其の肆
「家は南天神社だろう?」
「はい。ですが、何故、送って下さるのですか?」
昇降口で上履きから革靴に履き替えたところで、彼が私の実家の場所を問いかけて来る。昨日にその神社へ向かう石段の前で佇んでいたのだから知っているのは当然と思っていたが、それが何故なのか、そして何故私を送ろうと思ったのかという事の疑問は残った。
再び、ストーカーという文字が頭の中に浮かぶが、それを否定する事にして、彼へと問いかける。ここまでのやり取りで、彼の人柄の一端を見た気がしており、素直に問いかけた方が良い結果を生みそうな気がしていた。
そんな私の予想は的を射ており、校門を出て、南天神社の方角へ歩み始めた頃に彼が静かに語り始める。その内容に、私の背筋が凍りつく事になるのだが、それはもう少し後で語ろう。
「気付いていないかもしれないが、今の神山って、何か黒い物に纏わり付かれてるんだよな」
「え?」
一瞬何を言われたのか理解出来ない。いや、正確には時間が経過してもその内容を理解する事は出来なかった。
『黒い物』という物が何であるのかも解らないし、彼の言葉を聞いて自分の身体を見渡すが、そのような物が身体に付着しているようにも見えない。この学校の制服は、一般的なセーラー服と呼ばれる物であり、都会的なデザイナーがデザインしたような物ではない為、そのセーラー服が黒っぽいと言われれば、濃紺であるが故に頷くしかないだろう。だが、彼はそう言う事を言っている訳ではなかった。
見るからに『?』が頭の上で踊っているような表情をしていた筈だ。実際に私自身で見る事が出来る訳ではなかったが、絶対にそういう顔をしていたと思う。本当に彼の言っている事の全てが理解出来なかった。
「黒い物……ですか?」
「あ、いや、何でもない」
敢えて問いかけてみれば、彼はあからさまに顔を歪める。自身の失態に今初めて気づいたように眉を寄せ、誤魔化すように言葉を濁した。
そんな彼の姿に、先程まで私を襲っていた混乱という波は引き、それよりも以前に感じていた憤りの波が再び寄せて来る。ここまで来て、まだ『何でもない』などと口にする彼に湧き上がった怒りは抑えようがなかった。
足を緩めず、こちらを見ようともしない彼の前に回り込み、その行く手を強引に遮る。驚いたような表情を浮かべる彼の顔を睨みつけ、少し背伸びするように彼の目を覗き込んで内から沸き上がる怒りをそのまま口にした。
「『気を付けろ』という言葉だけでは、何に気を付ければ良いのか解る訳がないわ! 黒い物というのを今更『何でもない』と言われて、『ああ、そうなのですね』なんて言える訳がないでしょう!」
この二、三日で味わった不可思議な現象に感じていたストレスが爆発してしまった私は、半分以上が八つ当たりである事を理解しながらも、丑門君という男子生徒へぶつけてしまう。私の彼に対する怒りは正当な物であるという自信はあるが、今吐き出している物が全て彼に対しての怒りであるかと問われれば、自信を持って肯定する事が出来ない物であった。
しかし、そんな私の心情を余所に、私に怒鳴られた彼は、最初こそ驚きで目を丸くしていたが、私が最後の言葉を吐き出す頃には、何故だか清々しい程の笑みを浮かべる。怒鳴られて笑うなど、やはりこの人は変態なのかという私の疑問を切り捨てるように、彼は小さな笑い声を上げた。
「やっぱり、それが素なんだな。流石は人一人を吹き飛ばす張り手使いなだけはある」
「ぐっ」
この高校に入ってから、猫を被っていたか否かと問われれば、私は確かに猫を被っていたのだろう。本来の性格を押し隠し、他人との距離を取る為に行って来た事だが、自分を偽っていると言われれば、その通りなのだと思う。
だが、断じて、私が被っていた猫の下は虎ではない。獅子でもなければ豹でもない。猫の下は小鹿のような物である。それにも拘わらず、この男は笑うのだ。やはり許す事の出来ない者であろう。
