約束してらっしゃいましたよね」
「そうです、それで来てくれたのですが…」
膝の上に置いた手をぎゅっと握る。
「緑綬は結婚をするのです」
「え!?」
私の言葉に結奏が驚き大きな声を上げた。
「し、失礼致しました、驚いてしまったもので」
結奏が恥ずかしそうに肩をすくめる。
結奏も知らなかったようです。
「そのお相手様との都合もあるので今すぐという訳ではないのですが、正式に婚約が決まったという事で、報告をしてくれたのです」
結奏は驚きの表情のまま私の話を黙って聞いてくれています。
「実は以前から結婚をする、という話だけは聞いていたです。
でも、私が…。せっかく緑綬が話してくれたというのに、その続きを聞く事が怖くて、ずっとはぐらかして聞かないようにしていたのです。
でもいずれは全て知る事になるのだし、このままではいけないと思い、城下町の視察が無事終わったら緑綬から話を聞こうと決心していたのです。
それで、今回緑綬が帰国した時に部屋に話をしに来てほしいと頼みました」
風が私の髪をふわりと揺らす。
言葉に詰まりながらも話を続ける。
「お相手の方は石の都の姫君だそうです」
「碧姫様!?」
結奏が再び驚いて黒目がちな目を大きく見開いた。
「結奏もお会いした事があるのですか…?」
「私は直接お会いした事はありませんが、お話はよく伺いますよ。とても愛らしく活発な方だと聞いています」
「そうですか…」
私はまた俯いてしまう。
「恥ずかしながら私は、石の都に姫君がいらっしゃる事すら知りませんでした。
改めて私は何も知らないのだと実感しました」
「姫様…」
「私が何も知らずに城の中にいる間に、緑綬は…。
私の知らない場所で、私の知らない方と婚約者になっていて…。そう考えると、とても寂しい気持ちになりました。何も知らない自分が恥ずかしくもあります」
少し頬が火照っている気がする。
情けなくて恥ずかしくて、話をしながら胸がきゅっと締め付けられる。
強い日差しに照らされて、少し暖かくなっているスカートを握り締める。
私はしばらく黙って俯いていました。
どれくらいの時間が経ったのか…。
ただただ昨日の会話を思い出し、落ち込んでいました。
「姫様」
結奏の声で我に返る。
ゆっくりと顔を上げる。
きっと私が俯いてる間に色々と考えてくれていたのでしょう。
言葉を選びながらゆっくりと話してくれました。
「まず、知らない事が恥ずかしいとおっしゃっていた事についてですが、それは王女として正しい感情だと言えると思います。やはり民や他国の情勢などを知ってこそ良い政治が出来ると思います。
そして、姫様はこの前の城下町の視察で知らなかった事をたくさん知る事が出来たと思います。だから…」
結奏が言葉に詰まる。
私のために考えて、言葉を選んでくれているのがわかる。
「だから、知らない事はこれから少しずつ知っていけば良いと思うのです!」
結奏の力強い言葉に心がふっと軽くなった。
微笑み返すつもりが泣き笑いのような表情になってしまいました。
結奏の言う通りだ。
知らない事を嘆くよりも、これから知っていく努力をしていこう。
前向きな気持ちが心を照らす。
「そして緑綬様の事なのですが…」
少し明るくなった心に再び影が落ちる。
「その、うまく言葉が出てこないのですが…」
言いたい事柄はまとまっているのに、言葉がうまく選べない様子でおろおろしてしまっている結奏。
「構いません。そのまま話して下さい」
「かしこまりました…」
それでもまだ言葉に詰まりながら、一生懸命に話をしてくれる。
「結婚自体はまだ先だという事でしたが、正式に婚約は決定しているということですので…」
再び言葉に詰まる。
私はただただ続きを待つ。
「…っ姫様!姫様は緑綬様の事が好きですか…?」
思い切ったように質問をする結奏。
私は思わず結奏の目を見つめる。
はっきりと聞かれてしまった事に戸惑いを覚える。
「自分では、まだはっきりとわかっていない…と思っていました。
でも…結婚をすると聞いて落ち込むという事は、きっと、好き…なのだと思います…」
そう口にした途端、今まで一度も零れなかった涙がこぼれ落ちた。
気付かないように触れないように、心の中で大切に閉じ込めていた想いが溢れ出す。
結奏は立ち上がって私をそっと抱きしめた。
緑綬の事が好きだって、本当は私だってとっくにわかっていたはず。
そう、生誕祭の後結婚をすると報告をされた時からずっと。
緑綬に婚約者が出来てしまってから、自分の気持ちに気がつくなんて。
もし私がもっともっと昔にこの想いに気付いていたら、違う未来があったのでしょうか。
涙を流しながら、そんな事を考えていました。
しばらく経ってやっと少し落ち着きました。
結奏も自分の席に戻り、二人でハーブティーをいただいています。
ずっと黙っていた結奏が口を開く。
「姫様、緑綬様の事をすぐに忘れる事はとても難しい事だと思います。侍女のお姉様方の受け売りですが、無理に忘れようとすると余計に苦しくなって忘れられなくなるから、無理をする事なく時間が少しずつ解決してくれるのを待つのが一番だそうです」
テーブルの上のカップを握り締めながらまた一生懸命に話をしてくれる。
「私はいつでも姫様の力になりたいと思っていますし、いつでも相談に乗ります!」
結奏の真っ直ぐな言葉が心に響く。
「ありがとう結奏」
今度はちゃんと微笑む事が出来た。
結奏も少し安心したような表情を見せる。
その後二人でお茶をいただきながら、しばらくの間話をしていました。
結奏が敢えて明るく振舞ってくれているのが伝わって、私の声も表情も少しずつ明るくなっていきました。
「これもお姉様方の受け売りですが、お仕事に没頭するのも、恋を忘れるのに効果的なようですよ!」
そう、落ち込んでいても仕方が無いし、もうこの恋は叶う事は無い。
だから、もう前向きになるしかない。
無理せず一歩一歩。
それに、自分の無知さに情けなさを感じていましたから、お仕事に没頭するのは良い事かもしれません。
すぐには元通りには出来ないかもしれない。
だけど少しずつ、王女としても人としても成長して、緑綬の事も優しい思い出に出来たら良い。
優しい風が結奏の前髪を揺らす。
心から結奏に感謝をしながら、少しずつ心が温まっていくのを感じていました。




