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桜碧物語  作者: 碧桜依
桃桜殿
15/34

月明かり


あれから、どれ程時間が経ったのでしょうか。

空には細く輝く三日月。

そよぐ風は冷たくなっていました。


結奏は今一度改めて考えたいと言って出ていきました。

私も少し落ち着いて考え直していました。

気づけば日も暮れてしまって。

時間が経つのがとても早いです。


私はやはり城下町に行きたいと思っています。

長年憧れていた城下町でのお買い物や、街で流行の飲み物を頂いたり。

つまりは遊びに行きたいということ。

もちろん、大それた事だとはわかっていても、何かお母様の役に立てるかもしれないという小さな希望があるのも嘘ではありません。


でも。

王女である私が出かけることは、周りの人に警護の仕事をさせてしまうということ。

共に出かけたいと思っていた緑綬や結奏に迷惑をかけたくない。


やはり、私は城の外へ出るべきではないのでしょうか。


結奏にもあんなに悲しい顔をさせて、今も悩ませている。

私が外へ出たいと言わなければ起きなかったことです…


長い時間悩み、すっかり諦めの気持ちになっていました。

窓際に居すぎたのでしょうか。

少し身体が冷たくなってきました。


―コンコン。


ドアをノックする音が静かな部屋に響き渡る。

私はハッとして背筋を伸ばし、姿勢を正す。

「どうぞ」

「失礼致します」

緑綬が静かに入ってきた。

あれからゆっくりと話す時間がなかった緑綬の姿に鼓動が高鳴る。

月明かりが緑綬の顔を淡く照らしていた。


「姫様、食事の時間をお聞きしに参りました。

準備の方はすぐに整えられる状態にあります。」


正直お腹は空いていない。

まだ考えないといけないこともあるし…

「今日は食欲がないのでハーブティーだけに致します」

小さく俯く私。

とても暗い気持ちが背中や胸を重くしていた。

「姫様」

顔をあげると、緑綬は少し困ったような、でも優しい瞳で私を見ていました。

「落ち込んでおられる時こそ食事は大事ですよ。

気分転換にもなりますし体力がつきます。

考え事をするにも体力は使いますからね。」

「なぜ私が落ち込んでいるとわかったのですか?」

「大事な姫様のことです。すぐにわかりますよ。」

優しく微笑む緑綬。


私は素直に喜べなかった。

結婚…するのに。

それは好意を抱いている方がいるという事なのに。

どうして私にそんなに優しいのでしょうか。


「それに、せっかく作った料理人たちが悲しみますよ」

そうですよね!

せっかく私のために用意して頂いたのにがっかりさせてしまっては大変です。

「では今から部屋で頂きますね。」

「かしこまりました。」

緑綬はすぐに部屋の外に居た侍女へ声をかける。


「待ってください!」

気づけば私は、お辞儀をして出ていこうとする緑綬を咄嗟に引き止めていました。

「いかがされましたか?姫様。」

すぐには答えられない。

私も自分の行動に驚いてしまって…

なぜ、止めたのでしょう。

最近は緑綬を避けていたというのに突然、どうしたというのでしょう。

一人になりたくなかったのでしょうか…?


「あの、緑綬も一緒にいかがですか…?」

恥ずかしい。

頬が上気しているのがわかります。

緑綬と食事をすることは、今まで何度も何度もあるのですが。

今日は咄嗟に引き止めてしまったのもあってか、とても緊張しています。

「食事は先程済ませましたが、よろしければお茶を頂きながらご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」

「はい、もちろんです。」

あまりにも突然の自分の行動に驚きながらも、何とかこの場を収めることが出来た(?)ことに緊張が緩む。


その後すぐに侍女たちが食事を用意して下さいました。

私もいつもの窓際の椅子から立ち上がり、部屋で食事をとるときに使うテーブルへ向かう。

緑綬が椅子を引いて下さいます。

向かいあって座る私たち。

緑綬はハーブティーを頂います。

用意された食事の前に座ると、とてもお腹が空いてきました。

先程まで食欲がなかったのが嘘のようです。

やはり一生懸命作って下さった食事には勝てませんね。


美味しく頂いて一息。

私もお茶を頂いています。

「緑綬の言う通りでしたね。食事を頂いたら気持ちが明るくなりました。」

「それは良かったです。」

優しく微笑む緑綬。


「今日はお父様とお話をして参りました。」

私の言葉を聞き、緑綬はカップをティーソーサーに乗せた。

静かに私の次の言葉を待っていました。

月明かりが照らす、真っ直ぐな瞳。

緑綬の切れ長の目が、なぜかいつも以上に大人びて見える。


それから私は、今日のお父様とのお話、そして結奏との話をしました。

その事で落ち込んでいたこと。

王女としての自覚が足りなかったことを痛感したこと。

それでも出かけたいと思っている自分がいること。

でも、結奏や緑綬には迷惑をかけたくないということ。

でもそれは矛盾しているとわかっているということも。

緑綬は何も言わずに、私の話を聞いてくれています。


話が一段落したところで、緑綬がいつもの優しい微笑みを私に向けた。

「ひとまず、お茶のお代わりを準備致しますね。」

いつの間にか冷たくなってしまっているいるティーポットに気付きました。


緑綬が外にいる侍女にお茶を頼んでくれる。

程なくして届いたハーブティーは、緩やか湯気を踊らせていました。

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