「まぁ、そっちの方が良いとは言えないけど、良いんじゃないか?」
「……黄泉路を辿れ」
くすくすと笑い声を立てながらからかうように口を開く彼に、私は保健室の前で聞こえて来た呪詛をそのまま放つ。正確には異なる文言だったかもしれないが、今の私としては心底そう感じている為、誰かがこの男子生徒を地獄の門まで連れてってくれる事を願った。
不吉な呪詛を口にする私に彼の笑い声は大きくなり、それに比例して私の怒りと呪いは強くなる。いつか必ず、その報いを受けさせてやろうと心に誓い、それを実行する為の緻密な計画を組み立てながら、私は話題を変える事しか出来なかった。
「まず、丑門君が言っていた『気を付けろ』というのは、何に対してなの!?」
「……いや、ああ。信じるか信じないかは自由だけど、あの黒い物に纏わり付かれた人には、何らかの厄災が降りかかっていたからな。事故にあったりとか、怪我をしたりとか、まぁ、死ぬような事はなかったけど……」
しかし、私の予想の斜め上を行く彼の回答に絶句する事になる。そのオカルト的な出来事を真剣に話す彼に対する疑惑を持つよりも、今日、私に起こった出来事へと思考は辿り着き、勝手に決着が着いてしまう。霊的な物を見た事はなくとも、そういう物がないとは思っていない私にとって、信憑性のある事のように感じたのだ。
もし、その黒い物というのが、私に取り付いた霊的な何かだとすれば、あの緑園のベンチで見た裸婦の姿も、保健室前で見た姿も、そしてあの時に聞こえて来た不吉な言葉も全て辻褄が合ってしまう。ただ、彼が言う黒い影がどのような物か解らないが、これまで見て来た黒い物が取り付いた人間は死ぬような事はなかったのに比べ、今日の私は、最悪『死』という結末に辿り着いていた可能性があった。
そしてあの言葉にあった『黄泉路』とは、黄泉の国へと続く路である。日本神話にある『黄泉』とは地下にある泉が転じて、地下にある死者の国という意味であり、そこへ続く道が『黄泉路』であり、そして余談ではあるが、その出入り口が『黄泉比良坂』と云われていた。
つまり、あの言葉が空耳ではないとすれば、私は確実に『死者の国』へ誘われていたという事になる。それを理解した瞬間、私の背筋に冷たい汗が流れ落ちた。
「そ、それで……」
「ああ、恐がらせるつもりはないけど、今もまだその黒い物が付いて来てるからな……。アレが何なのかが解らない以上、どうする事も出来ない事は知っているが、神山の実家が神社ならば、何らかの解決方法でもあるのかと思ってさ」
言っている事は理解出来る。確かに私の実家というか、祖父母の家は由緒正しき神社であり、祖父は神主と呼ばれる存在であろう。そして、私はその血筋を受け継ぐ人間であるし、血族に受け継がれて来た役割を考えれば、唯一の後継者となる筈だ。
だが、私が特別な力を持っている訳ではない。霊を見た事もないし、霊を感じた事もない。正直に言えば、祖父にもそのような力はないと思う。どちらかと言えば、血を受け継いでいない祖母の方が、特別な力を有しているような気さえするのだ。あの祖母が、『実はお祖母ちゃんは幽霊が見えるのよ』と言えば、私は何の疑問を持つ事もなく、『ああ、そうだったんだ』と無条件に信じる事だろう。
つまり、私は彼が感じている黒い物が見えもしないし、それを感じる事も出来ない。故に、それを打ち払う力もなく、解決する方法など皆目見当もつかないのだ。
「その様子だと、無理そうだな。南天神社みたいな由緒正しい神社の中であれば、あの黒い物も入れそうにないだろうから、一番良いのは、神社から出ない事だろうけど……」
「流石にそれは……」
今思い返せば、昨日、神社の階段を上がっている最中に襲い掛かって来た苦痛は、最後の階段を上り切り、大きな鳥居を潜って神社の敷地に入った瞬間に消え去っている。あの時は、祖母に話し掛けられたからだとは思っていたが、もしかすると、神聖な神社の境内へ入った事によって、その神気が払ってくれたのかもしれない。
