旅立ちの日
「行くか」
カシュールカは家の中をぐるりと見渡した。
なんやかんやで住み心地の悪くなかったこの家には、愛着のようなものが生じていた。
けれど、脱獄の一件もある。
当分の間、ここに戻ってくることはないだろう。
「そうだね」
酒瓶を片手に持ったサクが、一つ頷いた。
「サク、あなたまさか荷物はそれだけなの!?」
「これ?」
サクが酒瓶を持ち上げる。
「それ!」
ミイが眉間にしわを寄せる。
「何か問題が?」
「……大有りな気がするわ」
「気にしないことだね。細かいことを気にしてたら、旅なんてできないよ。じゃ、先に行ってるからね」
サクはそう言うと、逃げるように家から出て行った。
「ねえ、カシュールカ、あれで大丈夫なの?」
「大丈夫なんだろ。何か問題があったら、その時考えればいいんだしさ」
「カシュールカ、考えるのが面倒だからって後回しにすると、後が大変になるのよ、後が!」
「じゃあ、ミイがなんとかすればいい」
「イヤよ。あたしだって、やらなきゃいけないこと以外はやりたくないもの」
しばしの沈黙。
「ま、なるようになるさ」
「そうね……。まあ、なにも今、考えなくてもいいかもしれないわね……」
ミイはあっさりと妥協することにした。
「それにしても……」
カシュールカがミイの首筋に手を伸ばす。
その手首にはラクドット家の家宝を魔術に寄って変形した腕輪がはめられている。
あの後、ミイからカシュールカの手元へと戻ってきたものだ。
「なに?」
「跡形もなく消えて、良かったな」
ミイはカシュールカの手の上から、そっと首筋に手を添える。
「そうね。サクがロークの魔力を封印してくれたおかげだわ」
サクは再びフォートスを眼窩に封じることに成功した。
その時、ロークはまだ生きていた。とどめを刺すことはしなかった。
だが、サクはロークに魔術師としての死を与えたのだ。
ロークの両手の甲にツアッシュクロスを刻み、彼の魔力を封印したのだという。
少なくとも、サクが命を失うか、能力を失うまでは例えロークがどこかで生きていようと、彼に魔力が戻ることはない、と。
サクがロークの魔力を封印したことにより、ミイに刻まれていた印は消え、ミイは目に見えない鎖から解放された。
しかし、それは目に見えなくなっただけで、完全に取り除かれたわけではないのだ。
「つまり、サクに死なれちゃあ困るってことよね」
「まあ、そうだな。サクに何かがあって、ロークの封印が解けるようなことがあれば、ロークの魔力は戻る。その時、消えたはずのツアッシュクロスがどうなるかわからないしな」
今後のミイの運命は、サクによって大きく左右されるということだ。
ミイとカシュールカは、そろってサクが出て行ったばかりの扉へ目を向けるのだった。




