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日本書鬼  作者: 久慈川 京
第一章 鬼気迫る
4/35

其の参



 『甘かった』

 つい昨日、教室の扉を開けた瞬間に、思った言葉を私は再度頭の中で叫んでしまう。それ程に、この教室内の雰囲気は昨日とは一変していた。

 いや、昨日から良い方向に変わっていたという訳ではない。むしろ、昨日よりも更に悪化していたと言った方が正しいだろう。『まぁ、どうにかなるだろう』などと考えていた私でさえも、この教室に入った瞬間に感じた負の感情の大きさに息を飲んでしまった。

 負の感情の掃き溜めと言っても差し支えない程に、この教室の空気は淀んでいる。決して良い方向ではなかったが、噂という喧騒があった昨日の方が良かったとさえ感じられる物であったのだ。


「元々、八瀬さん自体が余り好かれていなかったから」


「え?」


 教室の雰囲気に飲み込まれそうになりながらも自分の席に着いて訝しげに周囲を見ていると、突如横から声を掛けられる。既に、私の席の周囲は転校初日と変わらぬ配置に戻っており、そんな私の席に右側に立った女生徒は、初日に下校に誘って来た彼女であった。

 昨日、私が平手打ちをした女性徒の名は『八瀬(やせ)紅葉(もみじ)』というらしい。髪の毛を茶色く脱色し、化粧も施しながら学校に通い、勉強そっち退けで遊びに精を出していた彼女は、今は、昨日の私のように離れ小島となった席に座っていた。

 彼女の席は、廊下側の中央にあるのだが、その前後と左側の席がやはり、その席を忌避するように離れて設置されている。それは、そこに私は関わっていないという証明を皆に示しているようにさえ見えた。


「誰も何も言えなかったから、昨日の件ですっきりした人も居たんだと思うわ」


 聞いてもいないのに、八瀬さんの昨日からの流れを話してくれたその女生徒は、私に笑みを向けて去って行く。はてさて、そういう彼女の名前こそ、何と言っただろうか。そんな疑問を私は密かに抱いていた。

 昨日、私が出て行った後、この教室では密かな戦争があったらしい。元々、その格好や言動に反しない強引な態度を取っていた八瀬という女生徒は、クラスメイトの中でも余りすかれていなかったようだ。そんな彼女がいつのように強引で高圧的に『いじめ』の対象を選定した事で、『またか』という想いがクラスメイトの中でも湧いて来る。だが、その対象は『いじめられる』という事を許容せず、逆に強烈な張り手で八瀬諸共、そんな空気を吹き飛ばしてしまった。

 『いい気味だ』と思った人間は、一人や二人ではなかったという事なのだろう。そして、このクラスだけでなく、毎年毎年、八瀬という女生徒は誰かを対象にそういった『いじめ』を行っていたようだ。クラスメイト達は、その選定が自分でなかった事に『ほっ』としながらも、そんな憂鬱な相手がやり込められた事で、ここぞとばかりにそんな彼女を逆に対象にしてしまったという事であった。


「!!」


 呆れながらも、何気なく私は八瀬紅葉が座る席へと視線を送って、文字通り息を飲んだ。突如として私に襲い掛かる重圧による圧迫。それは昨日、神社へ続く階段を上っていた時に感じた、あの恐ろしい程の力であった。

 呼吸さも儘ならず、徐々に視界が黒く閉ざされて行く。過呼吸のように細かく息を吸い込んでも肺に入って来るのは僅かな酸素。暗転して行く世界が涙で滲んで行く中、私を睨み付ける八瀬紅葉の瞳だけが見えていた。

 憎しみ、悲しみ、恐れ。その全てを内包し、何よりも大きな呪詛を含んだその瞳に吸い込まれて行くような感覚にさえ陥る。意識を保っている事さえも難しくなり、一気に奈落へと落ちて行く為の淵へと足を掛けた時、その全てを打ち破る音が教室に鳴り響いた。


「……丑門」


 クラスメイト全員の息を飲む音が聞こえ、誰かが呟いたその名で、この教室に何が起きたのかを悟る。胸を押さえ、荒く息を整えながら視線を動かすと、トイレに行った帰りなのか、教室の雰囲気さえも気にしない男子生徒が私の方へ向かって歩いて来ていた。

 『そういえば』と私は思う。この学校で慢性的に行われていた『いじめ』に対して、多かれ少なかれ嫌気が差していたと言うクラスメイト達も、彼の事だけには触れようとしなかった。彼に対する徹底的な存在無視は、『いじめ』という括りではないのか、それともこれは学校だけではなく、この町全体が行う『いじめ』だとでも言うのだろうか。

 私の疑問は頭の中を駆け巡るが、当の本人である彼は、何も気にする事なく、私の左隣にある自分の席へと向かって歩いて来ている。そんな彼を避けるように、クラスメイト達は各々の席へと戻って行き、必然的に離れ小島となった彼の席とその近くにある私の席だけが浮いて行った。


