後日談②
丑門さんの纏う空気は、この小さな部屋全体を覆いつくし、全てを変えてしまった。だが、それは決して闇ではなく、息子の丑門君が激怒した時のような生物的本能を恐怖させる物ではない。私自身に向けられたものではないからという事もあるが、私としては良い緊張感を感じられる物となっていた。
敵対してはいけないというのは、敵対しなければ良いだけで、私は敵対するつもりもなければ、そうなる事もないだろうと楽観的に考えられるからだろう。だが、丑門さんの目の前に座る一組の男女は青白い顔をしていた。
「貴方達の申し出についてもお答えしておきましょうか。貴方達が先日、こちらに座る彼女に暴力を受けたと仰っておりましたが、その当時の状況も確認が済んでおります」
そう言って、丑門さんは一枚の資料を取り出す。それには、私が撮ったあの時の動画が静止画像となって貼り付けられており、錆びた鉄柵にしがみつく有威とそれに向かって足を振り下ろす男の姿が映っていた。
それが何枚かに分けて貼られており、有威が鉄柵にしがみつき、2階から落ちそうになっている事も明確にわかる構図になっておる。私はあの時の男の表情を思い出す事は出来ないが、その静止画像に映っている男の顔は本当に醜く歪んだ笑みを浮かべていた。
「日常的な暴力を有威さんに与えていた事の証言も取れていますが、彼女がここを訪れたその時にもこのような暴力を振るっていたという証言もあります。この場合、だれがどう見ても有威さんが2階部分から落ちそうになっている事は明白であり、それを救う為に虐待者へ実力行使に出る事は『正当防衛』として認められるでしょう」
生命の危機を救う為に、その加害者を止めるための第三者の実力行使は、状況証拠や立証が出来れば、正当防衛として認められる可能性がある。それは刑事上でも民事上でも同様なのらしい。
本当に裁判となれば、互いに弁護士を雇い、その正当性の立証などを行う為、私や丑門君がした行動、行為が正当防衛として認められるかどうかは定かではないが、今この場では丑門さん以外に法律に詳しい人などはいない。正当防衛と認められる可能性があるというだけで、十分な抑止力になり得るのだ。
ましてや、相手側が骨を折っていたり、身体の一部が損傷していたり、また通院しなければならない程の怪我がある訳でもない。この男女が無理やり診断書でも作成しない限り、私たちが暴力を振るった証明など不可能に近いのだ。
「話を戻しましょうか。正直に申し上げて、これを見た時には、貴方達を立件しようとさえ思いました」
続いて丑門さんが取り出した写真は、女子児童の裸体写真。
そう言葉にしてしまうと卑猥に聞こえるし、わいせつ行為のように感じるが、その写真は有威の身体に残されていた痣や火傷痕の写真。私があの風呂場に見た物である。本当に目を覆いたくなるほどに辛く、胸に抑えきれない程の怒りと憎しみが溢れて来る。
その元凶となった者へ目を向けると、そこには後悔や苦しみなど欠片もない表情を浮かべる男女の姿があった。
「これら全てが、貴方達が日常的に実の娘に対して虐待を行って来たという証明となります」
「だから何だって言うんだよ! 別にあのガキは死んでねえだろ!」
ああ、これは駄目だ。
有威の身体の写真を見た後だからだろう。私の中に怒りの炎が渦巻き始めていた。これはあの日から私の心の中に棲み着いた闇の影響なのかもしれない。この男に『死』という苦しみを与えたい。死後も消えず、永劫の苦しみを与えたいとさえ考えてしまう。
目の前が朱く染まるように濁って行く。まるで黄昏時を迎えた時間帯のようにこの部屋の中が色褪せて行った。
パァン
私の意識が何処かへ吸い込まれてしまう一歩手前で、あの柏手の音が部屋に響き渡る。耳にでも脳にでもなく、直接心へ響いて来るその柏手の音で私の意識もはっきりとして来た。顔を向けると、柔らかな笑みを浮かべた祖父が私の背中を軽く叩いてくれる。
