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日本書鬼  作者: 久慈川 京
第四章 吸血鬼
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其の壱




 夏も終わりが近づき、私達の高校の短い夏休みも終わりに近づく。そんな残暑だけが残った8月の終わり頃、私は有威の手を引きあの小さな公園へ向かっていた。

 この頃はまだ、有威は正式な養子になった訳ではなく、所謂、『監護期間』という期間であった。既に彼女の実親二人はこの町から消えていたし、その保護を申し出ていたのが私の祖父母であるため、監護期間として預かっている形を取っている。

 本来、実親二人の同意などが必要な特別養子縁組ではあるが、既に虐待の疑いも強くあった事もあり、うちで彼女を預かる事に関しては然したる障害は存在しなかった。そして、あの二人との会見後の数週間で彼女達の姿はこの町から消えてしまった事によって、更に障害がなくなり、このまま半年ほど問題なく神山家で過ごせば、有威は私の祖父母の養子となる事が可能となっていたのだ。


「おねえちゃんは明日から学校?」


「そうね。本当に嫌だけど、学校ね」


 神山家で暮らすようになって数週間が経過し、有威はようやく普通に会話をする事が出来るようになった。実親二人がこの町から消えていたという事を丑門さんが態々伝えに来てくれた時には、一緒に居間で話を聞いていた彼女の表情はまだ無表情であったのだが、その日を境に彼女は笑顔を出すようになった。

 私の事を『おねえちゃん』と呼ぶ事の何が嬉しいのか解らないが、こんなに嬉しそうに、事ある毎に私に向かって『おねえちゃん』と口にする姿は本当に可愛らしく思う。祖父母の事をなんと呼べば良いのか解らず、泣きそうな表情で私に問いかけて来る有威の顔を見ていると少し意地悪をしたくはなったが、普通に『おじいちゃん』『おばあちゃん』で大丈夫だと伝えると、その日からそれは嬉しそうに二人に呼びかける彼女の明るさに、家の中が何倍にも明るくなったように感じた。



「幸音ちゃん、いるかな?」


「昨日、お電話したんでしょう? もう待っているかもしれないよ」


 正直、あの屑親二人が何故消えたのか、そして何処へ消えたのかは解らない。ただ、丑門さんの話では、あの二人にはかなりの額の借金があったという事であった。数千万という程の額ではないが、少なくとも数百万の借金を色々な所からしていたそうである。借りた金の利息支払い日に他から借りた金で払いという繰り返しを行い、膨れ上がった物らしい。

 その借金先の中にはあまり良くない場所もあったようで、闇金融という許認可をもっていない類の金融なのだそうだ。本来、そういう金融屋さんは利息を払い続けてくれる客が良い客なのだそうで、完済されても駄目だし、相手がいなくなっても駄目なのだそうで、脅しはするものの実力行使はしないというのが当たり前なのだそうだ。

 だが、あの二人は忽然とこの町から消えてしまった。家財道具なども残したまま、いなくなってしまったのだ。あの会見の翌日に赴き、再度特別養子縁組関連の書類への記載を依頼した丑門さんが、何度かあの家を訪れていた事で、警察からも事情聴取を受けたらしい。

 結局、あの二人の捜索願が出ている訳でもなく、あのアパート付近で争った形跡もなかった事から、何故かそれ以上に大きな事件とはならなかった。


「あっ、有威ちゃん!」


「幸音ちゃん!」


 あの時、あの二人の横には黄泉醜女が立っていた。

 私が初めて見た時のように裸で、水気のない髪が顔を覆い隠し、その隙間から見える真っ赤な唇が歪んでいたのだ。そのおぞましい姿は私が初めて見た頃の姿と一緒である。

 私が初めて黄泉比良坂に遭遇したあの夕暮れ時。あの黄昏時の帰路で遭遇したアレは、肋骨の浮き出る程に痩せていながらも豊かな乳房を揺らして立つ裸婦であった。濃密な『死』の空気を醸し出しながら、恐怖に身を竦ませる程の強制力を持っていた筈。

