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魔術師の才能と水鏡が映すもの

 ロークは自室でじっと水鏡を覗きこんでいた。


 水面にはまだ何も映らない。

 先ほど感じた気配は、懐かしい、かつての同僚の気配にとてもよく似ていた。

 先日再会した時も感じたものだ。


 気のせいなのか。

 それとも、視られているいることに気づいて、姿を隠したのか。


 ―――

  

 初めてサクと出会ったのは、もう十年も前だろうか。


 師匠が、まだ小さいサクの手を引き、屋敷に連れて来たのだ。

 ロークが十三歳。サクはまだ七、八歳だったはずだ。


 当時、既にロークはラクドット家に仕えていた。


 サクにとって、ロークは兄弟子ということになる。

 実際に、サクには色々なことを教えた。

 弟ができたようで、随分と可愛がってやった。


 サクが年の近いラクドット家嫡子と親しくなるまでは。

 サクにはロークとは比ぶべくもない才能があると気づくまでは。


 師匠はロークとサクを差別したりはしなかった。

 しかしロークには求めない物を、サクには求めた。


 ロークには向けられない期待。

 思い過ごしだったのかもしれない。

 しかし当時の自分にはそうとしか思えなかった。


 サクは可愛かった。

 可愛かったはずだ。


 親も兄弟もいない。

 そんなロークに、初めてできた弟だった。


 しかし、いつしかサクはロークの醜い心に気づいたのだろう。

 なにかが変わった。いや、変わったのは自分の方だったのかもしれない。


 どちらにせよ、ロークは徐々にロークに近寄らなくなった。

 ロークの中に、黒く醜い物が渦巻き、それが沈殿するようになった。

 そこをつけこまれたのだろう。


 あの日、ゾルショワナを屋敷に導きいれたのは、ロークだ。

 ラクドット家の財宝を狙ってうろついていたゾルショワナ一味のイルソンが、庭で佇むロークに声をかけてきた。


 最初はイルソンの正体など知らなかった。

 新しい庭師見習いだろうか、と思ったくらいだ。


 やがて、イルソンはロークの中に沈殿している物に気づき、そこにつけこんだ。

 ロークはまんまとつけこまれた。


 しかし、瀕死のロークを助け出したのはイルソンだった。

 当時盗賊団の下働きだったイルソンはその夜、実行部隊には編入されておらず、退路の確保と見張りの役をあてがわれていたのだ。


 裏門に待機していたイルソンはなにもかもが薙ぎ払われたその瞬間を目の当たりにし、そして瓦礫の山と化した屋敷跡からロークを引きずり出したのだ。

 

 ゾルショワナ一味を屋敷に招き入れなければ、あの事件は起こらなかっただろう。

 しかしイルソンがいなければ、ロークはあの場で死んでいた。


 ロークには恩がある。

 それ以外に、ロークに残ったものはなにもなかった。


 そして、ゾルショワナはイルソンとロークの二人だけになった。


 ―――


 ノックの音が響いた。


 低く返事をすると、やがて部屋の中の唯一の灯りである蝋燭の火が揺れた。

 ドアが開き、ミイがするりとその隙間から入って来る。

 その手にはラクドット家の家宝であるという宝剣を変形させた腕輪がはめられている。


「遅くなってごめんなさい」


 ミイが小さな声で告げる。


「いや。構わない」

「これを……」


 ミイは腕にはめられていた腕輪をするりと抜き取り、ロークに差し出した。

 元々その腕輪はミイには大きく、手を下に向ければそのまま落下することになる。

 ミイは、ここまでその腕輪を抱えるようにして大事に運んで来たのだ。


 手に取る前に、ロークはその腕輪をまじまいと見つめた。

 かつて宝剣をこの目でみたことはなかった。

 しかし、この腕輪からサクの術を感じることに間違いはない。


 即座に受け取らないロークを、ミイが訝しそうに窺う。


「これ、本物じゃなかったかしら?」

「さあ、どうだろうな。とりあえずかかっている術を解析してみないと」


「時間がかかるの?」

「基本は同じはずだからな……。邪魔さえ入らなければ、半日もあれば大丈夫だ。その腕輪をここに置いてくれ」


 ロークは机の上に置かれた一枚の鉄板を指差した。

 ミイは言われるままに腕輪を置く。

 カラン、と音が響いた。


「これが本当に宝剣かどうか、ここで見届けてもいい?」

「ここで?」


 ロークは目を丸くした。

 正直、気が散るので迷惑なのだ。


「もし偽物だったら、あたし失敗したことになるでしょう? 本物かどうかが気になるの」

「例え偽物だったとしても、しばらくおまえはここから出られない」


「それはわかっているけど……」

「どうやって手に入れたんだ? こんな短時間で」


「もちろん、騙して奪って来たのよ。あたしにそれ以外の手段が使えると思う?」

「いや、思わない」

「聞くだけ無駄だったわね」


 ロークは心の中で、まったくだ、とミイの言葉に同意した。


 手に炭を持ち、机の上の空いたスペースに魔方円を描く。

 完成したら、その上に先ほどの鉄板の上に置かれた腕輪を移動させる。


 ちらりとミイを見ると、部屋の壁際まで下がり、背を壁に預けて無言で様子を見ている。

 ロークの視線に気づき、小首を傾げたが、声を上げたりはしなかった。


 これだけ離れた場所で静かに見ているだけであれば、追い出す必要はないかもしれない。

 ロークはそのままの状態で解析に集中することにした。


 誰も見ていない水鏡に、人の姿が映っていることを知る者はいなかった。 

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