ハロウィン
九話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
今日はハロウィン。
だからかテレビの画面の奥には百鬼夜行よろしく、気味の悪いコスプレをした人達が都心を行軍をしている姿が流されている。
派手さにこだわったり、
可愛さだったり、
本当にそういう方なんじゃないかと疑惑を抱いてしまうクオリティのものもある。
だがそんな多種多様なコスプレの中でも画面の外。
つまりは目の前にいる女の子。その子はどれにも特化せずに、小さな杖を持って、よくある魔女といえばの紫色の長い服に、とんがり帽子を被っている。
ただそれだけなのに何故このような破壊力があるのだろうか。
何処か、彼女の身長が高いせいでいいお姉さんがイベント事ではっちゃけてしまった、みたいな感じもしたが、ジロジロと俺から見られ赤くなった顔をとんがり帽子で隠そうとする彼女はもはやそれを超越した。
「…奈江のこの格好、どうしたんですか?」
「あんたの癒しになればって近くで買ってきた」
「本当に?」
「嘘、私が見たかったから」
あっさりと自白をした橋岡さんはパシャリと、何処からかカメラを取り出して1枚撮る。
写真を撮られた奈江は恥ずかしそうに、また帽子を深くかぶる。
そんな奈江の顔を見るために、少し下から覗き込んでみると、うーうーとさっきから赤い頬のままで唸っている。
「…あとでその写真貰っていいですか?」
「それは別にいいんだけど。今はそれよりもその目の前にいる魔女をかまってあげなさい。実はふてくれされてるんだから」
「えっ、ふてくれされてるんですか…」
「あんた最近帰り遅いからね」
「あぁ…」
ボチボチと年明けが近づいてきて、仕事の量も気持ち増えてきているためか、確かに最近は帰るのが遅くなっていたような気もする。
だがそれでも家に着くのに大きくズレが起きてるわけではない。
なるべくいつも通りの電車に乗るようにしてるし、遅れるとしてもちゃんと連絡はいれている。
まぁでも、帰るときに疲れの影響か足取りが重くてやけに時間がかかってしまうこともある。
今日もそんな足取りが重い日のうちの1日だった。
「あんたが家に着く時間は大体8時ちょっとでしょ?」
「えぇ、電車の時間的にも一気に家まで一直線ですよ」
「で、奈江もその一直線で帰れることを知ってんの」
「ほうほう」
「だからいつもより遅いと他に自分より優先する何かがあるんじゃないかって考えて拗ねんの」
「それなんて女王様ですか…」
俺だって正直書類とパソコンの画面と上司の薄い頭よりも、こんな風な可愛らしい奈江を見ていたいという気持ちが強い。
だけども、一応俺はここに住まわせていただいてるわけで。
家賃払わないと追い出される身な訳で。
これまでみたく残業&残業をしていかないと会社からも追い出されてしまう。
「前に朝も遅くしてくれって頼まれましたけど、今度は早く帰ってこい…てなぁ」
「あんたがこの家にいる時間を長くしてくれてるじゃんよ」
「その分、会社で色々言われるからなぁ」
やれ遅刻だの、仕事にやる気がないのだの。
ましてや二年目という微妙な時期だからこそ、一層それは耳に入ってくる気がする。
「ダメ…?」
「ダメ…っていうか、その日その日の疲れ次第だな」
スルスルと自分の体を蛇のように伝う蔦をガシッと掴み、奈江にそう話す。
すると、奈江はよりふてくされてか、杖で軽くベシベシ叩いてきたりつついてきたりする。
「奈江やめて」
「…やめ、ない」
「魔女から直々に成敗だって要」
「魔の部分が感じられないんですけど、武女なんですけど」
蔦のせいもあり、受け止められずに頭に何発も直撃する。
木製の杖じゃないので痛くはないが、流石にこの状態を放置することは好ましくない。
助けを求めて橋岡さんをチラリと見る。
「あんたね、自分で起こしたことなんだから自分で解決しなさいよ」
「いやでも悪いの上司ですし…おのれ会社!」
と、まるで魔王を倒すような意気込むで言ってみると、ピタリと奈江の動きが止まる。
お、効果あったの?