「だから、気を付けろと言ったのに」


「は?」


 だが、そんな彼が私の席の後ろを通り過ぎる時に呟いた言葉に、私は反射的に声を出してしまう。想像以上に大きかった私の声にクラスメイトの目が一斉にこちらへ向き、それを繕う為に、私は何かを探すようにカバンの中を漁る事しか出来なかった。

 苛立つ事に、この頃の彼は無関心に通り過ぎ、自分の席へとさっさと座ってしまう。視線の集中砲火を一身に浴びた私は、そのままカバンの中から教科書や筆記用具を取り出し、机の中へと移動させながら、無遠慮な視線をやり過ごした。




 一限目、二限目と授業は進んで行ったが、教室の空気は一向に変わる事はない。最初のホームルームで現れた担任の女性教員は、昨日と同じように離れ小島となった席に気付きながらも見て見ぬ振りを貫き、それは代わる代わるに訪れる全ての教員にも当て嵌まる行いであった。

 この学校が異常なのか、それともこの町が異常なのか、もしかすると、既にこの国の教育機関全てが異常なのかもしれない。そう思わざるを得ない程に、教室の空気は澱み、瘴気のような空気を醸し出していた。


「くぅ……」


 しかも、授業と授業の間にある休み時間に入ると、決まって私はあの圧迫感に襲われる。胸を締め付けるような圧迫感に、視界が狭まって行く恐怖。呼吸さえままならない程の苦しみの先には、必ずあの瞳が見えていた。

 『八瀬紅葉』という女生徒が放つ呪詛の瞳。怒りと憎しみの炎が宿り、既にそれは呪いにまで達しているのではないかと思える程の暗い瞳なのだ。その瞳は、狭まって行く私の視界の中にも容赦なく入り込み、更に私の胸を締め付けて行く。


「ふぅ」


 しかし、私の視界が暗転しそうになる時には、必ず左隣の席に座る男子生徒が立ち上がり、トイレに行くかのように私の後ろを通り過ぎて廊下へ出て行った。

 彼が私の後ろを通り過ぎると、先程までの圧迫感も恐怖も嘘のように霧散して行く。まるでそれが私の自意識過剰が生み出した幻想かのように消えて行くのだ。困難になっていた呼吸を荒く繰り返しながらも、肺一杯に酸素を取り込み、私が落ち着きを取り戻すという事を繰り返していた。

 四限目の終了を告げるチャイムが鳴り、皆が昼食を取る為にそれぞれ動き出す頃には、何度も襲って来るその感覚に、私は疲労困憊の状況にまで陥っていたのだった。


「神山さんは、お弁当を食べないの?」


「え? いえ、少し外の空気を吸って来ます」


 一向に弁当箱を出そうとせずに、荒く呼吸を繰り返す私を訝しげに見ていた周囲の女生徒が声を掛けて来る。その言葉が心配から来ている訳ではない事は、その女生徒の声色と、周囲にいる女生徒達の表情が物語っていた。

 昨日、派手にお弁当を破壊された私を哀れんでいるようであり、またそれを恐れているのかもしれないと考えて嘲笑っているようにも見える。被害妄想の成せる考えだと思うかもしれないが、周囲から集まる別の視線達と、『くすくす』という笑い声が何よりの証拠だと私は思っていた。

 この教室の空気が異常なのだろう。全てのクラスメイトがそのような考えを持っていないという事は流石の私でも解る。だが、それでもこのクラス全体が何かに操られているようにも感じていた。

 心から外の空気が吸いたいと思った。一刻も早くこの場所から離れたいと思った。

 女生徒の問いに早口で答えた私は、カバンの中から祖母の作ってくれたお弁当箱を取り出し、逃げるように教室から出る事となる。


「……神山さんも神山さんだからね」


 そんな声が私の背に掛かって来るが、今の私にはそのような些事に構っている余裕は無かった。それ程、私の心はあの教室を忌避していたし、本能があの場所に居てはいけないと訴え掛けていたのだ。

 子供の頃から私にはそういう部分があった。神社の神主の孫という立場にありながらも、霊感など欠片もなく、霊験あらたかな力もない。だが、何か不意に勘が告げるというか、本能が叫び声を上げる時があるのだ。

 道を歩いている時も、本当は右に曲がらなければならないのだが、どうしてもそこを曲がりたくはなく、結局遠回りになっても左へ曲がってしまったり、何もない場所なのに、どうしてもそこに居たくないと思ってしまい、誰が何を言ってもそこから離れてしまったりといった事。そこでそのまま右に曲がったり、その場所に居続けたりした事がない為、それをした際には何かが起こっていたなどという逸話はないのだが、それでも私はこの勘のような本能を心から信じていた。


