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こぼれる愚痴と近況報告

 赤茶色の髪を短く刈り上げたムウルが、深い緑色の瞳でミイを見下ろしている。

 身長は男子にしては小柄なのだが、ミイが標準よりも随分と小さいので、どうしても見上げなければならなくなる。


「なんだ、ムウルか。驚かさないでよ」


「悪い悪い。ミイのことが心配で、この辺りをうろうろしてたんだよ。そしたらひとりでふらっと歩くミイの姿を見つけて慌てて追いかけてきたってわけだ。荷物を持ってないってことは、潜入に成功したんだろ?」


「ちょっと、声、大きいよ」

「悪い悪い」


「夕飯を食べるために出てきたの。あそこに住めることにはなったんだけど、あの家、食べ物が何にもないのよ。信じらんない。台所は片付けるのが嫌になる位汚くって、それを掃除しなきゃいけないと思うだけで、もううんざり。しかもあそこの住人ってば、まだ日が昇っているうちからごろごろしているようなのがひとりと、同じく昼間から酒びたりのヤツがひとりで……」


「わかったわかった。ミイ、落ち着けって。飯食うんだろ? 俺も一緒に食うから、とりあえず入ろうぜ」


 一気にまくしたてるミイを、ムウルがなだめる。

 そこでミイはふと我に返った。


 いけない、いけない。

 思いがけず、気を許せる人間に会ってしまったせいで、愚痴をこぼしてしまった。


「あ、ごめん。さっきまで部屋の掃除をしててね、これまたすっごく汚くて、今夜寝られるようにするだけで大変だったの。それでストレスが溜まってるのよ、きっと」

「あはは。ミイは掃除洗濯が大嫌いだもんな」


「だって、面倒じゃない。しなくてもいいなら、絶対やらないわ。掃除洗濯に限らず、何でも。やらなきゃいけないから仕方なくやっているのであって、やらなくてもいいなら、どっぷりと怠惰な生活を堪能したいと常に思っているような人間よ、あたしは」


「はいはい。わかってるって。ミイがそういう人間なのは、充分わかってるからさ」


 ミイとムウルは二人並んで店に入った。

 店内は夕飯時ということもあって、適度ににぎわっている。

 二人は奥の空いているテーブルに腰を下ろした。


「何食べる?」

「なんでもいい」


 ミイは適当に答え、ムウルがミイの好きそうなものを適当に選んで注文した。


 愛想の良いおばさんが注文を繰り返しながらテーブルに水の入ったグラスを二つ置き、調理場の方へと戻ってゆく。

 ミイは大きく揺れる後ろ姿を何とはなしに見送った。


「で、どんな感じなんだ?あそこのヤツらが、何か知っていそうか?」


 ムウルに問われ、ミイは視線を戻した。


「まだ全然わかんない。自分の住む部屋の掃除をしただけだもん。明日から、ぼちぼち探ってみるつもり」


「住人は?」

「男が二人。二人とも若いよ。一人は十八で、もう一人は二十歳とかって言ってたかな」

「ということは、三年前に十四、五歳ってことか。年齢的には当てはまるじゃねえか」

「うん。でも、すごく貧乏くさかった。元貴族には見えない」


「そりゃあ、元は貴族でも、今は何もかも失った一般人だったら、貧乏でもおかしくはねえだろ」

「そうだけど……」


 ミイはあの家の惨状を思い浮かべ、首を振った。

 いくら落ちぶれたとはいえ、生まれてから十年以上、貴族として暮らしをしていた人間が、僅か数年であの環境に適応できるとは思えない。


「この情報、どこから入って来たんだったっけ?」

「アオイ。あいつがガセネタ拾って来るとは思えねえけどなぁ」

「アオイさんか。それじゃあ、もうちょっと粘ってみる価値はあるよね」


 アオイというのは、ムウルが属している一味において、情報収集の役割を一手に担っている女性だ。

 その情報に基づいてムウルたちは行動している。


 いまだにムウルたちが捕らえられもせずに変わらず活動を続けているということが、アオイの情報収集能力の高さと、その情報の信憑性を証明している。


「オレもそう思うぜ」


 ムウルがうんうん、と深くうなずく。


 そこへ、先ほどのおばさんが両手に皿を持ってやって来た。

 どんどん、と勢い良く皿がテーブルの上に置かれる。

 勢いの良さに、皿からシチューが飛び出しそうになる。


 思わずミイは身をひいたが、シチューは再び皿の中におさまった。

 ミイはほっと力を抜く。


 おばさんは特に気にする風でもなく、ごゆっくりね、とにこやかに告げて去っていった。


「ま、ダメだったらとっとと撤収すればいいだけだし。やってみるよ」


 ミイはスプーンを握りながら言った。


「そうだな。それでオレたちの方の仕事でも手伝ってくれよ」

「そうね。まあ、機会があればね」


 身を乗り出してくるムウルに対して、ミイは曖昧な返事をするに留めた。

 ミイは、ムウルの身内ではない。

 そこのところは、うやむやにならないよう、気をつけているつもりだった。


 それよりも、今は食事だ。

 ミイは、ムウルの前の皿に乗っている一口大の肉に目を止めるなり、スプーンで器用にその肉の塊を救い上げ、さっと自分の口の中に放り込んだ。

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