表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜碧物語  作者: 碧桜依
桃桜殿
17/34

緑綬の話


月明かりがハーブティーの水面を照らす。

緑綬が席に戻る。

私の鼓動の高鳴りは、未だおさまっていません。


今までよりも、確実に。

緑綬に対する気持ちが変わっている。

この気持ちは…

この鼓動の高鳴りは…

どうすれば落ち着いてくれるのでしょうか。


「姫様」

改めて向き直る緑綬。

今は大事な話をしているのに、私もしっかりしないと!

私も改めて姿勢を正す。

「こういった話をするのは、初めてでございますね。」

「そうですね。こうして緑綬の仕事ぶりを目の当たりにするのは初めてでした。」

私がそう言うと、緑綬は小さく目線を下に向けた。


「私は今日姫様の話を聞き、姫様に対する態度を改めたのです。」

「態度、ですか…?」

「今まではの私は、姫様のことを、私の大事な大事なお守りするべき姫様と想い、接して参りました。

もちろん、その気持ちに変わりはありません。

しかし今日姫様の話を聞き、王女としての自覚が芽生え始めたあなた様に、私もしっかりと王女様として接しなければならないと思ったのです。」

風が二人の間を通り抜ける。

木の葉が揺れる音がする。

私の目を見たまま緑綬が続ける。


「今まででしたら私が自分の判断で、より姫様の安全が確保される方法を決めていたことでしょう。

警護を用意することも全て、自分でしていたと思います。

しかし今回はまず姫様に提案をさせていただき、姫様の判断を仰ぎました。」

私は小さく頷きました。

今までの私は、緑綬や周りの皆さんが用意してくれた通りに過ごしていました。

式典や執務、きっと、なにもかも…。

自分で何かを決断したり、判断してこなかったのです。

いつも周りが、安全な道へ案内してくれていたから。

でもそれでは、ただ守られるだけのお姫様。

私はこれから王女として、民を導いていかなければならない。

それは私にもわかることです。


「しかし私は自分では何も提案しておりません。

緑綬の話を聞き、どちらが良いか選んだだけです…」

自分で口にしたというのに、心にずしりと大きな石が乗ったような感覚。

王女として半人前だということをまた痛感しました。


そんな私を見て、緑綬が優しく語り掛ける。

「これから、一歩ずつ成長して参りましょう。

姫様の味方は大勢いることをお忘れなく。

それに、まだまだ話は終わっておりませんよ?

警備、警護の具体的な人数調整や、視察する日程の候補などを事細かに決定し、さらに国王陛下へお渡しする計画書も必要になります。」

うぅ…聞いているだけで頭が痛くなってきました。

もちろん私は王女として今後様々な仕事をこなしていかなければならないのですから、ここでくじけていてはだめです。

ましてや今回は自分が外へ出かけたいという、執務外のこと。

こうして緑綬が共に考えてくれているだけでも有難いことですね!

そんな私を見て小さく笑う緑綬。

「ご安心下さい。私ももちろんお手伝い致します。」

「ありがとう、緑綬…。」

ふぅ…。

長いため息が自然と出ました。

今日は本当に長い一日でした。


すぐさまお許しが戴けるものだと思い、意気揚々とお父様に会いに行ったこと。

あっさりとお断りをされ、そして王女としての自覚が足りないと痛感したこと。

緑綬や結奏が、もしかしたら私が城下町へ出かけるということを、負担に思っているかもしれないという不安に襲われたこと。

結奏と話をしたこと。

ひとりになってからも落ち込んでいたこと。

緑綬と食事をしたことで、良い気分転換になり、少し元気になったこと。

緑綬が私の話を聞き、提案をしてくれたこと。

そして。

今まで何も出来ていなかった私にとっては大切な第一歩。

二つの提案からどちらにするかということを、自分で決断をしたこと。


私は、先ほど緑綬が提案の内容を説明しながら書いてくれた二枚の紙をもう一度見た。

いつかは私も、短時間で色々なことを考えたり提案できるようにならなければなりません。

お父様は毎日毎日、役人達や民達の声を聞いています。

そして指示を出したり大事な取り決めをしていると。

今の私にはそれがどういった内容なのかすら予想もつきません。


ですがこれからは、知らないということに気づき、知っていかなければ。


王女として成長したい。

今私は心からそう思っています。


「夜も更けましたし、本日はお休みください、姫様。」

椅子から立ち上がる緑綬。

「あとは私の方で、もう少し細かくまとめておきます。」

そう言って一礼をして、テーブルの上のティーセットを片付け出す緑綬。


そんな…。

確かに私も疲れましたが、このまま緑綬に任せて寝るなんて出来ません。

それに疲れているのは緑綬も同じはずです。


緑綬が侍女を呼ぼうと歩き出した。

私はそのすぐ近くに見える背中に向けて声をかける。

「待ってください。緑綬も疲れているでしょう?今日はもう休んでください。」

振り返った緑綬がお辞儀をしながら答える。

「かしこまりました、姫様。細かい打ち合わせは後日に致しましょう。」

すぐに答えてくれたことにほっとしました。

緑綬にも、ゆっくり休んでほしい。


「結奏様へも報告しなければなりませんね。

明日、私の方からお伝えしておきましょう。」

いつもの私なら、この言葉を聞けばきっと、「はい、お願いします。」と答えていたでしょう。

でも、今日からの私は違います。

それに、結奏を落ち込ませてしまったのは私。

やはり私の口から直接説明をしたいです。


「いえ、結奏へは私の方から説明を致します。」

少し目を見開いて驚く緑綬。

「姫様、本当に変わられましたね。ご立派でございます…!」

感動している様子の緑綬。

「大袈裟ですよ、緑綬…。」

恥ずかしくて俯いてしまいました。

緑綬と結奏は、こういったところが時折似ています。


そう思うと、なんだか穏やかな気持ちになれました。

やっと緊張の糸がほどけて、希望が見えてきました。

今日はよく眠れそうです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