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桜碧物語  作者: 碧桜依
桃桜殿
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冷たい風


随分と陽が傾いてきました。

式典前は大騒ぎだった城内も、すっかり日常に近い雰囲気。

安心するような、少し寂しいような。


しばらくして緑綬が部屋へ来ました。

いつもと変わらない緑綬。


私と結奏は先程までの話を緑綬に伝える。

お母様が眠りについた日のこと、

お父様に外に出たいかと聞かれたこと、

結奏が城下町で聞いたよく眠れるという飲み物らしきもののこと。


緑綬は話を聞き終わると、結奏と同じように何か考え込んでいるようです。

先程までより少し冷たくなった風が部屋を横切る。

私のおくれ毛が揺れて、緑綬の前髪が揺れた。


「緑綬様は例の飲み物らしきものの話を聞いたことはありませんか?」

結奏が尋ねると、緑綬は切れ長の目を伏し目がちにしてますます考え込む。


「正直に申し上げると…」

ごくり。

緑綬の一言に私も結奏も思わず前のめりになる。

「聞いたことがあるような、ないような、という曖昧な返事になってしまいます」

「えっ?」

緑綬にしては珍しく曖昧ですっきりしない返事。

「えーっと…どういうことなのでしょう…?」

結奏が困った顔をして尋ねる。


その後の緑綬の話によると、城下町ではハーブティーとはまた違った、アロマティーというものが流行っているそうです。

リラックス効果や美容効果、集中力が上がる効果など、様々な効果のアロマの精油を、いつものハーブティーにほんの少し垂らして飲むというもの。

香りが豊かになり、より上品な味わいになるそうです。

私はハーブティーでも充分に良い香りだと思うのですが…

今度結奏にお願いして試してみようかな。


「ですので、その男性がこれを飲むとよく眠れると言っていた飲み物も、きっと睡眠効果のあるアロマの精油を垂らしたハーブティーなのではないかと」

「なるほど。お薬ではないかもしれませんね」

「もしかしたらハーブティー自体に睡眠効果のあるハーブが使われているという可能性はありますが、薬という分類になっていなければ、解毒剤などはないかと思われます」

うーん、効果抜群のお薬だったら、解毒剤に期待出来るかと思ったのですが…

そんな簡単に解決策は見つからないですよね。


「ですが、全ては憶測に過ぎませんので、名医の方々に聞くのが一番かと思われます」

緑綬の言葉に、結奏が悩める表情から明るさを取り戻す。

「そうですね!ではさっそく聞いてまいります!!」

ぺこりとお辞儀をして走っていく結奏。

いつものことですが、お医者様の予定も聞かずに走っていってしまいました。


「結奏様は相変わらずですね」

緑綬は結奏が出ていった扉を見ながら苦笑する。

私も思わず笑ってしまう。

私は思い立ったらすぐ行動が出来る明るく元気な結奏に少し憧れます。


ふと緑綬と目が合う。

冷たい風がふたりの間を通り抜ける。

今、私は緑綬とふたりきり。

この部屋には私と緑綬しかいない…

そう気付いたら。

なぜか鼓動が早くなる。

風の音がよく耳に響く。

どうしてでしょう。

緑綬とふたりきりになることはよくあることなのに。

なぜか今日は特別な時間のように感じられます。


「姫様」

目を合わせたまま緑綬が私を呼ぶ。

胸が高鳴る。

「今日、式典の前に私が言ったことを覚えていらっしゃいますか?」


もちろん覚えている。

今日一日ずっと、何度も何度も思い出した。

もしかしたら…なんて少し期待しながら…

「式典のあとに話があると言っていましたね」

「はい」

静かな沈黙。

聞こえるのは、風が木の葉を揺らす音だけ。


「実は、この度妻を迎えることとなりました」


え…?


何を、言っているのでしょうか?

妻…

妻を迎える…

それって…?


「突然の報告となり申し訳ございません。しかしながら今後も城にお仕えして、姫様の護衛役を務めさせていただくことには変わりありませんのでご安心ください」

そのあとの緑綬の言葉は、聞いているのですが。

聞いているはずなのに頭に入ってこない。

妻を、迎える…

もうわかっている。頭ではわかっているのに、聞かずにはいられない。


「結婚なさる、ということですか…?」


改めて緑綬の目を見つめて問いかける。

緑綬はまっすぐに私の目を見てはっきりと答える。

「はい」


先程までの風はやんで。

静かに小さく揺れる木の葉の音だけが耳に響く。


お相手はどんな方なのでしょうか?

いつ出会ったのですか?

どのようにしてお付き合いをすることになったのですか?


聞きたいことはたくさんあるのに、頭の中を巡り続けるだけで、言葉にならない。


結婚。

緑綬が、結婚する…

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