「もうこれ以上は話をするだけ無駄でしょう。最早この者達の穢れは祓う事は出来ん。罪穢れに塗れたまま黄泉路を辿る他なかろう」
「何、意味の分からねえことを言ってるんだ、この爺!」
よし殺そう。
もう我慢する必要はないだろう。
有威だけでは飽き足らず、私の祖父まで罵倒をしておいて、尚現世に留まろうなど、そんな虫の良い話はないだろう。天照大御神様が御赦しになろうと、伊邪那岐命様が御赦しになろうと、黄泉津大神様が御赦しにはならない。
黄泉津大神様が御赦しにならないという事は、私も許さなくてよいという事だ。
そんな考えが自然と頭の中に浮かんで来る。湧き上がるのは純粋な殺意。
「本題に入りましょう。貴方達お二人には選択肢が二つあります。いや、正確には二択しか残されていません」
私の殺意が弾ける直前に、丑門さんが口を開く。その声を聞いた時、私は今まで自分の頭の中を占めていた考えに背筋を凍らせた。
一体、私は何を考えていたのだろう。目の前の男女に怒りはある。怒りというには生易しいほどの激情があるのは確かではあるが、それでも先程までの頭の中を占拠していた内容は、許容できる内容ではなかった。
私は誰なのだろう。私は私なのだろうか。そんな疑問が頭の中でぐるぐると循環する中、丑門さんの話は続けられていった。
「一つ。これらの証拠によって、お二人の娘に対しての過剰な虐待は明白です。これを告訴という形で立件します。この写真の火傷痕を残すような行為は懲戒権を逸脱しています。もし、貴方達が『躾』だと言っても認められる可能性は低いでしょう。例え実子への行為だとしても懲戒権を逸脱しているものには暴行罪、傷害罪が成立し得ます。傷害罪は重ければ15年以下の懲役を含む刑罰が科せられます」
「な、なんでだ!?」
淡々と事実だけ語る丑門さんの表情を見ていた男女は、それが冗談などではなく、本気なのだという事をようやく理解したのか、顔を青褪めさせて行く。理詰めで追い込まれていく事に恐怖するが、それに抗うだけの知識が足りない。出来る事といえば、声を張り上げて怒鳴る事だけであった。
「勿論、この状況で刑罰を受けた際、有威さんは児童養護施設に入る事になり、親権停止もしくは親権喪失が審判される可能性もあるでしょう。まぁ、簡単に言うと、貴方達は犯罪者となるという事ですね」
犯罪者。
この言葉は、通常の生活を送っている人間にとってはとても重い。レッテルを貼られてしまい、その情報は隠していても必ず何処からか漏れる。この町のような場所では生き辛くなる事は間違いないだろう。
「……もう一つは、これに同意して頂く事ですね」
ゆっくりと時間を取って、男女の顔が既に真っ白に変わった事を確認した丑門さんは、テーブルに広げていた虐待の証拠となる数々を片付け、二枚の紙を置いた。
既にこの場の流れは、丑門さんが中心になっており、青白い顔の男女と私は促されるまま、その紙へと視線を落とす。何故か祖父だけはその紙に目を向ける事なく、真っ直ぐに男女へと視線を向けたままであった。いや、あれはその男女の向こう側にある何かを見ていたのかもしれない。
「……特別養子縁組申立書?」
「ええ、貴方達に有威さんの養子縁組に同意頂く事です。本来、先程述べたような虐待を行っていた人間に対しては実の両親であっても同意を必要としないケースもあるのですが、その場合、虐待の証明をしなければなりません。そうすれば、貴方達の罪を証明しなければならなくなります」
二枚の紙は『特別養子適格の申立書』と『特別養子縁組申立書』という物であった。それと付け加えて、『代理人選任届』という物も丑門さんはカバンから取り出した。
それと同時に朱肉や捺印マットを取り出し、同じようにテーブルの上に乗せる。私のような素人には、それだけ既に逃げられない状況に追い込まれてしまったように感じ、異様な圧迫感を覚えた。