 だが、今から思い返せば、あの頃の空気は、その後の南天神社で出会った頃に比べれば些細な物だったように思う。だからこそ、私はあのアパートでその姿を見て、動揺も恐怖を感じる事はなかったのかもしれない。

 ただ、あの二人の屑親は黄泉醜女に魅入られ、黄泉比良坂を上って行った事だけは間違いないように思う。彼等二人は、最早この世にはいないだろう。他者に害されたのか、それとも自ら命を手放したのかは解らないが、既に黄泉国へ行っているだろうし、その先の根の国へ辿り着いているかもしれない。もしかすると魂さえも消去されているかもしれない。


「今日はねぇ、これを持って来たの」


 私があれこれ思考に耽っている内に、幼子二人は既に小さな公園のベンチに座って何やら話し始めている。幸音が肩から掛けている小さなポシェットの中から出した物を有威に見せ、それを覗き込む有威の耳に掛かっていた一房の髪の毛が落ちた。

 まるで吸い寄せられるように何かに魅入っている二人が気になり、私も近づいていくと、幸音の掌の上に銀色に光る小さな十字架が乗っている。小学生の女の子の掌に乗るサイズの十字架である為、キーホルダー程度の大きさしかない物ではあるが、少しくすみながらも綺麗な光を放っており、その十字の中心には淡く輝く赤い石が埋め込まれていた。


「この町に、吸血鬼が出るんだって」


「……吸血鬼さん?」


 十字架を初めて見たのか、興味津々の表情で魅入っていた有威は、更に初めて聞いた単語で顔を上げる。有威に見つめられた幸音は、若干誇らしげに胸を張って、説明を始めようとした。だが、目に見えてわくわくしている有威の瞳を見て少し怖気づいたのか、不安そうに私を見上げる。私が小さく頷くと、再び幸音は『ふんす』と鼻息を荒くして話し始めた。

 既に秋口に入り、残暑と呼ばれる物を過ぎ去ろうとしている。最近は半袖で外に出ると肌寒さを感じる程であるが、このような公園のベンチに座っていてもじっとりとした汗を掻くというような事はなくなって来ていた。


「テレビのニュースでやっていたの。最近この町の近くで事件があったんだって。女の人ばっかり、血が吸われちゃうんだよ」


「……血、吸われちゃうの?」


 私にもこんな時代があったのだろうか。この二人を見ていると、懐かしいような、恥ずかしいような気持になると同時に、とても可愛らしく思ってしまう。テレビで流れていた事を本当の事だと信じ込み、友達が話してくれた事を疑いもせずに信じ始める。それがとても微笑ましい。

 昨今は、誘拐などの犯罪に幼子が巻き込まれる事も多く、知らない人の言う事を信じないように教えるし、何事も疑ってかかる事が正しい事のような教育をする。だけど、本来の子供は、自分の周囲にある多くの情報を沢山吸収し、それを誇らしげに大人に話し、その上でその真偽を知っていくというのが正しい成長のように私は思う。

 時代を考えれば、それはとても危険なのだろうが、何事も疑ってかかってしまうと、私のような人間が出来上がってしまうと考えると、やはり目の前の二人はこのまま素直に成長して欲しいと願ってしまうのだ。


「……死んじゃうの?」


「う~ん。死んじゃったかどうかはテレビで言ってなかったからわかんない。でも、血を吸われただけだから大丈夫だよ」


 大丈夫な訳がない。そりゃ、蚊に喰われた程度の血液や、採血や献血などでの量程度であれば、悪くても貧血程度の影響しかないだろうが、相手が吸血鬼となればその程度では済まないだろう。

 人間の身体の中には、体重の約8%程度の血液が流れているらしい。その10%強の量が失われれば命も危うくなり、20%の量が失われれば、間違いなく死に至ると云われている。70kgの体重がある成人男性であっても、1リットルの血液が失われれば、即死なのだ。被害者が若い女性となれば、500ml~700mlで死に至ると考えると、幸音や有威のような少女であればもっと少ない量が致死量となってしまう。