「……本当に、もうこの学校自体が嫌だなぁ」


 正直、今、このような立場に自分がいるのは自業自得という部分もあるだろう。その程度は解っている。だが、それでも、私が悪い割合は半分にも達していない筈だ。あのような憎しみに満ちた瞳を向けられるのは、筋違いだと思う。

 転校という事を嫌に思った事はないし、祖父母と暮らせる事に喜びはあっても不満などない。それでも、この学校に通う事が心底嫌になりかけていた。

 この学校には、校舎と校庭の間に小さな緑園のような場所がある。高校という場所には珍しい場所ではあるが、私立学校としては設備の一環としての宣伝も兼ねているのだろう。手入れの行き届いた緑園には、綺麗にペンキが塗られたベンチが幾つも設置されており、昼休みなどはこの場所で昼寝をする生徒なども少なからず存在していた。

 私はそのベンチの一つに腰掛け、慎重にお弁当箱の蓋を開ける。あのような事があったにも拘わらず、祖母の作ってくれたお弁当は凝った物であった。それまで暗く沈んでいた気持ちを華やかにしてくれるような彩りに満ち、冷めているにも拘わらず、匂いまで漂って来るような温かさに満ちていた。


「ただただ平穏に過ごしたいだけなのに……。あの時、大人しくお弁当を拾い上げてれば良かったのかな」


 箸箱から箸を取り出し、卵焼きを一つ口に運ぶ。余りの美味しさに頬を緩めながらも、もう一度溜息を吐き出した。

 どうでも良い事だが、私は甘い卵焼きは好きではない。それを知っている祖母は、出汁を卵と共に溶き、長ネギを刻んだ物を混ぜて卵焼きを焼いてくれていた。ほのかに香る出汁の味と、ネギの食感が堪らなく美味しい。そんな美味しいお弁当を食べながら、今吐き出した自分の言葉に首を振った。

 こんなに愛情を込めて、こんなに美味しいお弁当を作ってくれた祖母を馬鹿にするような行為を許せる筈がない。あそこで反撃をしない私など、既に神山性を剥奪されても文句は言えないだろう。そんな私は、最早私ではなく、死んだ人形のような存在となってしまう。それは許される事ではなかった。


「成ってしまった事は仕方がない! 成るようにしか成らないし、それを全て受け入れて尚、突き進もう」


 我ながら馬鹿みたいな考えである事は承知の上であるが、そう考えなければ私としてもやっていられないというのが本音である。クラスメイトや教員に対してだけではなく、既に四日目にしてこの学校自体に嫌気が差しているのだから仕方がないだろう。

 言っておくが、もし、私が『いじめ』の対象となっても、自殺などの結末には至らない。きっと私は、『何故、死ぬほどの苦しみを自分だけが味わうのか?』という疑問になり、『どうせ死ぬならば、それだけの苦しみを与えた者達にも死を』という結論に達するからだ。

 その時の私はきっと『鬼』だろう。所謂、『復讐鬼』と成っている筈だ。その時は祖父母に迷惑を掛けてしまうかもしれない。それだけが心残りであるし、きっと自殺を選んでしまう人達は、そういう残される者達への迷惑を考えてしまう優しい人なのだろう。


「はぁ、一体何を考えているのかしら」


 馬鹿みたいな発想にまで自分の思考が一人歩きし始めた時、私はようやく昼食中である事を思い出す。せっかくの美味しいお弁当の味を味わう事も出来ず、既に半分以上も食べ終えている事に愕然とした。

 その後は、一つ一つのおかずをしっかりと味わい、上に掛けられた鳥のそぼろと共に白米を食べて行く。私も料理を作る事が出来るが、得意ではない。自分で作った物だからなのかもしれないが、決して美味しいとは思わないのだ。故にこそ、その美味しさで他人を笑顔に出来る料理を作る事の出来る人達は尊敬してしまう。それは本当に凄い事だと思うのだ。そして、私もいつか、大事に想う男性が出来た時、その相手に笑顔になってもらえる料理を作りたいと思っている。

 人間嫌いという側面を持つ私ではあるが、そんな何処にでもいるような少し夢見がちな少女なのだ。


「……ご馳走様でした」


 そうこうしている内に、いつの間にか昼休みも半ばを過ぎ、静かだった緑園が騒がしくなり始める。女生徒達がそのほとんどだが、中にはカップルらしい者達も見えた。

 空になったお弁当箱の蓋を閉め、箸を箸箱に入れた私は、作ってくれた祖母に感謝の言葉を発し、大きなハンカチでお弁当箱を包み込む。包み込み終えると、この場所から早々に立ち去る為、ベンチから立ち上がったのだが、立ち上がると同時に前方へ向けた瞳に、何か変な者が映り込んだ。

 変な『物』ではなく、変な『者』である。それは黒く長い髪を垂れ流した痩せ細った女性のような姿。この学び舎という場所にいる女性は教員でない限りは必ず制服を着用しているのだが、それは何も着ていなかった。

