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桜碧物語  作者: 碧桜依
桃桜殿
22/34

一人では、出来ないこと。


まぶしい朝陽に照らされて、テーブルが暖かくなっている。

椅子に腰掛けると、椅子もまた柔らかな熱を伝えてきました。

昨日までの雨が嘘のよう。

雨上がりの庭は、宝石箱をひっくり返したようにキラキラしている。

木の葉にしたたり、花びらの色にそっと輝きを寄せる、雨の雫。

少し水の匂いがする風を吸い込む。

なんだか自分の心も洗い流されたような、そんな気持ち。

まさに爽やかな朝、という言葉がぴったりです。


あれから四日が経ちました。

お父様はびっしりと詰まっている予定をやりくりして、私の為に時間を空けて下さいました。

いよいよ今日、城下町への視察の提案へ参ります。


鼓動が高鳴る。

緊張もする。

正直に言えば不安もある。

でも、以前の私とは違います。

以前の私はまだまだ子供で、王女としての自覚も足りなくて…。

でも今回は、私なりに、王女としての自覚を持って考えた提案。

しっかりしなくては!


あれから毎日、不安と戦いながら、提案書を何度も何度も読み返しながら過ごしてきました。

緑綬や結奏も何度となく気付いたことを話に来てくれました。

きっと大丈夫。

私は今の私に出来る精一杯で、お父様へお伝えするのみです!


朝食を済ませ、最終確認をして、いよいよお父様のいる玉座の間へと向かう時間。

結奏が迎えに来て、私達は玉座の間へと進む。

「いよいよでございますね…!私も緊張して参りました…。」

緊張した面持ちで結奏が話す。

緊張している結奏を見て、少しだけ安心する。

私は、一人じゃない。

こうして同じ気持ちで傍にいてくれる結奏。

その存在が、私の心を癒してくれていました。


玉座の間へと続く階段に着く。

結奏はいつもの通りここでお留守番です。

「姫様、頑張って下さいね!応援しています。」

私の手を両手で握り、結奏が真剣な眼差しを向ける。

私もいよいよ訪れる緊張感に胸が高鳴りながらもしっかりと返事をする。


一歩一歩、階段を上る。

靴にふわふわと触れる絨毯の感触。

玉座の間の扉の前。

門番の方達が両扉を開けるのを確認し、私はスカートの裾を少し広げて一礼をする。

お父様は、どんな顔をしているのだろう。

提案書を読みながら座っているでしょうか。

扉が開き切ったところで、私はゆっくりと顔を上げる。


目の前に見えるお父様は、私の想像通りのお姿でした。

私に視線を向けたあと、提案書を読んでいます。

以前お話に伺った時と同じ風景に、胸の奥が少しだけ痛む。


お父様の目の前まで歩く。

お父様に促され、用意されている椅子に腰掛ける。

提案書から視線を上げて、私の目を見つめるお父様。

緊張が全身を走り抜けた。


「成長したな、琴子。」

まるでまぶしいものを見るかのように優しく目を細めて笑うお父様。

嬉しい、という感情だけが私を支配する。

お父様に認めて頂けた…。

それだけで涙が出そうだった。


「前回の儂の話は、ちゃんとお前に届いていたのだな。」

「はい、お父様…。

お父様とのお話で、私は王女としての自覚が足りないことを痛感しました。

その後は、それでも城下町へ行きたいという想いが消えず、何度も悩み、緑綬や結奏に頼りながらも、今回の提案書を作るに至りました。」

「この内容であれば、提案書にもある通り城下町への経済効果も期待出来る。

民の為にもなる行事と言えよう。

人材の調整もよく考えていると言える。」

お父様は提案書を一枚一枚確認しながら、意見を伝えてくれる。

私は緊張しながら、その一言一言を噛み締める。


お父様が提案書を置いて目を閉じた。

何か考えている様子。

そしてそっと目を開ける。

優しく私を見つめる瞳。


「琴子よ。

此度の提案に許可を出そう。

今以上に詳細を取り決め、安全かつ民達の為になることを第一に考えなさい。」

「…はい!お父様…!」

嬉しくて、本当に嬉しくて。

思わず涙が零れそうになる。

この提案を認められたことも、民達の為に私にも出来ることがあるのだと実感が湧いたことも。

胸の中いっぱいに広がりました。


「だがな、琴子…。」

少し俯くお父様。

その瞳には、なんとも言えない寂しさが宿っていました。

「やはりお前が城下町に行くというのは不安で仕方がない。

律子が目覚めなくなった原因がわからぬ以上、予防することも出来ぬ。

お前の身にも同じことが起きぬとも限らん…。」

私も、お母様の件は心のどこかにずっとずっと引っかかっていた。

もしかしたら私も、同じようになってしまうのではないか…。

そんな不安は数えきれない程感じてきました。


「よって儂は長年お前を城の外に出さなかった。

だが、だからと言ってずっとお前を閉じ込めておくことにも同じように不安があった。

お前はいずれは女王としてこの国を治めなければならぬ。

そしてそれには民の生活や考えの理解は必要不可欠。

机上の空論ではなく、自身の目で見て、触れ、感じなければならぬ。」

お父様が私を見つめる。

とても、寂しそうな瞳に胸が締め付けられた。

私のことを、こんなにも心配して下さるお父様。

私はなんと声をかけていいのかわかりませんでした。


「しかし今こうして、お前は臣下と共に王女としての提案を持ってきた。

気持ちを改め、よく出来た提案書であったと言えよう。

具体策もよく考えられておった。」

「この提案書は、私一人では到底作成することなど出来ませんでした。

緑綬と結奏の協力があってこそです。」


そう。

私一人では、何も出来なかった。

だけど、三人が揃えば。

どんどん意見が飛び出して、次々と解決策が思いついた。

二人には本当に感謝しています。


私の言葉に、お父様はうむうむと嬉しそうに頷いた。

「そうじゃ、琴子。

忘れてはならぬ。

王家とは、民や臣下の支えがあってこそなのだ。

そのことだけは、国を纏める者として何があっても忘れてはならぬぞ。」

お父様の言葉は自然に身体に入ってきた。

私自身、そのことを痛感していたから。


「此度の提案、改めて許可を出す。

臣下の力を借り、また民の理解を得て、今後も取り組みなさい。」

「かしこまりました…!」

私は立ち上がり、しっかりとお辞儀をする。

必ずこの視察を成功させなくては!

心配して下さるお父様の為にも、元気に帰ってこなければなりませんね。


玉座の間を出て階段を下りる。

結奏がこちらを心配そうに見つめているのが見えます。

私の足取りは、嬉しさと、緊張から解放されたことから、少しふわふわとしていました。


「姫様…!」

結奏の前にたどり着くと、結奏は今にも泣き出しそうな様子で私の返事を待っています。

そんな結奏がなんだか可愛らしくて。

私も今、とても上機嫌で。


スカートの裾をひるがし、くるっと回ってみせる。

そして一礼。

顔を上げると、今にも飛び上がりそうに嬉しそうな顔をしている結奏。

私はにっこりと微笑んでみせる。

結奏が私の胸に飛び込んできました。


ありがとう、結奏。

私、頑張るから、どうか力を貸してくださいね。

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