玉座の間
お父様に城の外へ出る許可をいただくと決めた日から、三日が経ちました。
お父様は本当に忙しくて、少しお話をするだけと言ってもなかなかお時間を頂くまでに時間がかかってしまいました。
私も少しではありますが執務に参加させていただいてはいますが、お父様の忙しさはやはり段違い。
お父様と直接話をするために予約待ちをしている方もたくさんいらっしゃいます。
お父様の予定はびっしり詰まっているようです。
そんな中、今日はやっとお父様にお時間をいただけることになりました!
今は、自分の部屋で時間が来るのを待っています。
いつもの窓際の椅子に腰掛けて。
今日の空は曇り。
時折雲の隙間から小さく光が差し込む。
曇りも雨も、風情があっていいと言うけれど、私はやっぱり晴れの日が好きです。
木陰から漏れる木漏れ日の優しい光が大好きなんです!
今日のハーブティーはリラックス効果があると言われているものを頂いています。
カップに浮かんだ花びらを見つめていると、ますます心が休まります。
アロマティー。
城下町で密かに人気が出てきているという、
このハーブティーよりも香りがあり、効果があるとされるお茶。
どんな香りがするのでしょう?
味は?色は?
早く実物を見てみたいですね。
お母様の目を覚ます、なにかきっかけが掴めると良いのですが…
コンコン。
ドアをノックする音が聞こえる。
「どうぞ」
「失礼致します!」
いつものように明るい笑顔を見せてくれる結奏。
見ているだけでほっとする彼女の笑顔が私は大好きです!
「姫様、お迎えにあがりましたっ」
いよいよ時間です。
お父様の待つ、玉座の間へとふたりで向かう。
今は楽しみな気持ちが多い…ように感じます。
なるべく悲しいことは考えたくない。
緑綬とはあれからゆっくりとお話は出来ていません。
いつものように何度も機会はあったのですが、私が避けていました。
なるべく話さないように、顔を合わせないように…
ゆっくりと時間をとってしまったら…
ふたりっきりになってしまったら…
あの日の話の続きを聞かなればいけなくなる。
いつかは、聞かなければいけないのですが、今はとても聞く気になれなくて。
聞いてしまったら受け入れなくてはいけなくなる、でも受け入れられる自信がないのです。
外の世界に出れば、今の状況がなにか変わるかもしれない。
そんな希望を持たずにはいられないのです。
玉座の間へ続く階段の前。
結奏はここでお留守です。
「姫様頑張って下さいね。お気持ちを素直に陛下に伝えれば、きっとわかって下さいます!」
私の手を握り、優しく声をかけてくれる結奏。
「ありがとう結奏。行ってまいりますね」
私は一歩一歩階段を上る。
靴にふわりと絡む絨毯の感触。
この先に、お父様がいる。
まずは忙しい合間を縫ってお時間を作って頂いたことにお礼を言わなくては!
それから城下町で気になっているアロマティーの話をして。
それから外に出たい気持ちを伝えて。
それから…
何度も頭の中でシュミレーションしたことをまた頭の中で繰り返す。
お父様は本当に忙しい方なので、親子と言えどもなかなかゆっくりお話をしたりお食事をする機会は少ない。
お母様にお会いする時に比べればまだ心持ちは軽いですが、それでもやはり緊張しますね。
ドアの前に着く。
門番の方が扉に手をかけるのを確認し、私は真っ直ぐと前に向かって礼をする。
スカートの裾を軽く広げながら持ち、視線は下に。
両扉が開いていく。
開き切ったところで、ゆっくりと顔を上げる。
部屋に入っても続く、長い絨毯の道。
私はゆっくりと玉座の方へ向かう。
こちらに視線を送ったあとも、忙しそうに書類を確認しているお父様。
ようやく声が届くところまでたどり着く。
「お父様」
「座りなさい琴子」
用意された椅子に腰掛ける。
玉座の間は何度来ても緊張します。
書類を確認している手をキリの良いところで止め、お父様が私に向き直る。
「待たせてすまなかったな。話を聞こう」
「お忙しい中お時間を作って頂き感謝致します、お父様」
まずはしっかりとお礼。
それからまずはアロマティーのことを話す。
「ふむ…」
お父様は顎に手をやりながら、なにか思案している様子で私の話を聞いています。
そして緑綬と結奏と、城下町へ出かけたいことを伝える。
「小さなことでも、お母様が目を覚ます手がかりが見つかるかも知れません」
「ふむ。」
お父様は少し間を置いて、私の目を真っ直ぐと見て答える。
「それでは外に出る許可を出すことは出来んな」
「えっ」
私は言葉を失う。
ほんの数日前。
「外に、出たいか、琴子」
蓮の間で、お母様が眠りについた日の話をした後に、お父様が私にかけてくれた言葉。
何度も何度も頭の中で繰り返した言葉。
私は、外に出たいと言えばお許しを頂けるようになったのだと思い込んでいたのですが…
以前のお父様のお言葉と、はっきりと断られてしまったという事実。
予想外の出来事に困惑して、頭が真っ白になりました。




