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ふたりの魔術師

 ――止められなかった。


 サクは顔の左半分を手で覆い、残っている右の瞳でそれを見上げていた。


 まるで月をも串刺しにしてしまいそうな二本の鋭い角を持ち、城のひとつなど簡単に覆い隠せそうなほどに大きな両翼を広げて空を舞う漆黒の獣。


それは――悪魔。


「フォートス……」


 サクはその名を小さく漏らす。


 その姿を目にするのは、これが二度目だった。

 一度目はあの日。

 生き残るために、自分たちを救ってくれるなにかを求めていた、あの時。


 無我夢中だった。

 誰でもいい、なんでもいい。


 僕の主を、クアシュカ様を、どうか助けて。

 

 サクのそんな呼びかけに応えたのが、この悪魔だった。

 

 サクがこれまでに遭遇したことがないほどの、強大な力を持つ、恐ろしい悪魔。


 当時のサクには、それほどの存在を従属させるだけの能力はなかった。

 召喚されたそれは暴走し、屋敷を崩壊させ、命あるものを次々と屠った。


 自分が呼び出したそれは、自分たちを救ってくれるような、そんな代物ではなかった。


 破壊し、破壊し、破壊し続けるモノ――。


 還すこともできず、サクは自らの左目を代償に、その悪魔を自分の眼窩に封印した。

 左目ひとつを犠牲にする程度で、フォートスを封じられたのは、まさに奇跡。


 師の、ツアッシュクロス。印そのもののもつ力のおかげだった。 


 しかし今、封印は強引に解かれた。


 ロークの攻撃はサクの左目を狙っていた。

 あのままでは、フォートスは自らの能力を使えないままに屠られてしまう可能性があった。


 もちろん、ローク自身にはフォートスを滅するつもりなどなかっただろうけれども。


 サク自身の力が弱まっている今、自らの危機を察知したフォートスの暴れ出そうとする力のほうが上回ってしまった。


 そしてサクの目の前に広がるこの光景。これはあの夜と同じ。


 瓦礫と化した屋敷の残骸、転がる屍。


 カシュールカたちは無事だろうか。


 ちらりと、無残な姿になった屋敷に目をやるが、ここからではもちろん、仲間の無事など判別できはしない。


 魔術で呼び出すことのできるモノは、多種多様だ。

 悪魔、魔物、精霊、その他諸々の、ナニとも判別できない何か。


 故意であろうが、過失であろうが、結果として自らの能力で制御できないほどのなにかを呼び出してしまった場合、ただでは済まない。


 術者も、そしてその周囲の人も、だ。


 けれど――カシュールカとミイは、きっと無事でいる。

 ムウルと、その仲間たちも、きっと。


 そう、信じている。


 だからこそ、今は自分にしかできないことを、やるしかない。


 一刻も早く、フォートスを再び封じなければ。

 なにを代償にしてでも。


 サクは、体を起こし、折れそうになる膝に力をこめ、立ち上がる。

 よろつきながらも、地面に転がっている杖を、なんとか拾い上げた。

 

 その時だった。


「ふっ、ふあっははは、はーっははははははは!!」


 狂気の滲むロークの声が響き渡り、サクは眉をしかめて振り返った。

 

 フォートスが現れる際の衝撃で吹き飛ばされて傷ついたのだろう、頭部と口の端から血を流し、服はぼろぼろで、左腕は明らかにおかしな方へ曲がったまま、ロークは地に立ち、空を見上げ、哄笑している。

 

「おまえは……」


「この時をっ、この時こそを待っていたのだっ! 愚かなおまえが封じてしまったばかりに、誰も手が出せなかったこの悪魔を、今こそ、おれが、この手にっ!」


「おまえが?」


 サクは、ロークと、フォートスとを交互に見やった。


 誰か封じられるものなら、封じてくれ。

 還せるものなら、還してほしい。


 無責任な、そういう考えが過ったことなどない、とは言えない。


 誰にも頼れず、ただひとり、この強大な悪魔と対しなければならない恐怖に、精神がいかれてしまいそうになったこともある。 

  

 ロークは、優秀な魔術師だ。

 サクの尊敬する――尊敬していた、兄弟子。

  

 その後研鑽を積んでいたというのなら、この兄弟子であれば、もしかしたらフォートスと契約を結び、使役することができるかもしれない。


 けれど。


 ロークの目指すものと、サクが求める未来は、重ならない。

 ロークに強大な力を与えてしまえば、サクの望む世界は訪れない。


 それがわかるから。

 だからこそ、自分は。


「愚かな魔術師よ。そこで見ているがいい。正しき魔術師の姿というものをっ!」  

 

ロークが、無事な右腕を掲げ、叫ぶ。


「どんなのが正しい魔術師の姿で、どんなのが誤っている魔術師なのか、僕には正直わからないけれどね。でも――そう。おまえのやりたいようにさせちゃいけないっていうのは、わかってるつもりだよ。これでもね」


 サクは口の端を上げ、杖の先をロークへと向けて告げた。  

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