「でも、吸血鬼って怖いよね。血なんかよりもご飯の方が美味しいのにね」


「ご飯食べないの?オムライス、美味しいのに」


 なんだ、この可愛い生き物達は。

 私がこの子達と同じ小学生だった時、こんなに可愛らしい発想が出て来ただろうか。

 ちなみに、祖母の作るオムライスが、有威の一番の好物である。初めて私の家に来た時に出されたオムライスの味が忘れられず、ご飯が出て来る度に、人知れずがっかりしていたらしく、一度それとなく聞いた私に、オムライスという名称を知らなかった有威が身振り手振りで懸命に教えてくれる姿は、私の庇護欲をこれでもかとくすぐった。


「私も有威ちゃんも女の子だから、吸血鬼に会った時の為にこれを持っていた方が良いんだよ」


「幸音ちゃん、ありがとう」


 その後も吸血鬼という存在が如何に恐ろしい存在なのかを語り続けた幸音の話に、有威は心の底から震え上がったのか、幸音から貰った十字架を大事そうに両手に包み込み、笑顔と共に謝礼を述べる。

 そして、そんな有威に向けて幸音も輝くような笑顔を見せて、ポケットからもう一つの十字架を取り出した。


「私も有威ちゃんとお揃いなんだ。ここにある宝石が私のは青で、有威ちゃんが赤。あっ、有威ちゃんは赤で良かった?」


「うん! 赤の石、綺麗だね。幸音ちゃんは青で良いの?」


 幸音の手には先程有威に渡した十字架と同じ物が乗っていた。ただ、その十字の中心に埋め込まれている石の色が有威の物と異なり、淡い青色に輝く物であったのだ。

 幸音の物も有威の物も色は違えど、その輝きは何処か神秘的で、この十字架自体がその辺りで安く売られているような物ではないと感じさせる。もしかすると、彼女の親族に熱心な信徒がいるのかもしれないと考えてしまった。

 その後は他愛もない話を二人は行い、ブランコや小さなアスレチックで遊ぶ姿を私はベンチに座って眺める事になる。




「おねえちゃんは、吸血鬼さんに会った事ある?」


「ないわね。もし吸血鬼さんに会っていたら、私はこの世にいないかもしれなし」


 幸音と笑顔で別れ、帰り道を歩む中、私の手を握って歩いていた有威が不意に問いかけて来る。その問いかけは本当に純粋でシンプルな物であった。だからこそ、私もシンプルに返すのだが、その返答を聞いた有威は『やっぱり、死んじゃうんだ』と小さく呟いて身を震わせる。彼女の手を離し、その手を頭にのせた私は『大丈夫、会う事はないから』と優しく伝えるのだった。

 吸血鬼などこの世にはいないと断言できる程に私はこの世界を知らない。また、最近私の周囲で起きている出来事を振り返ると、吸血鬼という存在でさえも肯定してしまいそうになる私がいるのも事実であった。


「でも、でも、吸血鬼さんに会っても、これがあれば大丈夫なんだよね?」


 頭を撫でられて、若干の落ち着きを取り戻した有威は、小さなポシェットから先程幸音から貰った十字架を取り出した。

 余談ではあるが、この有威のポシェットは私の貯金から買ってあげた物だ。幸音と遊ぶ際に何度か私が立ち会っていたのだが、いつも幸音が肩から下げているポシェットを少し羨ましそうに見ている有威に気付き、プレゼントとして渡していた。その時の喜びようは、渡した私でさえも思わず微笑んでしまう程で、何度も何度も『ありがとう』を繰り返し、肩から掛けては祖父母に見せに行き、挙句の果てには、今も彼女はポシェットを一緒に布団の中に入れ、共に寝ている始末である。


「そうね」


 ただ、十字架を大事そうに両手で包み込む有威には言えない。

 その十字架というのは、本来は処刑具の一つであり、奴隷の処刑として行われていた十字架刑が基になっている事を。それがキリスト教の象徴として見做されるようになってはいるが、キリスト教徒でもない人間が、それを持っていても加護を得られるかどうかは解らないという事を。

