嫉妬と手加減と開かれる扉
地面に叩きつけられる寸前、サクは地面との間に風を巻き起こして衝撃を軽減したものの、落下のショックは相当なものだった。
「がはっ!」
サクはもんどりうって地面に転がる。
即座に身を起こそうとするが、体に力が入らない。
なんとか目を開き、ロークの姿を探すと、すぐ傍でサクを見下ろしていた。
「なんだ、この程度なのか? これじゃあ、おまえに嫉妬していたおれが馬鹿みたいじゃないか、なあ」
「嫉妬……だって?」
「そうさ、嫉妬だ。なんでも手に入れることのできるおまえに嫉妬したのさ。才能も、友人も、期待も。おまえはさした努力もせずに手に入れる。じゃあ、おれの血を吐くようなあの努力はなんなんだ。寝る間も惜しみ、研究と修行に明け暮れたおれがやっと手に入れられる物を、おまえはなんの苦労もせずに一瞬で手に入れる。おれの努力はなんだ? 苦労はなんだ? 今まで一つひとつ積み重ねて来た物は? おまえから見れば、おれはさぞかし滑稽だったろうさ。なあ、サク」
「それが……それが、あの夜の悲劇を生む原因だったと言うのか?」
サクはなんとか上半身を起こし、ロークを睨みつける。
「そうさ。他になにがある? おまえが易々と手に入れた全てを、壊してやろうと思ったのさ。だからイルソンさまを通じてゾルショワナを手引きした。貴族潰しのゾルショワナだったら、きっと全てを破壊してくれると思った。予想通りだったよ。ただし……、建物を破壊したのはおまえ自身だったな」
ロークの手がサクへと伸ばされる。
サクは逃げることもできず、ただロークから視線をそらさないだけで精一杯だった。
ロークは右手でサクの前髪を掴み、自分の方へと引き寄せた。
サクの体が引きずられる。
そして、左目が露わになった。
そこにあるのは、ツアッシュクロス。
十字架に二匹の龍が絡まっている印。
「手加減できる立場か? 本気になれよ。とっておきのあの能力を見せてみろよ。じゃないと、死ぬぞ」
ロークの左手に炎が宿る。
この距離だ。
そして今のこの状態。
かわすことは不可能だ。
落下した際に手放してしまった杖は、ロークの後方に転がっている。
手の届く距離ではない。
意識を集中させても、魔力が足りない。
魔術は体の状態と大きく係わっている。
体力を消耗してしまえば、魔術も思い通りには使えない。
サクを見下ろすロークの冷たい目。
本気で殺す気だ。
その目に躊躇は感じられなかった。
サクの開いたその瞳に、迫る炎が映っていた。
※※※
「随分と騒がしいね」
イルソンが廊下へと続くドアを見て楽しそうに言う。
ミイは無言で窓から見える月を眺めていた。
ついさっき、外に眩い光が満ちたのはなんだったのか……。
それを知る術を、ミイは持たない。
ただ、床を伝わる慌しい振動には気づいていた。
誰かの走る振動、なにかの倒れる振動。
そして、分厚いドア越しにでも聞こえる、自分を呼ぶ声。
カシュールカ!
自分はどうして欲しいのだろう。
たとえカシュールカが来ても、一緒に行くことは不可能なのだ。
それなのにカシュールカが来てくれたのだと知って嬉しく思う。
何故……。
※※※
カシュールカはとうとう一番奥の部屋までたどり着いた。
ここまでの部屋に、動く屍の姿はなかったが、人の気配もまたなかった。
「ミイッ」
カシュールカは、願いを込めて、最後の部屋のドアを開けた。