 裸である。裸婦である。肉付きが良い訳ではない為、欲情的には見えないが、それでもその女性は素っ裸であるのだ。全体的に影が差している為、その細部まで見える訳ではないが、裸である事だけは解った。

 長い黒い髪は、手入れをされていないのか、油分が少なくバサバサになっており、それが彼女の顔を全て覆い隠していた。

 そこまで眺めて、ようやく、自分が何故、目の前の変な者を凝視し、冷静に分析しているのかという疑問に辿り着く。


「え?」


 そして、それに辿り着いた瞬間、私の両肩を誰かが掴み、後方へと引いて来る。それ程強い力ではない。だが、立ち上がったばかりの私は、その力に抗う事は出来ず、尻餅を突くように再びベンチに腰掛ける事になった。

 立ち上がり、目の前の変な者を見てから私が再びベンチに座らされるまでの時間は、私にとっては十分に長い時間であったが、もしかすると周りから見ればそれは僅か一瞬の出来事だったのかもしれない。立ったと思った人間が、すぐに座り直した程度の時間。それは僅か数秒の出来事であろう。周囲の景色も周囲の音もゆっくりと流れる中、再びベンチに座った私は、何処か呆然としていたと思う。


「は?」


 しかし、当の本人でさえも放心していた時間の中、再び大きな腕が私の襟元に伸び、胸倉を掴んで一気に引いた。その力は、先程肩を引かれた時とは正反対に強い物で、一瞬息が詰まる程に強く掴まれた喉が悲鳴を上げる。それでも、私が再び立ち上がった時、それまで周囲に流れていた緩慢な時間の終わりを告げる激しい音が、私の後方で鳴り響いた。

 全ての時が正常に戻り、周囲の喧騒と、誰かの叫び声が聞こえる。それと共に私の胸倉を掴んでいた手が離れ、私はその手の持ち主と、自分の後ろで起きた惨劇に声を失った。


「神山さん大丈夫!? !! 丑門……」


 緑園に出て来ていたクラスメイトの一人が、その惨状の一部始終を見ていたのか、慌てて駆け寄って来るが、私の目の前に立っていた男子生徒を見て、一瞬で青褪める。その顔色は、私が巻き込まれそうになった事故を見た時よりも悲惨であり、彼女にとっての恐怖が上である事を示していた。

 そんな彼女を無視するように私は後ろの惨状を再度確認する。そこは本当に凄い景色だった。まず、私が座っていたベンチは、私が座っていた部分を中心に粉々に砕け散っていた。そして、ベンチのあった場所には、金属で出来た柵が地面に深々と突き刺さっている。上を見上げれば、教室の窓側にあるベランダのような部分を囲う柵の一つが外れている場所があり、そこは私が所属するクラスの教室であった。

 つまり、老朽化した私のクラスのベランダの柵が、何故かこの時間に、この場所へ運悪く落ちて来たという事なのだろう。そして、彼が私を引き戻さなければ、私はあの柵の直撃を受けて死んだか、あの柵が身体を突き抜けて死んだかの結果になったという事だ。


「神山さん、大丈夫ですか!?」


 遠くから、教員達が叫んでいる声が聞こえる。駆け寄って来る教員達の表情を見れば、そこに浮かんでいるのは焦燥感。確かに、私立学校としてはとんでもない不祥事だろう。老朽化を放置し、生徒を死なせたとなれば、そのような学校に子供を預ける親はいなくなり、授業料の徴収は困難になる。田舎の私立学校であっても、この少子高齢化の時代では死活問題となる程の物だった。

 先程近寄って来ていた女生徒はいつの間にか消えており、私の傍には『丑門』という苗字の男子生徒しかいない。そこで初めて、私はまだ彼に礼を述べていない事を思い出し、慌てて振り向いて頭を下げた。


「また助けて貰いました。本当にありがとうございました」


 私としては、誠心誠意を込めて礼を述べたつもりである。誇張ではなく、今回は彼によって私は命を救われているのだ。私が可能である物であれば、どんなお礼でも差し出そうと思える程の恩であった。

 だが、頭を上げた私は、彼の表情を見て首を傾げる。もしかして、頭を上げるべきではなかったのか、彼の言葉が掛かるまで頭を下げておくべきだったかという想いを持つが、彼は不満顔ではあったが、そのような事で不満を持っているような態度でもなかった。

 どうしたら良いのかと悩む私ではあったが、次に続いた彼の言葉にそんな私の殊勝な気持ちは吹き飛んだ。


「お前、『気を付けろ』っていう言葉の意味知っているのか?」


 一瞬、何を言われたのかが解らなかったが、それを理解して行くにつれ、言いようのない怒りが湧き上がって来る。これは馬鹿にされたのだ。この私が、事、言葉の意味について馬鹿にされているのだ。いや、正確にはそこではないのだが、それでもそんな事は『馬鹿にされた』という事の大きさに霞んで行く。

