令嬢マリアールのつたない嘘
目の前に座っているのは、豪族であるマキュベスト家の息女マリアール。
入念に手入れをした美しいブロンドの髪を見事に結い上げ、上品なドレスを身にまとった彼女は、ミイの目の前で深く溜め息を吐いた。
「つまり、貴方をつけまわす不審者を捕まえて欲しいということですか?」
随分と回りくどく長ったらしい説明だったが、要約すればこういうことになる。
「捕まえるといいますか……。そうですわね。わたくしの周辺からその人の姿を消し去って欲しいのです」
マリアールは憂いをたたえた瞳でミイを、次いでムウルを見つめた。
今回の一件は、果物屋の奥さんが買い出しに来たマキュベスト家の家人としていた会話をムウルが耳にしたことに端を発する。
ムウルは突然会話に割り込み、自分に任せてもらえればなんとかする、と豪語したのだとか。
もちろん、ムウルがなんの理由もなく動くわけがない。
これは、ムウルたちが狙っている指輪にも関係することなのだ。
ミイはその手伝いということでムウルに同行している。
「わかりました」
ムウルは眉間にしわを寄せて、ひとつうなずいた。
応接室と思われる広い部屋には毛足の長い絨毯が敷かれ、その上に置かれた調度品はどれもかなりの高級品だ。
ミイとムウルが腰掛けているソファの座り心地もかなり良い。
「依頼をお受けしていただけるということでしょうか?」
「はい。さっそく調査にとりかからせていただきます。ですが……」
そこでムウルが口ごもる。
「お訊きしておきたいことが幾つかあります」
ムウルの言葉をミイが継いだ。
この屋敷に入る時、門にはもちろん警備員がいた。
門を入ってから屋敷までは少し距離がある。
たとえ不審者がうろついているのだとしても、それほど害があるとは思えなかった。
どのようにしてマリアールが不審者の存在に気づいたのかも気になる。
例え警備員から報告があったのだとしても、不審者の狙いがマリアールであるとわかったのは何故なのか。
マリアールはミイを見て小首を傾げた。
その動作すら優雅だ。
ミイは続けた。
「あの、失礼ですが犯人に心当たりがおありになるんですか?」
「いえ、そんな……。ありませんわ。そう、心当たりなど……」
あからさまに動揺するマリアールを見て、ミイは目を伏せた。
少し考えれば予測できる質問にこれほど動揺しているようでは、この先大変だろう、といらぬ心配をしてしまう。
しかしミイの仕事はムウルの助手で、ムウルの仕事は依頼人のたわいもない嘘を暴くことではなく、依頼を遂行することなのだ。
「そうですか。では、何故その不審者がマリアール様を狙っているのだとおわかりになったのですか?」
「あの……。目が……、目が合ったのです。そう、目が合ったのですわ。馬車で外出する時や帰宅した時などに。彼はいつも決まった場所に立ち、こちらをじっと見つめているのです」
ミイはムウルにうなずいてみせた。
「ありがとうございます。では、さっそく調査にとりかかりましょう。調査状況はまた報告に伺います」
「よろしくお願いします」
「はい。おまかせください」
ムウルは自信に満ち溢れた顔でそう答えた。
そうして、二人は部屋を辞したのだ。
とりあえずこの屋敷の周辺を調べる必要がある。
目撃者がいるかもしれないし、相手がマリアールの知り合いであるならば、家人に聞けば以外と早く素性も明らかにできるだろう。
マリアールのついた嘘など、その過程ですぐ明らかになるはずだ。
ミイとムウルはさっさと仕事を終わらせるべく行動を開始した。