そう考えると、彼の言うように、神社の外へ出ない事が最善なのだろうが、流石にそうも言っていられないだろう。転校したばかりの学校を長期で休む訳にも行かないし、登校拒否のような事になれば、祖父母に心配を掛けてしまう。何より、その黒い物の原因も正体も解らない以上、その脅威が何時まで続くか解らないのだ。そのような曖昧な状況で逃げ込めば、本当に永遠のニートになってしまうだろう。
「まぁ、無理だよな。でも、あの黒い物の対抗策なんて、知らないしな……」
「そもそも、その黒い物が何なのかさえも解らないわ」
まず第一に、『黒い物』というのを認識しているのは彼しかいないという事。何故かと疑問に思う程、私はその事を信用しているが、通常の人間であれば、彼が口にしている事を奇怪に感じるだろう。具体的でもなければ、視認も出来ない物を鵜呑みに信じる者など、この世には存在しない筈である。
仮に『黒い物』という物が存在したとしても、それに纏わり付かれた者に降りかかる災いというのは、因果関係が証明出来ない。偶然とも言えるだろうし、運が悪かったと切り捨てる事も出来る。死者が出ていないという事もそんな考えを後押しする筈だ。
だが、偶然も積み重なれば必然となる。彼が言う『黒い物』を肯定して考えた場合、それに纏わり付かれた者の不幸という物を実体験した私からすれば、否定する事の方が難しいのだ。
他人との係わり合いを嫌い、他人を信用していない私である為、この時、彼が私に交際を迫って来たり、何かを売り付けようとしたり、何処かを紹介されたりすれば、即座にこれまでの話し全てを疑ったのだが、困り果てたように腕を組む彼を見ていると、そんな疑いを持つ事の方が馬鹿らしく思えていた。
「神社で売っている『御守』とかは効果ないのか? お祖父さんが神主なら、御祓いとかして貰えば何とかなるんじゃないのか?」
そして、何かを思いついたように振り向いた彼の目は真剣そのものであり、そんな真剣な表情で口にする言葉に私は思わず微笑んでしまう。
彼が親身になって私の身を案じてくれている事が解るほどの真剣な目を見たからなのか、彼が本来持っている優しさが滲み出し、場の空気を和らげたからなのかは解らないが、先程まで私の身体を雁字搦めに拘束していた恐怖や緊張は、糸を解くように霧散して行った。
「ふふふ。神主の孫が言って良い物ではないかもしれませんが、現代の御守にそこまでのご利益はないですよ。言葉は悪いですが、『気の持ちよう』です。ただ、本当にご利益がある時もあります。それは心から信じた方への神様からのご褒美なのかも知れません」
「……そうなのか? だが、御祓いはするべきじゃないか? 黒い物が何なのか解らないが、良くない物である事だけは確かだろう?」
現代、神社などで販売している『御守』の効力というのは定かではない。昔から、御守の中身は見てはいけないと云われてはいるが、本来その中身は、様々である。日本では御神木の一部や、神社で祈祷した紙などが多いだろう。その袋を人間が手縫いし、送る相手の安全や幸福を祈るという事もあり、御守とは、想いの結晶だとも云われている。
願う想い、信じる想いが御守に力を与えるのかもしれないし、そのような殊勝な者達に神様が力を少し分けて下さるのかもしれないが、明確な効果は不明と考えた方が良いだろう。具体的な解決策にはならないのだ。
「御祓いとは、本来、神様を御迎えする場所を清めるという意味を持つ行いです。新居の御祓いなども、そこにある穢れを払い、新たに神様を御迎えする為の物です。『清める』という意味では、一度私も身を清めて貰った方が良いかもしれませんが、解決策にはならないでしょうね」