真夏の暑い中、エアコンもない部屋にいるにも拘らず寒気がするが、その寒気に反し、じっとりと汗ばむような圧迫感。それは私だけではなく、この屑親二人は私以上に感じているだろう。その証拠に二人はびっしりと汗が滲み出ており、喉が枯れているのか奇妙な唸り声を上げていた。
「この用紙に署名捺印を頂き、この申立てが受諾されれば、有威さんは、戸籍上も貴方達の娘ではなくなります。以降は赤の他人という形になりますので、接触または面会なども有威さんの同意がなければ不可能となります」
「な、なんで? なんでこうなるのよ!?」
今まで気圧されていたように何も口を開いていなかった屑親女が叫ぶ声を上げる。次から次へと立て続けに不利な材料と結果を突き付けられ、このままでは完全に逃げ道がなくなる事への恐怖からの慟哭であろう。
正直、私でもここまでの話の急展開には付いて行く事が出来ない。隣で何一つ言わず落ち着いている祖父の姿を見れば、祖父はこの流れを予め知っていたのだと理解できるが、何も聞かされていなかった私からすれば、青天の霹靂のようなものであった。
私がこうなのだ、この屑親二人からすれば、理解出来るかどうかの話ではないだろう。
「何故? 何故と言われれば、貴方達の行動の結果としか言いようがありませんね。日本には『目には目を、歯には歯を』といった復讐を許容する法律はありません。ですが、弱者を保護する為の法律は数多くあるのです。因果応報としかお答え出来ませんね」
時間を追うごとに丑門さんの言葉から熱が消えて行く。今も淡々と事実を述べているだけで、そこに相手への配慮などは一切感じられない。それが弁護士という法律を司る人間として許されるのかは別ではあるが、底冷えする空気感が場を引き締めている事だけは確かであった。
「特別養子縁組をする申請書は家庭裁判所へ提出致しますが、その際に実親である貴方達の意思の確認などもあると思います。その際に不服申立があるようであれば、どうぞ。ただ、そうなった場合、こちらとしては有威さんの為に全面的に戦わせて頂きます事をお伝えしておきます」
最後にそう締め括った丑門さんはスーツの胸元から綺麗なボールペンを取り出したが、そのボールペンを暫く見つめた後、再び胸元へ戻し、代わりに鞄から安っぽいボールペンを取り出して机の上に置く。
最初に取り出したボールペンは高価な物だったのか、それともとても大事な物だったかのかは解らないが、この屑二人に触れさせるのを嫌ったとしか思えなかった。
「今日この場で、今すぐに書いて下さいとは言いません。もし、貴方達の言い分という物があり、それが正当な物であるのならば、私も法に携わる人間の一人として真摯にお聞き致しましょう。こちら側の要望と報告は以上です。この養子縁組を強要するつもりはございません。ですが、見せ掛けばかりの改心を示すようでしたら、私達もそれ相応の対応をさせて頂きます。よくよくお考え下さい」
丑門さんは、朱肉や捺印マットなどをそのままに、鞄の口を閉めて立ち上がる。そのまま玄関へ向かおうとする丑門さんを見て私も慌てて立ち上がるが、祖父は屑親二人へ厳しい視線を向けた後、小さく溜息を吐き出してゆっくりと立ち上がった。その溜息は立ち上がる事への億劫さから出たものなのか、この不毛なやり取りへの疲れからなのか、それとも目の前の屑親のような人間がこの世にいる事への諦めからなのかは解らない。ただ、その溜息は良い物ではない事だけは私のも理解出来た。
「明後日の火曜日に再びお伺い致します」
玄関のノブを回し、ドアを開けた丑門さんは、私と祖父を先に外へと誘いながら、再び部屋の中へ視線を送って頭を下げる。
私のような人間からすれば、あのような人間の屑共に頭を下げる必要など微塵もないと思ってしまうのだが、弁護士という職業、そして一社会人としては、礼節を持たなければならないのかもしれない。祖父もまた、玄関を出るときに振り返り、小さく頭を下げた姿を見ると、私だけが意地を張っているように感じてしまうが、不承不承「失礼します」と小さな声を出すのが精いっぱいであった。