 ましてや、私や有威が生活している場所は、神社である。天照大御神様を祀る神聖な場所であり、有威はまだ解らないかもしれないが、私はここ最近の出来事の中で何度も何度も天照大御神様のご加護によって護られている。

 子供達が怖い話を恐れ、他宗教の象徴に縋ろうとしても、天照大御神様がそれを咎めるような事を成されるとは思えないが、それでも有威へのご加護が薄れてしまうのではないかと不安になった。


「有威の首から下げているお守りがあるでしょ。そのお守りは、有威を悪い事から遠ざけてくれる。おばあちゃんが有威の安全と幸せを神様にお願いしてくれているから。それと同じように、その十字架も、お友達の幸音ちゃんが有威の安全を祈って、その祈りを込めてくれている物なのよ。大事なお友達がくれた物なのだから、それはいつもポシェットに入れておかないとね」


「うん」


 ただ、私が幼い頃に祖母が話してくれた天照大御神様は、高天原を統べる主宰神である女神様だ。太陽神でもあり、三人姉弟の長女でもあるお方が、幼い子供達の純粋な想いを否定なされるとは思えない。私のような只人が神様に対して、そのお心を図ろうなどとは不敬極まりないのかもしれないが、幼い頃に祖母がまるで見て来たかのように話してくれた高天原の光景は、とても美しく、とても優しい物であり、そして何処までも温かな場所であった。

 有威は、大事そうに十字架をポシェットの中へと戻し、再び私の手を握って、小さく歌を口ずさむ。その曲は最近の有威が夢中になってみているTVアニメの主題歌。あの家に居たときはTVなど見る事は出来なかったのだろう。私の祖母の家で暮らすようになった有威の心を真っ先に奪ったのは、祖母の作るご飯とTVであった。今では、そのアニメが始まる時間になるとTVのある居間に必ずいるようになっている。ただ、その時に誰かがTVを見ていると、まだまだ遠慮があるのか、『TVが見たい』と口にする事は出来ず、黙って座ったまましょんぼりと項垂れている姿を見つける事があった。


「今日の晩御飯は何だろうね?」


「有威はオムライスがいいな」


 ここ最近、有威は自分の事を名前で呼ぶようになった。甘える事の出来る相手が出来て、そしてその相手もそれを許容し、受け入れられた事で、彼女の心が幼児返りをしているのかもしれない。

 本来は実の親達にもっと甘えたかったのだろう。もっと愛されたかったのだろう。だが、それが許されなかったからこそ、彼女は自身を護る殻を作り、別の自分を作り出していたのだ。

 その殻の部分が負の感情、周囲の瘴気に耐え切れなくなり、餓鬼として姿を現したのだろうと祖母は私に教えてくれた。『餓えた鬼』と書いて餓鬼と読む。食料だけでなく、愛情や優しさにも飢え、鬼と成るのだと。この娘は、まだ殻に閉じこもった部分を鬼に喰われる事がなかったからこそ、鬼に成る事はなかったのだとも言っていた。

 もし、この娘が『鬼』と成っていたら、あの両親は実の娘の手によって黄泉路を辿っていたのかもしれない。


「オムライスは昨日食べたでしょう?」


「毎日でもいいよ!」


 祖母も何故か有威には甘い。昨日も有威のリクエストにより、昼ご飯はオムライスであった。嬉しそうに食べる有威を優しく見つめる祖父母は、実の孫である私を見つめる時と同じような目をしていたと思う。それに対して嫉妬心などは欠片もない。むしろ血の繋がっていない少女に対して優しい気持ちを持てる二人を私は心から誇りに思うのだ。

 嬉しそうに私と手を繋ぎ直した有威は、また別の曲を口ずさみながら歩き出す。この娘が今を幸せだと感じてくれていたら嬉しいなと思いながら、南天神社の境内に繋がる石段をゆっくりと上り始めた。