 この土地に来るまで、全く自覚はなかったのだが、どうやら私は沸点が低いらしい。前に住んでいた土地が、相手に無関心でありながらも争いを避けるように言葉を選んで付き合ってくれていたのかどうかは解らないが、この土地の人間は一言一句に何やら悪意が含まれているようにさえ感じた。

 自覚のない望郷のような思いが私にもあるのだろうか。馴染みの少ない土地に来た私が潜在的にこの土地を忌避しているのだろうか。よく解らない感情に身を委ねながら、私はこの『丑門』という男子生徒に向かって怒鳴りつけてやろうと顔を上げるが、その行動は未然に防がれる事になる。


「君がやったのか!?」


 私達の方へ掛けて来ていた教員の内、体育教員らしいジャージ姿の大柄な男子教員が、若干、声を震わせながらも私の目の前にいる『丑門』へ問いかける。いや、それは最早『問いかけ』という物ではなく、『詰問』と言っても過言ではない物であった。

 この体育教員は、現場の状況も周囲の話も聞くつもりなどなく、全ての元凶とでも言いた気に『丑門』という男子生徒を睨み付けている。それは他の教員達も似たり寄ったりであり、睨みつけはしないながらも、恐怖に近い感情を宿した疑惑の瞳を彼だけに向けていた。


「いえ、彼は私を助けてくれたんです。上からアレが落ちて来た時、私の身体を引いてくれたお陰で、命拾いをしました」


 私を馬鹿にした相手を庇うという行為に眩暈がしそうになるが、ここで全く身に覚えのない罪で彼が糾弾されるのを見ている訳には行かない。それは、『神山深雪』という一人の人間の矜持に関わる。糾弾するならば、私を馬鹿にしたという罪だけであり、それを糾弾出来るのも、馬鹿にされた私一人だからだ。

 そんな私の叫びを聞いても、体育教員の目は緩む事はなく、まるで親の仇かと思う程の視線を彼に向けている。彼も彼で、そんな体育教員の視線を真っ向から受けても怯む事なく、また相手をしない訳でもなく、逆に睨み返していた。

 だが、そんな僅かな時間も、再び訪れた恐怖の時間によって遮られる。それは、私がこの学校に転校して来た初日に味わった恐怖の体現であった。


「!!」


 全てを飲み込むような大きな影。私はそれを隣にいる『丑門』という男子生徒から確かに感じる。その影への恐怖心は、昨日神社へ続く階段で感じた物や、今日教室で感じた物など比べ物にならない物であった。

 息が出来ない。過呼吸のようになりながらも必死で酸素を取り込もうとしていたあの時とは異なり、息を吸う事も吐く事も出来ないのだ。教室で感じたような呪詛など欠片もない。そこにあるのは、圧倒的な存在感と、それに対する恐怖心だけ。誰一人、指一本動かせない状況の中、その影は徐々にその場から離れて行った。

 遠ざかって行く『丑門』という男子生徒の背中と、薄れて行く恐怖心。それが、この圧倒的な恐怖心を生み出しているのが彼である事を物語っている。私がようやく息を吐き出し、大きく酸素を取り込もうと吸い込んだ時でも、まだ教員達は固まっていた。

 未だに私の身体を震わす程の恐怖心は、しっかりと心に刻まれているが、教員達にとっては既に刻まれた恐怖心を煽る物であったのだろう。故に、私よりも再起動が遅いのだ。

 この時はそう考えていた。


「はぁ……はぁ……。神山さんも、気を付けなければ、同じ扱いになるぞ」


 この町の何かは本当に根が深いのかもしれない。一教員が、一生徒に向かってこのような事を発するだろうか。『同じ扱い』という言葉を発した時点で、この教員は学校で起こっている事を全て承知の上で放置している事を暴露したのも同然なのだ。

 だが、その言葉を咎める者は誰一人おらず、むしろ同意を示すように首を縦に振っている。呆れ果てた行動ではあるが、先ほど感じた恐怖心を何度も味わっているとすれば、この状況も仕方がない事なのかもしれない。

 この学校では、基本的に放置という方法を取るのだろう。いざとなれば知らぬ存ぜぬと押し通すつもりであろうし、昨日無断で早退した私に対して、ここまで一切何も言ってこない事がそれを証明していた。

 よくよく考えれば、昨日、あの時間帯に私の家である神社へ続く階段の麓に立っていた『丑門』という男子生徒も早退であろうが、それについて何かを話している様子もない。つまりはそういう事なのだろう。


「破片などが身体の何処かに刺さっているかもしれませんから、保健室へ一度寄って下さいね」


 私のクラスの担任である女性教員が発した言葉を切っ掛けに解散となる。私は一人で保健室の方へ向かって歩くが、教員達はベンチの破片に目を向け、それらが自分達に処理出来ない物である事を確かめると職員室のある方へ向かって歩き出していた。

