三日目
三話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
…おはようございます。
自分にそう言って、朝だということをしっかりと分からせる。
今日が終われば明日は休み、
その事が俺を微睡みから防いでくれて、すっと目が開いた。
そしてその目に写るのは幸せそうにこちらに抱きついて、ぬくもりを与えてくれる奈江だった。
昨日、彼女に蔦で絡められそのまま寝かされた俺は、そのことを確認するために、足元を見るが、周りを見回してもどこにも蔦のようなものはなくかった。いつもと違うといえば奈江を追い出すために開けた扉がそのままだということぐらいだ。
…それはつまり、昨日のことは夢ではなく、一昨日含め、不思議で不気味なことが起きたということの証拠となるのではないのだろうか。
とりあえず、と布団から抜け出し、外を見てみれば、太陽が登り始め、外が少し明るくなっていた。
「何なんだよ…」
頭を掻いて理解できないものを必死に理解しようとする。
朝のぼやけた頭にはきつかったが、これは早急に解決しなければいけない問題なのだ。
素直に橋岡さんに話すか…?
いや、だが話してどうなる。
別に実害は受けてないし、むしろ得をさせてもらいっぱなしだ。それを、恩を仇で返す気にはなれない。
「とりあえず…着替えるか…」
そう思い立ち、部屋から出ていこうと開けっぱなしの扉に向かうと手が掴まれる、内心かなり驚きながら振り返れば、奈江が行かせまいとこちらを見つめながら手を握っていた。また蔦を巻き付けて。
「お前っ…これ何なんだよ!」
「……」
蔦を見て、朝っぱらから声を荒げてしまうが、こうでしもないと、恐怖が勝ってしまう。
震えている自分の声を聞いて少し、情けなくなった。
「これ…?」
奈江は自分にも巻き付いている蔦を見ると、また目線を戻しこちらを見てきた。
緑色の瞳は本当になにも理解していない。
どうしようかと、奈江を見たまま固まっていると、廊下からドスドス足音が響いた。
「要うるさいんだけどぉ!人が寝てるときにさぁ!ってああ奈江もここにいたんだ、仲良く手なんて繋いじゃってぇ」
不機嫌そうに部屋に入ってきた橋岡さんは繋がれた手を見て、一昨日同様ににやりと笑う。
こちらも俺と同じでスウェットを着ていてちらりとへそも下着も見えているが全然嬉しくない。むしろ辛い。
「橋岡さん!これ蔦!これ!」
「うん、知ってるけど」
「いやこれ!奈江から…」
「だから、知ってるって、奈江の周りから伸びてきたんでしょ?」
「へっ…?」
「もう朝からめんどくさい……ほらついてきて」
そう言って橋岡さんはまた廊下に向かっていった、階段を下りていく音が聞こえた。
それを聞いた後、戸惑いながら進もうとするが蔦で動けないので、どうにかしろと奈江を見る。
「むふー」
動きたければ私を抱っこしろと言っているのか、腕をガバッと開いた。
腕を上げたことで蔦が引っ張られて少しよろける。
「はぁ…分かった…」
今は一刻も早くこの謎を解きたい。朝から重労働ではあるが、安心した生活のためと自分に言い聞かせ、奈江に近づき、抱き上げる。
すると奈江はこちらに強く抱きついてきた、ふんわりとした優しい匂いが全身を包み、いつまでも嗅いでいたくなるが、頑張って抗い進んでいく。
間近に見える腕の蔦は、本当に作り物でも何でもなくただの植物だった。
ゆっくりと転ばないように階段を降りて橋岡さんを探すと、縁側で座っていてこちらを手招きしていた。
「奈江の輸送ごくろうさま、んでこれ見てよ」
指差す先には橋岡さんが手入れをしている庭、前よりも花やら草がかなり増えているのは、育てるのに余裕が出来て増やしたのだろうか。
「これがどうしたんです…?」
「んー、これ前より植えてある花とか増えたでしょ?それ全部その子がやったの」
「は?」
「昨日、奈江のために服買ってきたって言ったじゃん?それで、帰ってきたら庭で突っ立って日光浴してて、ずっとそのまま見てたら生えてきたの、この花達が」
「本当に?」
「なんで私が今嘘つかないといけないのよ」
「いやドッキリ…」
「違うっつーの」
冷たく返され、気まずくなってもう一度庭を見る。
これを…ねぇ。
不意に握られている手がくすぐったくなり、見てみると握られている手離されていて、その手を奈江が今度は両手でふにふに触っていた。
そして見られていることに気付くと恥ずかしそうに頬を染めて微笑んだ。
彼女のこの笑顔からして多分、これが害のあるものではないのはすぐ理解が出来た。
むしろ彼女のお陰で昨日はすんなりと寝れたのだ、お礼の一つでも言ってあげたいぐらい。
でもそれは理解できないものには中々出来ない、映画で出てくる化け物よりも可愛らしく、いるだけで楽しい存在だとしても扱い自体はさほど変えられない。
「…橋岡さんは奈江と一緒に暮らせます?」
「うん。別に最悪このまま花が増えていったらいったで、植物園でも開こうかなとか考えてるし、あんたは無理なの?」
「俺は…」
たった二日で色々なことが起こり理解が追い付かない。
