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台所掃除と恩人への感謝

 翌日、ミイは窓から差し込む日の光によって目を覚ました。


 ばたんと勢いよく窓を開け放つと、すぐ下の通りを行き交う人々の頭が見える。

 それから上に目を向けた。

 太陽がずいぶんと高い位置にある。


 しまった、寝坊だ!


 ミイは青くなった。

 慌てて服を着替え、肩上で切りそろえた髪を手櫛で梳くと、そのまま部屋を飛び出した。

 どたばたという足音を響かせながら階段を下りる。


 よりによって初日から寝坊はまずいだろう。

 なんと言い訳をするべきか……と高速で思考していた脳が、ぱたりとその活動を止めた。


 一階のフロアは、しんと静まり返っていたのだ。


 誰の姿もない。

 窓際のテーブルの上には、何本もの酒瓶がそのまま放置されている。

 が、昨日、そこに座っていた二人の姿はない。


 ミイはゆっくりとフロアを見渡す。

 階段の下に一つドアがあり、そこがトイレであることは昨日のうちに確認済みだ。


 それ以外に、ドアは三つ。

 共に入り口のドアの正面に並んでいる。

 確か、向かって右がカシューカシュールカの部屋、左がサクの部屋。

 真ん中は空き部屋兼物置だと聞いている。


「なあんだ。まだ誰も起きてないのか」


 ミイは小さく呟いて、肩の力を抜く。

 さて、どうしたものか。


 とりあえず、二人が起きて来ないことには、探りをいれることすらできない。

 ミイはひとつ溜め息を吐いた。


 とりあえず通常業務をこなすべきだろう。

 やらねばならないことで、真っ先に思い浮かぶのは、やはり例のあれだ。


 やりたくないと思ってしまうその気持ちを抑えて、これは仕事なのよ、と心の中で呟く。


 もしかしたら、あの台所の中のどこかに自分の探しているものがあるかもしれない。

 可能性はゼロではないはずだ。

 いや、あんなところにはないか……。


 ミイは自分で自分の思いつきをあっさりと否定した。

 しかし、あそこが自分の目的とは無関係であるとしても、やはりあの台所を片付けないわけにはいかないだろう。

 ここで生活をする為には。


 ミイは覚悟を決めて、台所へ踏み込んだ。



 ―――



「やかましい」


 ミイが時間の経つのも忘れて台所掃除に没頭していると、背後から突然声をかけられた。

 顔をあげるとカシュールカが台所の入り口にもたれかかるようにして立っている。


「カシュールカさん……。すみません」

「別に、片付ける必要なんてないって言わなかったっけ?」


「あのでも、ここで暮らす以上台所が使えないと色々と不都合が……。自分の為にやっているだけなんです。うるさくしてしまって申し訳ありませんでした」


 ミイは畏まって詫びる。

 時刻は既に昼をまわっているはずだ。

 こんな時間まで寝ている方が悪いと言ってしまいそうになり、ミイは慌てて自分を律する。


 今の自分は、ここで雇ってもらえたことを心から感謝している少女なのだ。

 大げさに言ってしまえば、恩人であると言えないこともない。


 そう、これは恩人。

 このぬぼーっと立てる男は、恩人なのだ。

 恩人対しては感謝の意を表して、従順な態度を取らなくては。


「いや、別にいいけどさ。キレイになって困るわけじゃないし。サクもそろそろ起きてくるだろう。でも、昨日も言ったけど、はりきって働いたって大層な給料は出せないぞ」

「はい。わかっています。住む場所と食事の心配さえなければ、お金なんてなくても生きていけますから」


「いや、それはそうかもしれないけどさ……ま、いっか。本人がそれでいいって言ってるんだしな」


 カシュールカは、なにかを言おうとしたらしいが、途中で面倒になったようだ。


「はい。構いません。あ、お昼ご飯は、どうなさいますか?」


 ふと、自分も起きてから何も食べていなかったことを思い出した。


「昼飯? んー……。まだ起きたばかりだし、食えないなぁ。あ、パンでも買って来て、置いておいてもらえれば、後で食うかも」

「わかりました」


 ミイは手にしていた雑巾をバケツの中で洗い、バケツのふちにかけた。

 片付けたばかりのシンクで手を洗う。


 壁際に設置されている食器棚の中も拭き、まだ使えそうな食器は洗ってその中にしまった。

 シンクの中で割れたりひびが入ったりしていた食器は分別して置いてある。


「金……金……」


 カシュールカが服をまさぐっている。

 やがて、昨日のようにポケットからなにかがひっぱりだされた。

 今度はしわくちゃの紙幣だった。


「……あの、それって、もしかしてズボンと一緒に洗濯されてしまったんじゃ……」

「え? ああ、ま、いいんじゃない? 本物だし洗ってあってもなくっても金はかねだ。じゃ、よろしく」


 カシュールカはそう言うとしわくしゃの紙幣をミイに手渡す。


「あ、はい。じゃあ、行って来ます」

「いってらっしゃーい」


 ミイは一礼して、カシュールカの前を通過する。

 カシュールカはひらひらとこれまた面倒そうに手を振って、ミイを見送った。

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