 引率がいないというのもまた無責任な話ではあるが、高校生にもなった何処も怪我をしていないのに一人で保健室へも行けないという事はなく、私も気にする事もない。ただ、私の頭の中にあったのは、『丑門』という男子生徒の事だけであった。

 本当に私には珍しい事だが、他人に興味を持っている。熱の冷めた今となっては、正直昨日の『八瀬紅葉』という女生徒の名前さえも怪しくなって来ていた。そんな私の頭の中には、あの男子生徒の苗字だけはしっかりと記憶されており、その素性に興味を持っている。それは、『神山深雪』という人間にとっては異常と言える物であった。


「一応、一通り見たけど身体に怪我はなさそうね。でも、今日はこのまま早退して病院に一度行ってみた方が良いと思うわよ」


 保健室に常勤している年配の女性職員が私の身体を隅々まで点検し、掠り傷一つない事に安堵の溜息を漏らした後、早退を勧めて来る。頭などを打った訳でもないし、身体の何処にも傷みなどない以上、病院に行く必要があるとは思えないが、私にとってこの勧めは渡りに舟であった。

 この学校に居る事も嫌になっていた節があり、言葉は悪いが逃げ出したいという衝動を抑える事が難しくなっていたのだ。だが、それには一つだけ心残りが存在する。


「私がこんな事を言ってはいけないのでしょうが、余り『丑門』君には関わらない方が良いと思うわよ」


 そう、この丑門である。あの男子生徒は私を馬鹿にしたのだ。それを放置は出来ない。この学校の教員達が彼を忌避しようが、この学校の生徒達がどれだけ彼を忌み嫌おうが、そのような事は私には微塵も関係ないのである。

 あの言葉だけは許せない。『気を付けろ』という言葉のみを発し、それが何に対してなのか、誰に対してなのか、そしてその対処方法なども一切語る事なく、私に何が出来るというのか。それにも拘わらず、彼は言うに事欠いて、『意味を知っているのか?』などと口にしたのだ。

 馬鹿なのか? いや、言葉を理解している分、阿呆なのか?

 未だに何かを言っている保健職員の言葉を適当に受け流し、私は一つ礼を述べて廊下へと出る。既に午後の授業が始まっている学校の廊下は、人通りなど皆無であり、最盛期を迎えた太陽の日差しだけが窓から容赦なく入り込んでいた。


『黄泉路を辿れば良かったのに』


「え?」


 窓から差し込む太陽の光に目を細めていた私は、不意に耳元で囁かれた言葉に思わず声を出してしまう。その言葉を耳にした瞬間に背筋に通った冷たい感触と、寒くもないのに自然と震え出す身体が、まるで自分の物ではないような感覚に陥った。

 そして再び目の前に現れた黒い影。いや、それは最早影ではなかった。長く乱れた黒髪を垂らし、目も鼻も口も見えない顔。私達の肌の色とは異なるような死色に染まった裸体を持った女性が確かに私の前を横切っていったのだ。


「ぐっ……」


 そして再び襲い掛かるあの圧迫感。胸が締め付けられ、息が詰まる。視界が歪み、それが狭まって行く恐怖。

 だが、それも粉々に破損したベンチの傍で感じた物に比べれば、まだ余裕が持てる物であった。あの『丑門』という男子生徒が体育教員と相対した時に感じた恐怖は、今感じている物の比ではない。身が竦み、身体中の全ての毛が逆立ち、息は出来ず、死という漠然とした物を直ぐ傍に感じた。

 あれに比べれば、視界は狭まるが見る事は可能であり、呼吸は困難であっても、息を吸う事も吐く事も僅かにでも可能である。徐々に私から離れて行く裸婦の背中を目でおって行くと、廊下の先にある階段を上って行く一人の女生徒の足が見えた。

 スカートを履くという変態的な趣味を持つ男でない限り、今の足は間違いなく女生徒の物だろう。そして、その裸婦もまた、それを追うように上の階へと移動して行った。


「大丈夫か?」


 その裸婦が消えて尚、胸を締め付けていた圧迫感は、そんな言葉と共に肩へ乗せられた手によって霧散する事となる。一瞬で消え去った圧迫感に、過呼吸気味に息を吸い込んでいた私の肺へ、一気に酸素が流れ込んで来た。むせるように咳き込み、広がった視界が湧き出て来た涙によって歪んで行く。それでも、誰だか解らないが、心配してくれた事へお礼を述べようと振り返った私の考えは、その顔を見た瞬間に跡形もなく消えて行った。

 そこに居たのは、私を馬鹿にした相手であり、問い詰めなければならない相手である『丑門』という男子生徒。湧き出た涙を拭う事もなく、私は彼を睨み付ける。だが、続く言葉が出る事なく、少し驚いた彼の表情が消えて行くのを見て、自分の行為が礼儀知らずであった事に気付いた。


