結奏の心
いつもの窓際の、いつもの椅子。
先程までからの緊張感から解放されて、少し疲れを感じます。
外から流れるように吹く風が、優しく私の足を撫でる。
結奏は用意されたティーセットで、お茶を準備してくれています。
今日は私のお気に入りの、桃色の花びらを浮かせたハーブティー。
「姫様、お茶が入りました」
そっと渡されたお茶を頂く。
甘い香りと温かさに心がほっとする。
結奏も座って一緒にお茶を頂いています。
「今日お父様とお話をして、私は王女としての自覚が足りないのだと痛感しました。
今はその事で、とても恥ずかしさを覚えています。」
「姫様…」
心配するように私の目を見つめる結奏。
それから私は、玉座の間での話を結奏に伝える。
王女としての自覚が足りないとはっきりとわかったこと。
素直に外に出たいと伝えれば良かったものを、結果的にお母様のことを理由にしようとしてしまったこと。
そして共に城下町へ出かけるに当たり、緑綬と結奏はどのように考えているのか、お父様が心配なさっていたこと。
何も言わずに、でもしっかりと私の一言一言を聞いてくれている結奏。
「結奏は、共に城下町へ行くことに対して、どのように考えていますか?」
すぐには答えない結奏。
ここで気を使わせてしまってはいけないと思い、慌てて伝える。
「もちろん、正直に答えて欲しいのです。
きちんと受け入れますし、無理に付き合わせてしまうのは本意ではないのです。
ただ城下町へ行くだけであれば、城の警護の方と行くことも出来ます。
私が聞きたいのは、結奏の素直な気持ちです。」
「はい…」
考えながら俯く結奏。
正直に言えば、この先の答えを聞くのは怖いです。
少し時間を置いたり、逃げてしまいたい気持ちもある。
それでも、こうして私がすぐに結奏に直接聞くことが出来たのは。
先程までのお父様のお話はもちろんのこと、
私としても、大切なふたりに嫌な想いをさせてしまうのは絶対に嫌だと思ったから。
その気持ちの方が、聞くことが怖いという気持ちよりも遥かに大きかったからです。
不安を感じながらも、結奏の返事を待つ。
風に揺れる木の葉の音が耳に届いた。
「私も同じように、自覚や責任感というものが薄かったように思います…」
おずおずと話し出す結奏。
私はそっと見守りながら話を聞く。
「姫様は、王女としての自覚が足りないと言うことを痛感したと仰っていました。
それを聞いて、私も王女様の侍女の一人であるという自覚が薄かったのだと痛感しています…」
俯きながらもしっかりとひとつひとつ話す結奏の瞳は、驚く程綺麗で、下を向いているのにまっすぐ前を見ているかのような錯覚を覚える。
「姫様は城の外へ出られない。
その事で私の仕事は基本的には今までずっとずっと城の中だけでした。
お城の外での姫様の侍女としての仕事というものを、正直に言えば全く理解していなかったと思います。」
結奏が小さく頭を下げた。
「今回の城下町の件に関しても、私は姫様と初めて出かけられるかもしれないということに、ただただ浮かれていました。
今まで何年も外に出ることのなかった姫様が外に出るということを、まるで友達と遊びに行くことかのように簡単に考えてしまっていたのです。」
ゆっくりと顔を上げ、私の目を見る結奏。
不安に揺れているように感じられました。
「私は姫様の侍女として、あらゆる危険から姫様を守る覚悟はもちろんあります。
ですが、今まで平和な城の中でしかお仕えしていない私が、実際に外で何か姫様に危険が及んだ際にきちんとお守りすることが出来るのか、
自分の身を顧みずに咄嗟にすぐに動けるのか。
気持ちだけではなく身体能力も問われますよね。
もちろん簡単な護身術や警護の心得はありますが、実際に使う機会などなかったものです。
それを、自信を持って必ずお守りします!と姫様に言いきれるのか…」
膝の上に添えた手を握り、結奏は悲しそうな目をした。
「私はそんなことも考えずに、ただ姫様と出かけることが出来ると浮かれていたのです。」
「結奏…」
握られた結奏の手にそっと手を添える。
「私も、私も同じです結奏…」
「姫様…」
結奏の堪えていた涙が今にも溢れそうになっている。
「気持ちとしては、もちろんお供したいと思っています。
むしろ姫様が初めて城の外へ出られる機会です。
絶対にこの目に焼き付けたいと思っています。
共に買い物をしたりお茶を飲んだり…
考えただけでも幸せな気分です。」
少し微笑みを見せる結奏。
私も小さく微笑む。
そう、先程までの私たちはそれだけしか考えていなかったのです。
「ですがきちんと警護に当たれるのか、不安であれば警護隊を要請するのか、それならば行く先々は限られるのではないか、他にも…考えることはまだまだたくさんあります。
私はそんなことも考えていなかったのです。」
私も結奏の言葉を聞きながら、自分が外に出るということを改めて見つめ直す。
「それに…」
伏し目がちになった瞳に長いまつ毛が影を落とす。
「今まで何年もずっと姫様を外へ出さなかった国王陛下のお気持ちも、考えていなかったのだと気付きました。」
「お父様の、お気持ち…」
「女王陛下の件はもちろん一番にあるかと思います。
原因がわからない以上、姫様の身に何かあってはいけないと心配されている。
そしてそれとは別に、姫様はもちろんのこと、姫様の周りの者たちも自覚が足りないということを危惧されていたのだと思います。
ずっと姫様の身を案じている陛下のお気持ちも知らず浮かれていたなんて…
私は本当に恥ずかしいです。」
私も、同じです。
私は自分のことばかり考えて、お父様の気持ちを少しも理解していなかったのです。
改めて自分のことも周りのことも、今一度じっくりと考えなければいけないと、強く感じました。
私たちの心とは裏腹に、優しい風はいつもと同じように私たちの前髪をそっと優しく撫でていました。




