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ふたりの少女

「やめて―――――っ!」


 悲鳴が聞こえる。

 次いで衝撃がカシュールカを襲った。


 ギイィンという鉄と鉄のぶつかる音と、目の前で飛び散る火花。

 カシュールカは目を見張った。


「ムウルッ」


「よ。悪ぃ、遅くなっちまった。ミイもルカさんも、生きてんな?」  


 首なし甲冑の剣を片手で握った剣で受け、もう片方の手でその剣の中ほどを支えながら、ムウルはにっと笑った。

 

 先ほどの衝撃は、ムウルがカシュールカを突き飛ばした衝撃だったのだ。


 ムウルがぐいぐいと剣を押し返す。

 首なし甲冑が後退を余儀なくされる。 


 その隙にカシュールカは袖を引きちぎり、その布で傷の止血をしながら、ミイを見やる。


 先ほどの悲鳴は、間違いなくミイのものだった。

 ミイは腰を浮かせてこちらを見ていた。


 イルソンは険しい顔をミイに向けている。


 カシュールカは首なし甲冑をムウルに任せ、その傍らを駆け抜ける。

 そのまま剣を拾い、ミイに気をとられているイルソンの首筋に剣先を突きつけた。


「ここまでだ」

「邪魔をしないでもらえないか」

「なに?」


 イルソンは煩わしそうな視線をカシュールカに向けると、再びミイへと向き直った。


「ルミナ、私以外の物に興味を持ってはいけない。そう教えたはずだ」 


 イルソンは自分が剣を突きつけられていることを気にする素振りも見せず、ミイの首輪に繋がる鎖をくいと引っ張る。

 鎖を引かれ、ミイの体がイルソンの方へとよろめいた。


「よせ、ミイを放せっ!」


 カシュールカがイルソンの肩を押しとどめる。


「私に触るな」

「ふざけるな!」


 カシュールカは鎖を握ると、剣の柄で、イルソンの腹を突いた。

 イルソンが背を丸め、蹲る。


 その隙にカシュールカはミイの首輪に繋がる鎖の輪の一つに剣先を沿えると、勢いをつけて上から一気に体重をかけた。


 耳障りな音がして、鎖の輪が砕ける。


「大丈夫か、ミイ」

「カシュールカ、あたし……」


 剣を鞘に戻してミイを片手で抱え、イルソンから距離を取る。

 イルソンは腹に手を当て、ゆっくりと立ち上がるところだった。


 カシュールカの背後ではムウルが首なし甲冑を足止めしてくれている。


「なんて顔してるんだ、おまえ。しっかりしろよ」

「あたし……」


「ルミナ、私を裏切るのか。おまえの首に棲むその二匹の龍は、裏切りを許しはしない。それでもいいのか」


「あたし……。あたし、ルミナじゃないわ!!」


 ミイがきっぱりと告げた。


 その声からは、はっきりとミイの意思が――自分自身でありたいと思っている、その気持ちが強く伝わってきた。

 

 そのことに、カシュールカは心から安堵する。

 ミイ本人が、そう思ってくれることが、大事だからだ。


 ミイの言葉を聞いたイルソンは、突如、大声で笑い出した。


「馬鹿なことを……。おまえはルミナだ。私が愛したルミナだ。それ以外の何者でもない。今までも、これからも、おまえはルミナなのだ」


「イルソンさま……、いえ、イルソン。現実を見て。一体、あたしのどこがルミナだと言うの? ルミナはもっとキレイだったわ。くせのある髪はいつもふわふわと踊っていたし、瞳は透き通る青。すっと通った鼻筋に、桃色の柔らかい唇。ねえ、あたしなんか、全然ルミナと似てないじゃない。あなたの愛したルミナは、こんな貧弱で地味な顔した女の子じゃなかったわ! ねえ、目を覚まして!」


 イルソンは明らかに動揺していた。

 顔色がみるみる蒼褪めてゆく。


「ルミナ……、おまえは綺麗だよ。充分美しい。だからルミナ……」


「違う! ルミナは殺された。あの夜、留守番のために残っていたあの男は、苛立っていた。自分ひとりがのけ者にされたと、怒り狂っていたのよ。そしてその怒りの矛先はあたしたち奴隷に向けられた。その中でもひときわキレイだったルミナは……、あたしの親友だったルミナは、あの男に……っ!」


「あの、男……」


 イルソンは封印した過去の記憶を、ミイが詳細に語ることにより徐々に思い出しているようだった。


「そう。あなたが殺したんだわ。たったひとり、生き残って戻ってきたあなたは、無残なルミナの亡骸を見た。見たのよ。そして怒り狂ったあなたはあの男を殺した。だからあなたはゾルショワナの頭領としてここに居る。そうでしょう? ねえ、思い出した? あなたは……哀しみのあまり、我を忘れた。ルミナの死を受け入れるのを拒否した。ルミナの亡骸の傍らで呆然としていたあたしをルミナだと思い込むことで、今までずっとルミナの死を否定し続けていた」


「ルミナ……、ああ、ルミナ……」


 ミイが、イルソンに現実をつきつけるように、過去を語っている。

 ミイにとっても、辛いだろう記憶を掘り起こしながら。


「ルミナはあなたの優しさが嬉しいと、そう言っていたわ。あたしも、あなたが優しいことは知っていた。人として扱われないあたしたちにとって、あなたの優しさはとても心に沁みたわ。だから、あなたがあたしをルミナだと言った時、あなたの思うようにさせてあげようと思った。けれど……あなたはそれまでのあなたとは比べ物にならないくらいに変わってしまった。あたし、恐ろしくなった。だから逃げ出した。けれど……」


 ミイはそっと首筋の印に触れた。


「痛むのか?」


 カシュールカが問うと、ミイが眉をしかめながらうなずいた。


 外でふたりの魔術師が闘っている。それも、関係の深いふたりが。

 その影響が印のほうにも現れる。


 それはやむを得ないことだろう。


「でも、我慢できないほどじゃないから。それより――ルミナのこと、黙っていてごめんなさい」


 ミイが、カシュールカに向かって詫びる。

 

「ルミナは、生きていたんだな……」

「でも、死んだわ。三年前の、あの夜。ラクドット家が滅んだ、あの夜に。皮肉なものね」


 カシュールカの口から洩れた言葉に、ミイが応えた。


「ルミナ……」


 ああ、とイルソンは泣き崩れる。

 自らを騙すことで作り出した偽りの世界から、今ここに在る現実の世界へと、イルソンは戻ってきたようだ。


「おい、話は終わったのか?」


 ムウルが首なし甲冑に足払いをかけて、床に転がす。

 カシュールカが返事をしようとしたその時、カシュールカの胸が、激しく痛んだ。


 正しくは胸ではない、胸に刻まれた印だ。

 ミイも苦しそうに首筋を押さえている。


 ぞわり、と鳥肌が立つ。

 この感覚。

 これは――。


 あれが来る!


 逃げる時間はない。


「なにかの陰に隠れろっ!」


 カシュールカはムウルに向けて叫ぶと、自分はミイを抱えてデスクの下に転がり込んだ。

 次の瞬間、暴力的なまでの白い光が、カシュールカたちを襲った。

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