「ごめんなさい。突然の事だったので、驚いてしまいました。何度も助けて下さり、ありがとうございます」


「あ、いや……別に良いけど」


 慌てて頭を下げた私に、彼はばつが悪そうに返答する。別に私は彼を忌み嫌っている訳ではない。馬鹿にした事は許せないが、それは私が糾弾し、それに対して彼が謝罪してくれれば終わる些細な事であり、彼という人間を忌避する理由にはならないのだ。

 何か拍子が抜けたような表情を浮かべた彼は、頭を軽く掻きながら、右手を私に突き出す。何だろうと見てみれば、その手には見慣れた学生カバンがあった。

 この高校には基本的に指定カバンという物は存在せず、皆が思い思いのカバンを用意している。リュックを背負って登校する人間もいれば、ボストンバックのような物で登場する者もいる。流石にブランド物の高級カバンを高校に持って来る馬鹿はいないが、彼の手にあるのは、革製の昔ながらの学生カバンであった。

 それは、私が高校に入学する際に、入学祝として祖父が購入してくれた物であり、前の高校でも大事に使用していた物である。何故、彼がこのカバンを持っているのかが瞬時に理解する事が出来ず、私は思わず首を傾げてしまった。


「帰るんだろ?」


「え、ええ」


 一向にカバンを受け取らない私に少し訝しげな顔をした彼は、再度右手を突き出す。そして口にした言葉を聞いた私は、更なる混乱に落とされて行った。

 『帰る?』……それは帰るだろう。だが、何故、それを彼が知っているのか、そして何故、彼がその為に私のカバンを持って来るのか、何より何故、こうも私の傍に現れるのか。

 そんな疑問が次から次へと湧いて来て、私の思考は混乱を極めて行く。ぐるぐると回る思考の中で、私の口は言葉を紡ぎ出す事が出来ず、ただただ呆然と彼の顔を見上げる事しか出来なかった。

 『ああ、この人、こんなに背が高かったんだ』という、今考えて見れば馬鹿ではないかと思うような感想を抱きながら見上げていると、困ったように表情を変えた彼が再び口を開いた。


「途中まで送って行くよ」


「は?」


 そして、その言葉が更に私を混乱の奥深くへと落として行く。

 何を言っているのかは解る。だが、理由が解らない。理解も出来ない。この人は誰で、この人は何で、この人は何処なのだろう。いや、最早私の思考さえも理解出来ない。一切合切が理解出来ず、思考が追い付かない。

 そんな私の混乱は、何か天啓的な閃きによって結び付き、一つの結論に達した。


「……ス、ストーカー?」


「は?」


 世の中には、私には理解出来ない趣味趣向を持った人間がいるという。出会ってもおらず、会話もした事がないのに、ただ眺めているだけの異性を自分の恋人だと考えるような人間もいるらしい。そんな相手に目を付けられると、突然手紙が送られて来たり、部屋に入った形跡を残されたり、酷い時には襲われてしまうと聞いた事もある。

 私は、そんな変態的な男性に目を付けられてしまったのかもしれない。自分で言うのもあれだが、私の容姿は悪くはない筈である。そのような男性の目を引いてしまう可能性もないとは言えないだろう。それでも私はか弱い女子高生であり、このような場所で彼のような男性を相手に逃げ切れる筈もないのだ。

 先程までとは異なった恐怖が身体を襲い、我が身を護るように両手で身体を抱き締めた。


「何でだ!? 何処をどう取ったら、そんな答えが出て来る! いや、まず、お前を形成する要素の何処に、ストーカーを惹き付ける事の出来る部分があるんだ!?」


「なっ!」


 絶句である。最早、この男許すまじである。

 確かに、彼が善意で言ってくれており、そこに一片の下心もなかったとなれば、私の言葉は言い掛かりであろうし、彼が憤慨するのは当然かもしれない。だが、彼の行動も言動も、そう捉えられても可笑しくはない物であろう。それに拘わらず、この物言いである。

 この私を形成する要素の中で、異性を惹き付ける物が何一つないと言い切ったのだ。自分でも言うのも何だが、外見の容姿は特別優れているとは言えないまでも優れている筈。髪の毛の手入れもしているし、体型にも気を遣ってはいる。他人からどう見られても良いが、醜い姿は自分自身が嫌になる為に、その辺りは注意しているのだ。

