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仕方のないことばかりがあふれているこの世界で

「でも……」

「カシュールカは大丈夫だよ。人を殺めた訳じゃない。死罪にはならないはず。牢に繋がれるだけだ」


 ふたりは、細いわき道に逃げ込んだ。

 サクはその場に立ち止まると、なにやら呟きながら地面に手のひらをつく。

 するとその地面が発光した。


 ミイの首筋が疼く。


「なに?」

「追っ手の目を誤魔化す術だよ。目晦ましだね。これで、ひとまず大丈夫だ」    

「ありがとう」


 ミイは逃げるのが得意だ。

 肩で息をするサクに対して、ミイは息切れすらしていない。


「どういたしまして。で、これからどうするつもりなの?」


 問われてミイは俯いた。

 ミイたちの目の前を治安官たちが走り抜けて行く。


 ミイを探しているのだろう。

 しかし、わき道ごと目晦ましの術をかけている以上、向こうの通りからミイたちの姿は見えないはずだ。


「イルソンさまのところに戻らないと」


 顔を上げ、ミイはきっぱりと告げた。


「やっぱり戻るんだね」

「カシュールカは、大丈夫なんでしょ? さっきサクがそう言ったんじゃない」


「そうだけど……。でも、僕としては戻らないでいて欲しい。僕はロークの居場所を探り当てるよ。そうしたら、容赦なくあいつを倒す。ミイがあいつらのところに戻ると、その巻き添えを食らうことになる。……僕は容赦しない。例え君がそこにいると知っていても」


 ミイは頷く。

 それはわかっている。

 わかっていても、自分はイルソンの傍に戻らなければならないのだ。


「仕方がないね」

「仕方がないの」


 サクとミイは苦笑した。


 その時、複数の足音が近づいてきた。

 ふたりは通りに目を向ける。


 すぐ目と鼻の先を、治安官たちが一団となって通り過ぎた。

 その中に、後ろ手に縛られ、引っ立てられているカシュールカの姿があった。


 顔には泥がこびりつき、殴られたせいか瞼の上は腫れ、目の下には痣ができていて、痛々しい。

 額には乾いた血に髪がはりついている。


「カシュールカ……」


 微かに口から漏れた声が、カシュールカの耳に届いたのだろうか。

 ちらりとこちらを見たカシュールカと、ミイの目が合った。


 確かに、合ったのだ。

 目晦ましの術がかけてあるはずなのにもかかわらず。


 ぼろぼろの状態なのに、それでもカシュールカは微笑んだようだった。

 すぐにカシュールカは前を向いてしまったのだけれど……。


 カシュールカ……。


 ミイは思わず通りに飛び出しそうだった。

 サクに押しとどめられなければ、飛び出していただろう。


「自分で歩けるようだし、両手両足も無事胴に付いたままだったね。なによりだよ」


 カシュールカを見送り、サクが言う。


「あたし……。どうしたんだろう」


 しかしサクのそんな言葉を聞いていなかったかのようにミイが呟く。

 サクは首を傾げた。


「最善の選択ができなくなるなんて……」


 既に治安隊の一団の姿が見えなくなった通りをただぼうっと見つめながら、ミイは突っ立っていた。

 やれやれ、とサクは小さく息を吐いた。


「ミイに目晦ましの術をかけてあげるよ。そうすれば無事イルソンのところまで戻れるだろうからね」

「せっかくだけど、遠慮しておくわ。大丈夫。自分でなんとかするから」


「あれ? 僕、警戒されてる?」

「ついさっき、お前のこと平気で殺せるぜ、って言われたばかりなのに、警戒しない方がおかしいでしょう?」


「そんなこと言ったっけ?」

「言ったわよ」


「ああ、まあ、確かにそうなんだけど。でもね。でも、現実問題、君を殺すようなことがあったら、カシュールカに一生許してもらえないと思うんだ。だから一応警告だけでもしておこうかなって思ったわけだよ」


「そんなことないわよ。あたしはもう、ここでのお仕事は退職するんだから」

「そんなのは関係ないんだよ。もうわかってるんじゃないの?」


「……わからないわよ。あたしは、一生そんなのわからない」


 ミイは頑なに否定する。

 サクは困った顔で笑った。


「今はまだ、仕方がないか」

「これから先も、仕方がないのよ」


 わからない。

 きっと、わからない方がいいのだ。


 だって、自分はイルソンから離れることなどできないのだから。


「じゃあ、気をつけて」

「うん。ありがとう。……カシュールカを、きっと助けてあげてね」

「もちろんだよ」


 サクが力強く頷いた。

 ミイはそれを見届けて、踵を返す。


 腕にはめられた、大事な腕輪を上からぎゅっと握って、ミイは歩き始めた。

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