「……随分、詳しいな。流石は神社の娘と言ったところか」
御祓いも同様である。人間という低位の存在が、遥か雲の上の神を向かえる為にその場の穢れを祓い、清める儀式を指す。
神社で参拝する時に唱えると云われている、『祓い給え、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え』という言葉にある『祓い給え』も、不浄や悪しき物のような穢れを祓うのではなく、気力や活力を失った状態である『気枯れ』を祓うという説もあるのだ。
『八百万神』という考えが古くからある日本では、世界中にある神話に登場する神々と引けを取らない数の神が存在する。神社によってどの神様を祀っているのかという事は異なるが、それでも、この『祓い』という儀式が持つ意味だけは変わらないだろう。
「しかし、何時の間にか、神山の口調も戻っちゃったな」
「むっ……。そういう丑門君こそ、良くしゃべるのですね。あの教室で仏頂面して孤立している人とは思えませんよ」
感心したように、『へぇ』と口にしていた彼であったが、再び口元を緩め、からかうように私を揶揄する。しかし、流石に心の余裕を取り戻した私に対して売る喧嘩としては稚拙であった。
今では何処か自然に私も彼と話してはいるが、目の前にいる男子生徒が、教室内で一言も口を開く事なく、忌避されるように孤立している人間とは思えない。それ程に落差のある姿であり、転校してきたばかりの私でなければこのように話をする事は出来ないだろう。
先程から表情を変化させながら話している彼の姿をもしクラスメイト達が見れば、驚愕するだろうか。それとも、恐怖によって更なる孤立を生むだろうか。
そんな思いを持ちながら、私は彼をからかった。
「……話し掛けられなければ、話す事もないさ」
「え?」
しかし、そんな私の小さな悪戯心は、予想の遥か斜め上の答えを生み出す事になる。そして、彼が何故このような事を口にしたのかが私には理解出来ず、戸惑いの声を上げてしまった。
少し前までの何処か楽しそうな表情は消え、無表情というには余りにも寂しい空気を纏いながら口を開いた彼の姿は、私の心の何処かにある何かを刺激する。そしてそれと同時に湧き上がった疑問は、表情という私の外面に出てしまった。
それを見た彼が苦々しく表情を歪めながら、言い辛そうに口篭る。私の胸に湧き上がった疑問を口にしようかと考えたその時、彼の方が一息早く口を開いた。
「先に話し掛けて来たのは、神山だからな」
「え? 最初は丑門君が……」
反射的に彼の言葉を否定しようとした時、私はある事を思い出す。それは、転校二日目の朝の事。誰も居ないと思いながら教室の扉を開け、そこに広がる闇に息を飲んだあの時である。
確かにあの時、そこにある大きな闇に怯え、竦みながらも、教室を支配する闇の中で平然と座っていた彼に向かって、私は挨拶をした。だが、それは僅か一言。話した事もない隣人に向けても行う『おはよう』という朝の挨拶である。
彼に話し掛けた事など、転校から数日しか経過していない私にとって、それ以外に考えられない。いや、正確に言えば、そんな朝の挨拶など『話し掛けた』という行動には本来は値しないだろう。だが、彼にとっては、そんな何気ない挨拶がとても重要な行動だったのだ。
それに気付いた私は、何故か泣けて来た。どんな生活をすれば、そのような考えに辿り着くのか。どんな感情を持てばそのような歪んだ結論に辿り着くのかが私には解らない。
他人を拒絶する私とは異なり、他人から拒絶されても尚、他人との小さな繋がりを大事にしようとする彼の行動に、私の感情は揺さぶられたのだ。
「な、何で泣くんだよ! え、え? 俺が悪いのか?」
無意識に流れる涙を止める事は至難である。それでも、そんな私の姿に慌てふためく彼の姿が、教室にいる時とは全く異なるというその落差に笑ってしまった。
