引き倒されたご主人様と、引きずられるメイド
カシュールカは手のひらに残された袋を見る。
質素だけれど丈夫そうな布の袋だ。
とても軽いが、中になにが入っているのだろうか。
その時、外が急に騒がしくなった。
ミイが出て行ってまだ間がない。
ネックレスをテーブルの上に置き、カシュールカは家を飛び出した。
そこには、治安隊に囲まれたミイの姿があった。
「ミイッ」
名を呼び駆け寄る。
「おまえはっ」
治安隊のひとりがカシュールカを指差して叫んだ。
目的はミイだけではなかったようだ。
「抵抗しても無駄だぞ。おまえたち二人を連行する」
ミイとカシュールカに向かってそう告げる。
「なにかの間違いなんじゃないか?」
カシュールカは両手を上げたまま、ゆっくりと治安隊の方へと歩み寄る。
「問答無用だ」
「やれやれ」
カシュールカは溜め息をひとつ吐くと、両手をそろえ、治安隊に向けて突き出した。
お縄頂戴の恰好だ。
「カシュールカ!」
背後でミイの声が聞こえる。
ミイのことだ、少しの隙を与えてやれば、なんとか逃げ切るだろう。
治安隊のひとりが、縄をかけようとカシュールカに近寄った。
その時、カシュールカは突き出した手で拳を握り、治安隊の顎を殴りつけた。
倒れる治安官の腰から剣を抜き取ると、背後にミイを守る体勢で剣を構えた。
「おまえっ。治安官に手を上げて、ただで済むと思うなよ!」
治安官たちが気色ばむ。
「ただで済まないんならどうなるのか、ぜひ教えてもらいたいもんだな」
カシュールカは不敵に笑った。
治安官も剣を抜いた。
まさか、殺し合いにはならないだろうけれど……。
とはいえ剣を手にした以上、無事では済まされないはずだ。
治安官がカシュールカに斬りかかる。
カシュールカは治安官の相手をしながらも、ミイをかばい、退路を切り開く。
カシュールカが顎で行け、と合図する。
顎で示した先に、治安官の穴ができていた。
ミイは頷く。
頷きながらも、これでいいのか、と走り出すのを躊躇した。
逃げるチャンスを逃してはいけない。
自分がそこに居てもなんの役にも立たない。
逃げるべきだ。
逃がしてくれる人がムウルの場合でも、カシュールカでも、それは同じはずだ。
なのに……。
「ミイ、行けっ!」
カシュールカに焦りはない。
複数人を相手にしてもひけをとらない。
治安官の剣をはじき返し、相手の腹を蹴り飛ばす。
そしてミイを振り向いた。
その顔には笑みを浮かべている。
「カシュールカ……」
いまだ迷っているミイに向かって、カシュールカは深く頷いた。
そう、迷っている暇はないのだ。
ミイは腕にはめられた腕輪にそっと触れる。
これを届けなければならない。
それがミイの役目。
「カシュールカ、どうか無事で」
小さく囁いて、ミイは駆け出した。
治安官たちのどよめく声と、剣の交わる音を聞きながらも、走る。
が、やや離れたところで背後から聞こえる声の様子が変わった。
思わず振り向く。
そこには、腕をひねり上げられ、地面に押し付けられるカシュールカの姿があった。
「カシュールカッ」
まさか。
ついさっきまで余裕だったのだ。
負けるわけがない。
なのに、何故……。
ミイの足は止まっていた。
逃げなければならない。
それはわかってる。
わかっているのに、ミイの足はふらふらとカシュールカの方へと向かっていた。
片頬を地面に押し付けられながらもミイに気づいたカシュールカの目が見開かれた。
カシュールカが捕らわれた今、ミイを守る者はいなくなった。
治安官たちがミイに向かって走り寄る。
それでも、ミイにはその場を離れることができなかった。
「ミイ、逃げろーっ!」
カシュールカの叫び声が聞こえた。
駄目、逃げられない……。
どうして逃げられないのか、自分でもわからない。
逃げなければいけないのはわかっているのに。
それでも、地面に引き倒されたカシュールカなんて見たくなかった。
いつも気だるそうに、でも余裕綽々なカシュールカ。
そんなカシュールカが今、ミイを逃がそうとして治安官に捕らわれてしまった。
見捨てて逃げるべきなのはわかっているのに、なんで……。
「なにやってるのっ」
突然腕をぐいとひかれた。
見るとサクが顔に焦りの色を浮かべて立っている。
「カシュールカが……」
「わざと捕まったんだよ、きっと。ミイが戻ったって二人共捕まるだけだ。逃げるよ。ついて来て」
そう言って、サクはミイの腕を掴んだまま走り出した。
足の重いミイを、引きずるようにして。