「じょーし…かいしゃ…つぶす…」
あー、効果はあったみたいですけどかなり物騒ですねー。
このままにしておけばもしかしたら上司は物理的にクビを切られてしまうかもしれない。
蔦もそのためかいつもよりも鋭く、まるで刃物のよう。
奈江の周りにはその光景を彩るように赤い花がたくさん咲く。
「…この花なんです?」
「ヒガンバナ。あ、触んない方がいいわよ。それ毒あるから」
「うぉう!ちょっと、奈江、ストップ!」
「…つぶす…」
刃物と化したそれは毒を塗るためにヒガンバナにまんべんなくまとわりついて…。
「確実に殺す気ですよこれ」
「確か口から毒が入るとダメだったから、触れるだけなら大丈夫なんじゃない?…切られるのは知らないけど」
「それよりも早くこれの止め方を…」
「悪いのあんたでしょ。今からでも土下座なりなんなりすればいいじゃない」
赤い花に囲まれている奈江は格好も相まって本物の魔女。
そんな魔女に対して果たして土下座で通用するだろうか…。
「…それか、抱きしめるとかね?」
「うっ…」
「ふふふふ……」
…なんというか、そういうことはまるで奈江の…好意、みたいなものをもてあそんでいるみたいな気分になってあまり好きじゃない。
だったらさっさと告白するなり、受け入れるなりすればいいんだろうが…それも、ヘタレな俺からしたらかなりの勇気が必要になる。
「ふふっ…要…」
でも…このままにしておくのはもっとヤバイような気もしてしまう。
魔女がとんでもない魔法を使ってしまう。
「あぁ、もう!」
覚悟を決めて立ち上がり、奈江に向かって歩いていく。
奈江も俺のことに気づいてくれたようで、まるで母親の様に「任せて」と言わんばかりに優しく微笑む。
だが、そんなことは気にせずにズンズンと歩みを進めると、花を踏ませないためにかヒガンバナはするりと消えた。
「…奈江」
「うん…」
「………」
彼女が求めてるかどうかなんて聞かずに、無言で強く抱きしめる。
「…?…?!?!」
奈江の顔なんて見えない。
これで嫌がられてたらもう死ぬ。
無関係なのにいつの間にか命が狙われていた上司の代わりに死ぬ。
甘すぎる匂いが鼻孔をくすぐる。
…この匂いだってそれこそヒガンバナなのにように毒で、嗅いだものをとろけさせる猛毒だ。
寝る前に抱きしめられるときは大体その猛毒のせいで堕ちてしまう。
でも、今はそんなものに堕ちたりしない。
ていうか、ここで寝たら奈江も困惑するだろう。
一頻り考え事をして奈江に抱きついていると、ふにゃりと奈江がもたれてくる。
「どうしたんです…?」
「とろけてるわよ、奈江」
「ふへぇ…」
肩を掴んで、顔が見ると確かにとろけている。
うっかり下を見てしまうとはちきれん胸の谷間がいつも通り見えているので、すかさず前を向く。
「これで…良かったんですよね?」
「奈江は大満足でしょ、ほらベットまで運んであげなさい」
「へーい…ってこれ魔女服」
一度奈江をベットに寝かせて気付く。
「大丈夫、それ触ってみ」
「はあ」
言われた通り、奈江の魔女服の袖辺りを触ってみると、ベロア素材のような触り心地の良いもの。
奈江の体温でかなりぬくぬくである。
「奈江はいつ寝るか分からないから、そうやって対策済みよ」
「そーですか、んじゃ」
奈江をお姫様だっこのように抱える、すると奈江は後ろに手を回してきた。
「あんたも明日仕事なんだから、奈江の暖房の代わりに一緒にもう寝なさい」
「暖房て…ま、分かりましたよ。お休みなさい」
「んー、お休みー」
ドアを通り抜け、階段を上る。
そして自室の扉を奈江の蔦が器用に開けてくれれば、ハロウィンだろうとなかろうと、いつも変わらない部屋はそこにある。
「…よいしょ」
ゆっくりとベットに奈江を置くと、後ろに回されていた手が落ちていき、首を優しく触りぞくりと来てしまう。
「ふへぇ…ふふ」
「幸せそうだなぁ、このこの」
とろけきっている頬をぺちぺちと軽く叩く。
ぱさりと落ちていたとんがり帽子も蔦が回収してくれていて、もしかしてこいつ自分の意思か何かあるんじゃないかと考えさせる。
「あんがとさん」
蔦にお礼を言うと嬉しそうに…なのかは知らないけどうねうねし始める。
それを見て、ほっこりとした気持ちになってからもぞもぞと布団に入ると奈江が身を寄せてきた。
最近では俺と抱き枕のどっちを抱いて寝るかで彼女は葛藤しているらしく、よく布団の上で唸っている。
そして今日は俺らしい。
「お休み、奈江」
「ふふふ…じょーし…つぶす」
「…………」
過激な発言が聞こえてきたが、気はせずに目を瞑る。
最後にふと、アサガオの花が天井に咲いているのが瞳に映った。