 徐々に湧いて来る怒りで、視線が鋭くなっているのが自分でも解る。だが、目の前の男子生徒は、落ち着きを取り戻したのか、一つ溜息を吐き出していた。

 今から考えれば、他人からの目を気にした事のない私が、彼の発言にここまでの怒りを感じた事自体が異常だったのだろう。


「ストーカーは皆、そう言うんです!」


「言わねぇよ! 転校して来て三日目に同級生を張り手で吹き飛ばして、更には心を折るような言葉を吐き出す女に何処の誰が惚れ狂うんだ!?」


 許さん。

 絶対に許さん。

 それ程に望むのならば、貴様もこの手で吹き飛ばしてやろう。

 心から湧き上がる呪詛を噛み砕き、再度左手に力を込める。もし、この世の中に物語や漫画やアニメの世界にある『気』という物が実在しているのだとすれば、この時の私の左手には視認出来る程の『気』が練られていた事だろう。

 だが、その気孔が彼に向かって飛び出す事はなかった。


「廊下で何時まで騒いでいるの! さっさと帰りなさい……う、丑門君?」


 よくよく考えれば当然ではあるが、私達は保健室の真ん前で喚いていたのだ。私がそこから動く事なく胸の締め付けに襲われ、待っていたかのようにストーカーである彼が現れたのだから当然と言えば当然であろう。

 そして、そこで喚き騒いでいれば、保健室で仕事をしている保険職員の耳に入る事もまた必然。そして、廊下で生徒が何時までも騒いでいれば、それを注意する為に現れるのもまた当然であった。

 しかし、この保険職員からすれば、私がいる事は当然であっても、その相手は予想外であったのだろう。保健室の扉を開けると同時に注意を叫んだまでは良かったが、そこで始めて見た彼の姿に、見る見る顔色を変えて行った。


「か、神山さんも、早く病院に行って、休みなさいね」


 焦った保険職員は、矛先を私だけに集中する事にしたようで、私に苦言を一つ溢した後は、即座に保健室の扉を閉めてしまう。その余りの対応に、私の中で燃え上がっていた怒りの炎は吹き飛ばされ、一気に鎮火してしまった。

 取り残されるようになった私に向かって再度突き出された手には、私のカバンが握られている。最早、拒む理由もなくなっていた為、私はそれを受け取った。

 そして、手渡した彼は、そのまま私を一瞥する事もなく、昇降口の方へと歩いて行く。『あれ?』という釈然としない気持ちを持ちながらも、私は彼を追って早足で歩いた。


「送って行ってくれるのではなかったのですか?」


「は? いや、ここまでの話の流れで、どうして送って貰えると思えるんだ? ストーカー扱いまでされれば、悪感情しか持たないだろう」


 彼に追い付いた私は、その背中に向かって疑問を口にするが、振り返った彼の表情と、その言動に『むぅ』と言葉を詰まらせてしまう。確かに、彼に対して失礼な言動が多々あったかもしれない。それに対して気を悪くしてしまった可能性は否定出来ないだろう。

 だが、何度も言うが、私は転校して来て四日なのだ。そんな四回程しか会っていない男子生徒が突然家まで送って行くと口にしたら、通常の女性ならば身構えるだろう。通常の貞淑観念を持っていれば当然の警戒である筈だ。


「ですが、クラスメイトになったばかりの男の子に突然『送って行く』と言われたら、警戒するでしょう? 確かに、失礼な事を言ってしまったかもしれませんが、私も色々あり過ぎて……」


「ああ……そりゃあ、そうだな。ごめんな、その辺には気が回らなかった」


 私の返答を聞いた彼は、先程までの憮然とした表情を緩め、困ったように頭に手をやって、静かに謝罪を口にする。その姿に私は驚いた。

 失礼な事を口にした自覚はあっても、正直に言えば私は悪いと思っていない。身勝手だと言われようが、彼が怒るのであれば、私の怒りの方が上だとも思っていた。それにも拘らず、彼は心底申し訳なさそうに眉を下げ、言葉は軽いまでも、そこに込められた気持ちが解る程の謝罪を口にしてくれている。逆にこちらが申し訳なくなってしまうそれは、とてもクラス中どころか、この町全体で忌避されるような人間の物とは思えなかった。


「ふふふ。私も申し訳ありませんでした。ですが、何か思っていたイメージと全然違うのですね。もっと、恐い人なのかと思っていました」


 故にこそ、私の口からも自然に謝罪が漏れる。『どのような人だろう』という興味は有ったが、少なくともあれだけ忌避される人物であれば、それ相応の何かを持っていると思っていたのだが、まだ一部分しか見ていないまでも、何処にでもいる普通の男子高校生そのものだったからだ。

 いや、その口調から想像する限りは、優しさという物を持ち合わせている人間にさえ感じる。まだ四回程しか顔を見てもおらず、会話も初めてしたのだから断定は出来ないのだが。

 だが、先程よりもずっと気持ちが軽くなった事だけは確かである。私の言葉に何処か不満げに表情を歪めた彼が可笑しくて笑ってしまうと、彼はそのまま早足で昇降口へと歩いて行ってしまった。

 それがまた可笑しく、私は笑いながら彼の後を追うのであった。




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