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桜碧物語  作者: 碧桜依
桃桜殿
26/34

アロマティー


「姫様…?」

―!!

緑綬に声をかけられた瞬間。

今まで聞こえなかった木々のざわめきが耳に届く。

街の人の声、風の音。

我に返った私は急いで緑綬に向き直る。

「ごめんなさい緑綬。参りましょう」

心配そうに見つめる緑綬を横目に、私は平静を保つ為に敢えて早足になる。

椅子に腰掛ける彼を横目に見ながら店の中へ。

さらさらと陽に透ける前髪から彼の瞳が見える。


目が合った。


表情の変わらないその瞳から思わず目を逸らし、結奏と並んで店主の前へ。

挨拶を受けながら、目の前に並ぶアロマティーを見つめる。

胸が高鳴る。

耳の奥まで鼓動が聞こえるようです。

今回の視察のきっかけにもなったアロマティー。

ずっと緑綬と結奏とここへ来ることを心待ちにしていた。

なのに…。

陽に透けて碧くも見える黒髪、そして美しく光る碧の瞳。

彼のことが頭から離れない。

まだ、あの椅子に座っているのでしょうか。

ついつい振り向く。

緑綬の肩越しに見えるのは執事と思われるお爺様。

きっと、まだいる。

緑綬の視線に気付き前を向く。

それでも、何度も何度も気になってしまう。


「姫様!私はこちらの元気いっぱいになれるというアロマティーを頂きます!」

上機嫌な結奏の太陽のような笑顔。

アロマティーを頂かなくても充分に元気な結奏に思わず頬が綻ぶ。

私もせっかく来たのですからアロマティーに集中しないと!

緑綬にも怪しまれてしまいます。

胸の高鳴りを抑えられない私は、リラックス効果と披露回復があるというアロマティーを頂くことにしました。

緑綬は判断力が鋭くなるというアロマティー。


「姫様、ついにアロマティーを頂けますね!私楽しみです!」

「ええ、本当に」

私も笑顔で返す。

店主が準備をしている間、緑綬は黙って私達を見ていました。


「お待たせしました!」

笑顔の店主がアロマティーをカウンターに乗せる。

一つ一つ改めて説明してくれる。

いつものティーカップとはまた違った手作りの細長いカップ。

氷がたっぷり入ったそれは、カップの周りにきらめく水滴をつけています。

「どうぞゆっくり腰掛けて休んで行ってください」

店主に促され、私達は店の前に並ぶ赤い椅子に腰掛けることにする。

そして私達が離れた瞬間、お店には瞬く間に行例が出来ていました。

「私にも姫様と同じアロマティーを!」

「私もお願いします!」

結奏はそんな民達を見て嬉しそうにはしゃぐ。

でも私は。

少しずつ近づく碧の彼が気になりながら、一歩一歩足を進めた。

何も変わらず、リラックスした様子で座っている彼。

この騒ぎにも顔色一つ変えていない。

今まで城下町で出会った人々は皆、私を見てすぐに声をかけてくれたり、手を振ってくれたりしました。

でも、彼は違う。

私が来る前と何一つ変わらない。

彼の周りだけ、とても静かに時間が流れている。

近くまで来ると、執事と思われるお爺様がお辞儀をする。

私達も会釈をする。

少し離れた席に結奏と並んで腰掛ける。

「緑綬は座らないのですか?」

私の横に立っている緑綬に声をかける。

眩しい太陽の光が彼の背中から漏れる。

「私はこのままで頂きます、この方がすぐに動けますから。

さあ、頂きましょう」

私を安心させるように微笑む緑綬。

警護をしながらも楽しもうとしてくれていることが分かって、嬉しくなりました。

結奏と顔を見合わせ、思わず笑顔になる。


初めてのアロマティー。

緑綬と結奏と城下町でお茶をしたい。

そんな願いが叶う瞬間。

「美味しいです!」

一口飲んだ結奏が感嘆の声を上げる。

私も一口。

「美味しい…」

思わず漏れる一言。

結奏も大はしゃぎです。

緑綬もうんうんと小さく頷きながら頂いています。

口に入れた瞬間、顔中に広がるアロマの香り。

ハーブティーとはまた違うその香り方に驚きながらも、私達はそれぞれに感想を言い合いながら美味しく頂く。

いつものハーブティーより甘みが強いのに、不思議とすっきりと飲めました。


しばらくすると店主が挨拶に来てくれました。

「姫様、皆様、いかがでしたか?」

「とても美味しく頂きました。

飲みやすく良い香りのする、初めての感覚のお茶でした」

私の言葉を聞き、店主が笑顔になる。

店主にお礼を言い、案内人が指し示す次の目的地へ向かう為に立ち上がる。

ふと碧の彼が座っていた椅子を見る。

ちょうど彼らも立ち去るタイミングだったようで、こちらに背中を向けて、今まさに歩きだそうとしていました。

お別れ、ですね。


…!

その時私は思い出す。

彼とは、城の中で一度会っている。

あの時は遠目に見ていたこともあって、すぐに気付かなかった。

気付いた今となっては、どうしてすぐに気付かなかったのかわからない。

でもきっとそれよりも、彼に目を奪われている自分を落ち着かせることで頭がいっぱいだったのでしょうか。

遠目に見ても、あんなにも印象的だったのに。

でもあの時はお父様に会うことで頭がいっぱいで、すぐに忘れてしまった。

近くにいるとこんなにも胸が高鳴る。

どうして…。


そんなことを思いながら彼の背中を見つめていると、彼が振り返った。

また、周りの音が止まる。

碧の瞳に見つめられ、呼吸が止まる。

このまま、吸い込まれてしまいそう。


彼の唇が小さく動く。

声は聞こえなかった。

きっと出していなかった。

でも動いたその唇は…


「…またね。」


そう言っているように見えた。


また、会えるのでしょうか。

はっきりとはわからないけれど、またねと言ってくれた。

一度城でも見かけたことがある。

きっとまた、会える。

立ち去る彼の背中を見つめながら、私はなぜだか、そう確信していました。


「姫様」

またもや緑綬の言葉に我に返る。

彼を見つめていたことに気付いているでしょうか。

思わず頬が赤くなる。

「ごめんなさい、行きましょう」

緑綬と目を合わすことが出来ない。

とても恥ずかしい。

結奏は案内人の方と話をするのに夢中になっています。

胸の高鳴りは、いつまでも止まってはくれませんでした。

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