外は茹だるような暑さであったが、あの部屋の中より風が僅かにある。だが、私はあの部屋にいる間、『暑い』と感じていなかったように思う。澱んだ空気、生理的に受け付けない臭いという部分が気になりはしたが、あの部屋を暑いと思わなかったのだ。
空気が通り抜けていた訳ではない。むしろ外の空気が入って来ていたようにも感じなかった。それでもあの部屋は何故かひんやりとしていたような気がする。それは、丑門さんが醸し出していた冷たい雰囲気や眼差しが原因ではないと思う。
おそらくあの場所は既に。
「黄泉に繋がりかけておるの」
「え?」
そこまで考えていた時、祖父が小さな呟きも漏らした。
まるで私の考えを補足するかのように飛び出した呟きに、思わず声が出てしまう。首を動かした私の表情が見えたのだろう。祖父はそんな私の頭に優しく手を置いて、小さな笑みを浮かべてくれた。
「丑門さん、帰りは孫と二人でゆっくり歩いて帰ります」
後ろから追いついて着た丑門さんは既に携帯電話を手に取っており、タクシーを呼ぼうとしていたのだろう。そんな丑門さんへ祖父は無用を伝えた。
確かに、ここから南天神社までは大した距離ではない。それこそ、ワンメーターの距離といっても良いだろう。結局あの石段を登らなければ神社に辿り着けない以上、タクシーで石段の下まで着いても、ここから歩いても、疲労度に大した違いはないのだ。
「……そうですか。では、申し訳ございませんが、私はこのまま事務所の方へ戻ります。本日は休日に申し訳ございませんでした。有威さんは、申し訳ないですが、そのまま神山さんの所に」
丑門さんは、そのまま深く一礼し、南天神社でも丑門君の家でもない方角へと歩き始める。その背中を見送った後、祖父に背を押されるような形で私達が歩き出した時、後方から最早人語とも思えないような罵声と奇声が聞こえた。
振り返ると、有威の屑親二人が二階の廊下に出て来て何かを喚いている姿が見える。彼らが既に人語を発する事が出来ていないのか、それとも私の脳が彼等の言葉を理解しようとしないのかは解らないが、彼等二人の音のない叫び姿が只々滑稽に見えるのであった。
「あれらの先は長くはないだろうな。あの部屋の空気は酷い、あの者達の罪と陰気が周囲の瘴気を呼び込み滞留させてしまっておる。何らかに命を刈られるか、自ら命を手放すか。どちらになろうとも、碌な最後ではなかろう」
常世・幽世のような神域ではなく、それでもこの世ではない場所にいるのではないかと思える程に隔たりのある場所に居る屑二人を眺めていた私の背中を押した祖父は、小さな呟きを溢す。小さいながらもしっかりと通るその声は、私の耳にしっかりと響いて来た。
あの二人の末路を思わせるような祖父の口ぶりに私は身を震わすが、あの屑二人から視線を外す事は出来ない。何故なら、何かを喚き散らしている二人の傍には、あの女が立っているのが見えたからだ。
不思議な事に私の中であの女に恐怖心が沸かない。まるでそこにいる事が当たり前のように感じてしまう程、それ自体に違和感すらも覚えないほどであった。
「……うん。きっと遠くない未来で、あの二人は黄泉平坂を歩むのでしょうね。黄泉醜女が傍にいるもの」
「!!……そうか。やはり深雪は、継いでしまっているのだな。神山の血と……」
何故私が祖父に対して『黄泉醜女』の事を口にいたのか、自分でも解らない。だが、おそらく、私がそれを口にしても、祖父であれば馬鹿にする事もなく、鼻で嗤う事もないだろうと考えたのかもしれない。そして、その意味が通じるとも考えたのだろう。
だが、祖父は私の想像とは異なる表情を浮かべ、そして何かに苦しむように呟きを吐き出す。しかし、最後の方は呟きというよりは溜息に近く、私の耳には何も届いては来なかった。
そこから南天神社への道は祖父と何を話したのか覚えてはいない。無言で歩き続けたのかもしれないし、祖父の言葉に適当に答えていたのかもしれない。私が祖父を無視する事は世界がひっくり返ってもあり得ない事なので、本当に無言のまま歩いていたのだろう。