泣きながら笑うという奇妙な行動をする私に、彼の困惑は最高潮に達して行く。そんな彼の姿が可笑しく、私の笑い声も少し大きくなって行った。生まれてこの方、これ程に私の感情を動かす人間に祖父母以外に出会ったのは初めてである。両親の離婚というありきたりな不幸から始まった私の転機は、そんな出会いという奇妙な物を運んでくれた。
「ちっ」
しかし、先程までの緊張が嘘のような和やかなやり取りは、突如として表情を変え、大きな舌打ちを鳴らした彼によって遮られる。私が泣き出してしまった事で立ち止まった彼は、歩いて来た道を振り返り、険しい表情を浮かべていた。
目元を拭い、そちらへ目を向けると、そこには数人の男性が近寄って来るのが見える。そして、その何人かは、私にも見覚えのある者であった。
それは、数日前に駅前で遭遇した軽薄そうな雄達であり、私が通っている高校とは異なるブレザーの制服を身に纏い、相も変わらず色を抜いた髪の毛をした男子生徒である。そんな二人の男子生徒と、それと同じ制服を着用した更に二人の男子生徒。合計四人の軽薄そうな男子生徒が私達へと迫っていた。
「流石にここまでするか? 神山、少し後ろに下がってろ」
近寄って来る四人の他校生を見た彼も、その後ろで糸を引いている人物に当たりがついているのだろう。不愉快そうに顔を歪め、そして左手を払うような仕草をして私を後ろへと下がらせた。
会って間もない人間に自分を護らせるという事に罪悪感を感じてしまうが、流石に四人の男子生徒と争うような力は私にはなく、むしろ足手纏いになる可能性を考え、後方へと下がるしかなかった。
既に太陽も傾き始め、空が赤焼けに染まり始めた通学路。ここに来て、私は初めてこの場所の異常性に気付く。ここまでの帰り道で、私達二人は周囲を気にする事なく、話を続けていたのだ。誰に会う事もなくである。
確かに南天神社と呼ばれる神社は町の外れにあり、駅や商店街などからは離れている。それでも閑静な住宅街は近くにあり、下校の最中には買い物帰りの主婦や、同じように下校する学生などもいるのだ。それにも拘らず、ここまでの道程で誰にも会わなかったという奇妙な現実に今まで気付きもしなかった事に私は驚いた。
「どんな事を言い含められたのか知らないけど、これは犯罪だぞ?」
私達の、いや、彼の前で立ち止まった四人の男子生徒に向かって彼が口を開くが、それに対しての反応は薄い。むしろこちらの声が聞こえていないのではないかと思う程に、彼等の反応は皆無に等しかった。
何かに操られているような虚ろな目をしている訳ではない。目の焦点は私達に向かっているし、その目にもしっかりとした光が宿っている。それでも私達とは別世界で生きているかのように目を血走らせ、何かに焦っているかのように頻りに身体を揺らしていた。
昔の言葉を借りるならば、それは『鬼気迫った』姿であったのだ。
「話をするつもりもないのか……。流石に、この場にいる以上、俺が相手になるよ」
一度溜息を吐き出し、丑門君が首を鳴らす。彼等四人の目的が私であれば、彼にとっては迷惑この上ない巻き込まれであろう。それでも、この場で私を護るために四人もの男子生徒を相手に立ち向かおうとする彼の背中に、私は王子様を見た。
しかし、相手は四人。男の子同士の喧嘩など、小学校低学年の頃にしか見た事のない私にとって、多勢に無勢となるこの状況が決して良い物ではないと考えてしまう。しかも、相手の四人も見るからに『不良』と呼べる姿形である。先日握られた私の腕に走った痛みを考えれば、力もそれなりにあるのだろう。喧嘩という場数もそれなりに踏んでいるのかもしれない。
不安に思いながらも、この場で何も出来ない私自身に嫌気が差す。本来であれば、誰か助けを呼ばなければならないのだろうが、この時の私にはその考えに辿り着く余裕はなく、遭遇した危機に足を震わせる事しか出来なかった。