でも、一昨日の事があって不安だった昨日は背中を見せても大丈夫なぐらいには、なにもされない、害は無いということがはっきりと分かっていたのだ。
だったら一緒に住んでもいいんじゃないだろうか、
ほらラッキースケベとか増えそうだし。
自分にふざけた考えを押し付け、大丈夫と口に出そうとするが
「ぁ…」
すんなりとは言えない、何かが喉につまって、この言葉を言わせないようにしている、そんな気さえした。
「ま、私が何も考えてないだけなのかもね、答えは今日の夜まで待ったげるよ、よーく考えておいて、じゃっ朝食の準備してくるからー」
「はい…」
あくびをかいて、橋岡さんは共同スペースに歩いていった。
…多分奈江についてはずっと一緒に暮らしていけば慣れるのだろう、だけどその多分が怖い、考えすぎかもしれないがもし理解できなかったらどうするのか、
それこそ映画のような展開でこの日常を潰されたらどう思うのか………
被害妄想も酷いところだ。
「なぁ、奈江はどう思う?」
話の中心の奈江は呑気に俺の隣で座っている。
「やだ」
「そっか」
「絶対にやだ」
奈江の隣に座り込むと、今度は体を寄せてきてこちらに、体重を預けてきた。
そして俺の手に自分の手を置くとまるで何時ものように、
蔦がどこからか来て、動かないように巻き付けてきた。
昨日の夜の時より締め付けるのが強いのは、嫌だという事を表しているのだろうか。
登っている太陽は、こちらを照らし、いつまでも輝いていた。
「あぁ…もう…」
仕事が終わり明日から休みなだが、その前に終わらせなければならないことがあり、複雑な心境だった。
「ぁぁ…」
花ユリ荘の玄関前でウロウロすることぴったり三十分、
そろそろ開けないと、橋岡さんから疑われる。
基本終わってから直帰していて、どれぐらいで帰ってくるかを橋岡さんが知っている以上、嫌になって逃げたか、そこら辺にいるかとかがバレる。
うんうん唸っているとガラッと玄関が開き仁王立ちをしている橋岡さんが現れる。
「あんたさぁ、玄関前でうろつくのやめてくんない?警察呼びそうになったんだけど」
バレた。
「いや…」
「ま、分からないでもないよ、ずっと考えてたんでしょ?」
「えぇ…まぁ」
廊下の奥を見れば、不安そうに奈江がこちらを見つめてきている。
その瞳は少し潤んでいる気がする。
「じゃ、ほら上がった上がった、さっさと教えてよ」
「はい…」
一応答えは出ている、昼休みと仕事をすべてほっぽりだして考え出した答えが。
…その答えとは俺がここから出ていくことだ、また別に家を見つける。
なつかれて嬉しいしラッキースケベも嬉しい、だけどそれは別に俺が望んでいたものではなく、ましてやこの子は素性が知れない、分からないことは何よりも怖くて、理解できないのはもっと怖い。
一番それを回避しやすいのは逃げることだ、逃げて逃げて逃げて、そうやってどこかへ消えていく。
この二人のことだ、美人だし、橋岡さんは家事がうまいし、多分俺がいなくてもやっていけるはず。
この答えは絶対で、揺るぎはしない。
急いで橋岡さんの後ろを追いかけると、後ろからペタペタ足音がして、奈江がついてきてるのだと分からせてくれる。
「じゃ、ここにいるか出ていくか教えてくれる?」
椅子に座り、どっかのエヴァンゲリオンをよろしく肘を机について口の辺りでてを手を重ねる。
何故か知らないが奈江は真後ろにいる。
「…俺も…まぁ考えて」
「うん」
「…………」
「それで、何ですけどやっぱりあの…出ていく」
「今だよ!奈江!」
瞬間椅子と俺をまとめて蔦が結ぶ。
椅子から動くことができなくなり、頭が真っ白になる。
「あんたのことだから、どうせめんどくさがって出ていくって言うと思ってたよ!」
「絶対にやだ…」
「えっ?」
「…奈江から頼まれたの、もしあんたが出ていくっていったら止めてくれって、協力はするからって」
「奈江が?」
ほとんど喋らない奈江がそんなこと言うだろうか。
確認をかねて、真横に来た奈江を見ると、コクコクと頷き、少ししゃがんでこちらの頬をいじり始めた。
その手は優しく、どこか母親を思い出してしまう。
「要、あんたにもう一度、本当の正しい質問をする!ここで奈江と仲良く暮らすか、ここで奈江と仲良く暮らすか、よ!」
どうあがいても仲良く暮らすしかないんですけど。
はいとイエス、状態を迫られ理解が追い付かない。
「ちなみに今なら美人なお姉さんと今後とも仲良く出来る権利がつきます!」
ちょっとしたおまけがつき、お得な感じが出る。
これは多分諦めた方がいいとは思うが、男に二言はないという言葉が何故か頭をよぎった。
「わ、分かりました…はい」
よぎっただけだった。
俺が分かったというと頬をいじっていた奈江は蔦をまた何処かにスルスルと戻していきこちらに抱きついてきた。
「ずっと一緒…」
「じゃ、こっからもよろしく、要」
「ぇぇ…」
その後、寝るときもまた昨日のようにされ、まるでさっさと慣れてくれと言わんばかりに強く、何度も抱きしめられることとなった。
美人な変人とよく分からないやつに素直な答えは通用しない、これは俺のとてもいい教訓となったのだ。
外には春が来たのだと感じさせる暖かい風が吹き始めた頃である。