南天神社へ続く一の鳥居をくぐった頃に、ようやく私の意識が戻った。本当に一の鳥居の先へ足を進めた瞬間に、周囲の音と色が戻ったのではないかと錯覚するほどに意識がはっきりとしたのだ。周囲の木々のざわめき、蝉のけたたましい音、そして周囲の暑さによる息苦しさ。その全てが一気に押し寄せ、私は立ち眩みにも似た症状に陥る。
「疲れただろう。さぁ、もう少しだ。石段を上り切れば、おばあちゃんも有威ちゃんも待っている」
ふらりとよろけた私の身体を支えてくれた祖父が、私の幼い頃から慣れ親しんだ優しい笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。祖父の手から伝わってくる温もりが有難い。息苦しくなる程の蒸し暑さの中でも、その温もりが私を私に戻してくれるように感じた。
一歩一歩石段を上る最中、私は自分の左隣を歩く祖父以外の何かの存在を感じている。それは私の右隣からなのかは定かではない。むしろそれは私の中なのかもしれない。それでも確かに何らかの存在が私の近くに居ることは確かであった。
「深雪はおばあちゃんとおじいちゃんの孫だからな。もうそれは深雪に害を成す程の力はないと思う。いずれ、深雪も解るよ」
そんな私の状態が解っているかのように、祖父が私の背中を軽く叩く。それだけで先ほどまで感じていた存在感が霧散していくように感じた。
確かに、夏前にこの石段を上った時のような身に迫る『死』が目に見える程に恐怖する事が今はない。私の方が黄泉醜女よりも上位にいるとは言わないが、それでも先程あの姿を見ても私は恐怖で足を竦ませる事も、息を止めてしまう事もなかった。つまりはそういう事なのだろう。祖父の言う通り、あの黄泉醜女単体では、私を害する事はもう出来ないのかもしれない。
「おかえりなさい」
そうこうしている内に、私達二人は百四十九段の石段を上り終えていた。二の鳥居の先に見えるには、優しい笑みを浮かべる祖母と祖母のスカートを握って心配そうな瞳を向けている有威の姿。そして、祖母の優しい声を聞いた瞬間、私の身体は凄まじい程の重みを感じた。
それは以前に感じたような重圧というような重みではなく、単純な疲労だと理解出来るような重み。所謂、『どっと疲れが出た』という状況であろう。祖母の優しい笑みと声を聞き、こちらを心配そうに見つめる有威の姿を見て、私は心から安堵したのだと思う。
「ただいま」
そう口にした私の方へ歩いて来た有威は、『ぎゅっ』と私の手を握り、心配そうに見上げて来る。一人っ子だった私にとって、そんな有威の姿はとても可愛らしく思えた。切り揃えた短めの髪を優しく撫でてあげると、遠慮がちな笑みを浮かべるこの少女がとても愛おしい。護って上げたいと心から思えた。
「有威ちゃんも、お利口さんでしたよ。境内のお掃除も手伝ってくれて、穢れも綺麗に祓われているし、もう大丈夫ね」
祖母がそんな事を口にすると、私を追い抜いた祖父は小さく頷く。祖母の言葉にある『穢れ』とは、この南天神社の境内の事なのか、それとも有威自身の事なのか。おそらく後者なのだろうと私は思った。
私に向かって遠慮がちな笑みを浮かべる顔は、祖母から『餓鬼』と称された禍々しい気配の欠片も見えない。涼やかで、清らかで、純粋な感謝と好意しか、その顔にはなかった。それは、この娘も天照大御神様に受け入れて頂けた証拠なのかもしれない。
「さぁ、深雪ちゃんも帰って来たし、三人でお夕食を作りましょうか」
「うん」
祖父が先に家へと向かうのを見て、祖母が一つの提案をする。それに対して私が了承を返すより早く、有威が小さく頷きを返した。両手を私と祖母に繋がれた彼女は、まだまだ遠慮がちではあるが、小さな笑みを浮かべる。その笑顔を見ると、私まで嬉しくなった。
これが今回の後日談。
この半年後、何故か有威は、私の叔母となった。