「!!」


 そんな私の背筋に、ここ暫く感じていなかった悪寒が貫く。『死』を連想させるその悪寒は、私の傍にアレが居る事を示している。私の手を握る有威は気付いていない。今も楽しそうに曲を口ずさみながら元気に石段を上っている。ならばと、手を繋いでいる方とは逆に顔を向けた私は、声が出てしまいそうになるのを必死に抑えた。

 有威がいる場所と反対側、私の右側にアレが立っている。いや、正確にいえば歩いていると言えば良いのだろうか。石段を上る私の横にぴったりとついているそれは、不意に顔を私の方へと向けた。

 往年の力はない。別段昔から知っている訳ではないのに、私がそう感じてしまう程、隣のそれに力は感じない。『死』を感じる悪寒はある。それでもその『死』は私には届かないと確信出来る程に弱い。『ああ、もしかしたら、風邪ひいちゃったかな』と思う程度の悪寒なのだ。


『けらけらけら』


 私の方へ顔を向けたそれの笑い声のような物が聞こえるが、それに恐怖を感じない。何がコレに喜びを与えているのかは解らないが、それでもそれに対して私の感情が動く事はなかった。

 もうすぐ二の鳥居に差し掛かる。この鳥居を潜ればそこは境内であり、神域となる。そうすれば、横のソレは消え去るだろう。それは変えようのない事実なのだ。あの時、断末魔を上げながら消えたコレが何故未だに私の傍に現れるのかは解らない。だが、コレが不浄な物である以上、この先の神域には入れないのだ。


「今日も風来ない!」


 私の手を離した有威が先に境内へと入って行く。彼女が初めてこの場所に来た時に拒絶するような神風をその身に受けた記憶が鮮明に残っているのだろう。毎回この鳥居を潜る時、彼女は拒絶されない事を喜ぶように毎回両手を挙げて喜びの声を上げるのだ。

 私はそんな有威の姿を微笑ましく見つめながら、ほんの僅かな風をその身に受けたような気がしながらも、特に気にする事もなく境内へと入って行った。


「深雪ちゃん、有威ちゃん、おかえりなさい」


「おばあちゃん!」


 両手を挙げてくるくると回る有威に優しい声が掛かる。その声を聞いた有威は、その腰へ抱き着いて行く。僅か数週間でこの変わりようかと笑ってしまう程、彼女は祖母に懐いていた。

 祖母が不思議な人である事は何度も言っているが、その安心感は絶大であり、特にこの神域である境内に居る時の祖母は更に輪をかけて信頼度が上がって行く。この場所に祖母がいる限り、どんな悪意からも、どんな危険からも護ってもらえると思う程の安心感があるのだ。


「今日はオムライス?」


「ふふふ。オムライスは昨日作ったから、今日はコロッケ」


「有威、コロッケも好き!」


 祖母に手を繋がられた有威は今日の晩御飯の献立を尋ね、その答えを聞いて、更に笑顔を浮かべる。有威はこう言うが、彼女に嫌いの物はない。好きな物が多すぎ、その中で一番好きなのが祖母の作るオムライスであるというだけ。野菜も好き嫌いせずに笑顔で美味しそうに食べるし、野菜の煮物などは私の分を物欲しそうに見つめるぐらいの好物でもある。

 単純に祖母の料理が上手であるという事もあるが、彼女はこれまで手料理という物を食べた記憶がほとんどなかった為だろう。何もかもが新鮮で、何もかもが彼女の味覚を刺激しているに違いない。


「深雪ちゃん、どうしたの?」


「ううん、なんでもない」


 私の傍から黄泉醜女の気配も消えている。僅かに受けた気がした風が私の傍からアレを祓ってくれたのかもしれない。にこやかな笑みを浮かべながら近づいてくる祖母に笑みを返し、再び手を出してくる有威の手を握り直した私は、彼女と共に家の中へと入って行った。


『けらけらけら』


 耳の奥に微かに聞こえるあの笑い声を無視して。


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