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桜碧物語  作者: 碧桜依
桃桜殿
24/34

自分の足で


優しく部屋を照らす木漏れ日。

忙しそうに流れて行く足音。

明るく耳に届くたくさんの話し声。


「姫様、少しこちらを向いて下さいませ。」

私のスカートの裾を丁寧に手直ししてくれている紲菜さん。


いよいよ今日は待ちに待った城下町の視察の日です!

今まで何度も何度も不安になってきたけれど、今は楽しみな気持ちでいっぱいです。


「紲菜さん、裾のこの部分は…。」

楽しそうにお手伝いをしている結奏。

今回のドレスにも興味深々です。

「ええ、こちらをこうしてもらって…。

うん!いい感じ。

普段より歩きやすいようにここは短めで、この部分を開いているのですよ。

それでこうして…。」

「うわぁ!なるほど!素晴らしいです紲菜さん!」

今日のドレスは、優しい桃色に、緋色も織り交ぜられている、繊細ながらも明るく元気をもらえるデザイン。

歩きやすさにもこだわってくれています。

楽しそうな結奏と紲菜さんを見ていると、私も楽しくなります。


いよいよ、なんだ。

今までたくさんの人に力を貸してもらって、自分なりに頑張ってきた。

それがいよいよ、形になるんですね。

胸が高鳴る。


「それでは失礼致します。

姫様、頑張って下さいね!」

今日もとびきり明るい紲菜さんの笑顔。

私も笑顔で頷く。

準備が終わり、いよいよもうすぐ出発。

結奏が準備をしてくれたハーブティーを頂きながら一息。

今日のハーブティーは、ドレスの色味に合ったオレンジ色のお茶の上に桃色の花びらがヒラヒラと浮かんでいます。

結奏も自分の準備の為に部屋に戻り、私は一人いつもの窓際の椅子に座る。

ざわざわと聞こえる声や足音。

この雰囲気は、生誕祭の時以来でしょうか。

忙しいながらも明るく、楽しそうな声。

楽しみにしてくれている皆の為にも、私も頑張らなくてはなりませんね!


―コンコン。

「どうぞ。」

「失礼致します。」

ドアを開けて入って来た緑綬を一目見て、息が止まる。

優しく木漏れ日に照らされた緑綬は、いつもよりも少しだけ警備色が強い服装。

少し違うだけなのに、そんな変化になぜか胸が高鳴りました。

「いよいよでございますね、姫様。」

優しく笑いかける笑顔が眩しい。

木漏れ日に照らされ透ける前髪。

少し眩しそうに細める切れ長の目。

「私や城の皆が必ずお守り致します。

姫様はどうか民達との交流を心から楽しんで下さいね。」

「ありがとう、緑綬…。

初めて城の外へ出ることへの不安はありますが、皆のおかげで今は楽しみな気持ちの方が大きいのですよ。」

思わず笑顔になる。

やっぱりこの気持ちは抑えられません。

本当に本当に楽しみです!


緑綬との最終確認も終え、桃桜殿の庭園へ。

警備、警護など大勢の臣下が集まってくれています。

私は協力してくれる皆の前で挨拶をして、その中心を歩き出す。

両端で整列し、礼をしてくれている皆。

列の最奥、城門の前で結奏と緑綬もまた、礼をしながら待ってくれています。

二人の元へたどり着くと、優しい笑顔で迎えてくれました。

結奏はもう今にも飛び上がってしまいそうに楽しみだという気持ちが顔に書いてあります。

私もつられて笑顔になる。

いよいよ城門をくぐり、私は城の外へ出る。

初めての城の外。

初めての城下町。

今、この門をくぐれば、私はきっと新しい私になれる。


美しい青い羽を羽ばたかせ鳥がさえずりながら頭上を飛んでいく。

私の後ろ、城の方角へ飛んでいく鳥達を目で追いかける。

振り返ると、城が見える。

桃桜殿は、それ自体が街だと言われる程に広い。

すっかり遠くなってしまった城を見ていると、ふとバルコニーが気になりました。

遠い遠いその先に見えるのは。


「―お父様…。」

思わず漏れた私の声。

きっと誰にも聞こえていない。

遠い遠い城のバルコニー。

もちろんはっきりとは見えません。

でも、それでも。

お父様がこちらを見ていることが、私にははっきりとわかるのです。

「いってまいります。」

また、小さく呟き、私は前を見る。

誘導も兼ねて前に並ぶ警護の方達の後から私は歩く。

結奏と緑綬は一歩後から私の両端に居てくれています。

いよいよ、私は城門をくぐる。

一歩、この足で踏み越えて…。


思わず立ち止まる。

城門をくぐっただけなのに、目の前の景色はまるで別世界に見えた。


広く、広く、まるでどこまでもこの道が続いているようです。

私の初めての一歩。

思わず涙が溢れそうになる。

振り返ると、結奏はハンカチで目を抑えていました。

ありがとう、結奏。

私と同じ気持ちで居てくれて。


ゆっくりと歩き出す。

百花繚乱の花々が咲き乱れる。

優しく風にそよぐ花々も祝福してくれているように感じます。


馬や籠を使うという提案もあったのですが、自分の足で歩きたいと思い断りました。

皆も私の言葉に優しく微笑み、快諾してくれました。

城下町までの道のり。

初めて見る景色。

遠くに見える家。

時折道の端に見かける農業に使う道具。

色とりどりの蝶々。

ふわふわと浮かぶ綿毛。

涼しさを届けてくれる優しい風。

スカートの裾からふわりと、膝下に心地よい風が入ってきます。


街の入口にはたくさんの人が見える。

今日は遠くの街からも大勢の民が来てくれたようです。

明るい声が聞こえてくる。

嬉しさと共に、緊張が全身を走り抜ける。

思わず背筋が伸びる。

振り返ると、結奏と緑綬は微笑みながらしっかりと頷いてくれました。


大丈夫。

私は一人じゃない。

一人では何も出来なかった。

でも皆のおかげで、私はこうしてここに立ち、民の笑顔を見ることが出来ている。

感謝の気持ちと嬉しい気持ち、そして緊張がこの胸から溢れ出す。

胸に手を当て瞳を閉じる。

聞こえるのは、風にそよぐ草の音。


城下町は、もうすぐそこ…。

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