木漏れ日
窓際のお気に入りの椅子に腰掛け、いつものように本を読んでいた。
暖かな日差しが差し込む大きな窓。
優しく風が吹き、柔らかなスカートのレースが膝下を撫でる。
本を閉じふと空を見上げる。
「今日も良い天気」
大きな目を柔らかく閉じながら桜姫はそっと呟く。
変わらぬ日常、暖かく花々に囲まれた日々。
ここは花の都の王城である桃桜殿。
桜姫。彼女は王の一人娘、桜ノ宮琴子。
生まれてから16年。一度も城の外へ出たことがない。
城の敷地は、大庭園を含めるとまるでひとつの街かのように膨大ではある、あるのだが。
外の世界のことは本で読むだけ、城の中の世界が彼女の全てだった。
―コンコン。
ドアをノックする音。
「どうぞ入ってください」
桜姫の言葉を聞き、ドアが開く。
「失礼致します、お茶をお持ち致しました。」
楠木緑綬。
背が高く細身ではあるが武術に長けており、桜姫の護衛役である。
木漏れ日が彼の美しい黒髪を透かしていた。
「本日の執務はございませんので、どうぞごゆるりとお過ごしください」
少し目にかかる前髪から見える切れ長の目、優しい眼差しで桜姫を見つめている。
「本が…」
膝の上に置いた手をぎゅっと握り、桜姫は俯く。
「本が、もうありませんの、全部読んでしまいましたから…その…新しい本が欲しいです」
隣に立つ緑綬を見つめる。
「今すぐに本を用意することは出来ませんが、代わりに私が以前出向いた城下町でのお話を聞いて頂けますか?」
「喜んで!」
満面の笑みで話を待つ桜姫。
城から出れない姫のために、日々新しい本はたくさん用意されており、全て読んでしまったというのはもちろん嘘である。
これは、彼女なりの甘え方であった。
緑綬の話す城の外の話は彼女をとてつもなく魅了した。
そしてひとりで過ごす昼下がりよりも、ずっと楽しい時間であった。
生まれた時からこうした日々を送り、一生この日々が続くのだと思っていた。
不満もなかった。
この生活しか知らなかったから。
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まずは物語のスタート、桜姫の日常。
次回から本格的にお話が動き出します。