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ラクドット家の宝剣と、小さな首飾り

「カシュールカは中に居るよ。僕は出かけるから、ごゆっくり」

「……いいの?」

「なにが?」

「あたしは……」


「ミイにはミイのやりたいことがある。僕には僕の、カシュールカにはカシュールカのやりたいことがある。それは当たり前だよね。利害が一致すればよし。一致しなければ揉めることもある。僕には僕の目的がある。これは、誰にも邪魔をさせない。邪魔をするようなら容赦はしない。それだけは忘れないで」


 ミイはこくりと頷いた。


「でもね、僕はミイが僕たちのところに戻ってきてくれたらいいなと思ってるよ。存外に、三人での生活は楽しかった」

「あたしも、楽しかった」

「うん。じゃあ、またね」


 サクはそう言い残すとミイの脇を通り過ぎ、そのまま去ってゆく。

 ミイは振り返ってその後ろ姿を見送った。


 やがて気を取り直して家へと向かう。

 丸一日も離れていなかったのに、玄関のドアを見た途端、懐かしさがこみ上げてきた。

 そっとドアを開ける。


「なんだよ、サク。忘れもの……っ」


 音に振り向いたカシュールカがミイを見て静止した。


「カシュールカ」

「ミイ……。おまえ、戻って……」


 ミイは首を振る。


「じゃあ……」 

「あなたがラクドット家の嫡子、クアシュカ・ルッツ・ラクドットだったのね」


 ミイが声に感情が篭らないように、努めて冷めた口調で言った。

 後ろ手にドアを閉める。


「ラクドット家は断絶した。俺はもう、貴族じゃない」

「でも、ラクドット家に代々伝わる宝剣は手放していない。そうよね?」


「おまえが探していたのはやはり宝剣か」

「怪しいとは思っていたわ。でも宝剣は見つからなかった。それに、あなたはあまりにも貴族らしくなかった。だから迷っていたの」


 ミイは普段のカシュールカの様子を思い出し、苦笑いを浮かべた。


「宝剣を手に入れてどうするつもりだ? それ以前に、俺が易々と渡すと思うか?」


 カシュールカはミイに詰め寄った。


「どうしたら、渡してくれる?」


 ミイはその場に踏みとどまり、長身のカシュールカを見上げて問う。


「どうしたら、だって? そんなの、わかってるはずだ」


 カシュールカは言うなり、ミイを抱きしめた。

 ミイはされるがままになっている。


「これも、雇用主と従業員の関係のうち?」

「そんなもん、もうどうでもいい」


「あたし、もう解雇されてる?」

「そんなことはもうどうでもいいんだ」


「じゃあ……」

「なんでおまえ、こんなに小さいんだよ。なんでそんなに危なっかしいんだよ。なんでこんなに……気になるんだ、おまえのことが」


 最後は空気に消え入るような小さな声だった。


「気になるの?」


 ミイが不思議そうに問う。


「なるさ。おまえが宝剣を手に入れたいって言うなら、渡してやるさ。どうせもう俺には必要のないものだ。その代わり、それを持って行ったら、今度こそここに戻って来い。それができるか?」

「できるわ」


 ミイは即答した。


「三人で、美味い物を食いに行こう、食い倒れの旅に出るのもいいな。楽しそうだろう」

「楽しそう。美味しい物が沢山食べられるなんて素敵」


「サクには酒も買ってやって、途中で温泉に入るものいいな。幸い、金の蓄えはあるんだ」

「揚げ肉団子も買ってくれる?」

「買ってやる」


「蜜漬けパンも?」

「ああ、いいさ」


「薄切り芋も?」

「もちろん」


「砂糖菓子だって?」

「ああ。たくさん食べて、もうちょっと太ったらいい」


「失礼ね」


 ミイが眉間にしわを寄せる。


「……楽しそうだろう。だから、戻って来いよ」

「うん」


 ミイは頷いた。

 カシュールカは楽しそうに笑った。

 笑って、笑って、そして最後に鼻先でふん、と鼻をならした。


「おまえは嘘つきだ」

「そうね。あたし、嘘つきよ」


「最初から嘘ばかりだった」

「そうね」


「それでも、俺はおまえに宝剣を渡そう」


 カシュールカはミイから離れると、いつも腕にはめていた銀の腕輪をはずした。

 それをミイの左腕にそっとはめる。


「サクの術で変形してるけど、これが宝剣だ。ロークなら恐らく元の形に戻せるだろう」

「これが……?」


「そうだ。俺は、嘘は吐かない」

「そうね。でも、約束が嘘だと知っていて、それでも渡してくれるのは何故?」


「だっておまえ、欲しいんだろ? それに……おまえが約束を守らなければ、俺が迎えに行けばいい事だ。迎えに行く大義名分ができただけでも儲けものだ」


 そう、少なくとも、ミイを迎えに行った時になんで来たのだ、と叱られる可能性はなくなった。


「そんなものでいいの?」


 くすくすとミイが笑う。


「いいさ」


 カシュールカも笑った。

 今度は互いに心から笑っていた。

 和やかな空気が流れる。


 しかしそれも長くは続かなかった。


「……それじゃあ、行くわ」


 自然と笑いが途絶えたところで、ミイが全てを断ち切る冷たさでそう口にした。


「どこに迎えに行けばいい?」

「それは言えない」


「そりゃあそうか。どこにいてもいい。その代わり、死んだりするなよ」

「大丈夫よ。それよりも、カシュールカ、あなたたちこそ、気をつけて。サクにも伝えておいて。ロークは、とても恐ろしい魔術師よ」


「わかってるさ」

「それなら、いいわ」


 ミイは踵を返した。

 そのままドアノブに手をかけ、そこでミイはふと振り向いた。

 見送っていたカシュールカと目が合う。


「ねえ、カシュールカ。ルミナという少女のことを覚えている?」

「ルミナ?」


 イルソンがミイに呼びかけていた名だ。

 しかし、それ以外には思い出せない。


 いや、どこかで……。


「地方豪族の娘だったの。ラクドット家とは懇意にしていたわ。お屋敷であなたに会ったこともあるのよ」


 カシュールカの頭の中に、昔のあの記憶が蘇る。

 優しく差し出された手。

 あの手の主の名は……。


「いや、でも彼女は随分と前に家族と避暑地に赴いた際に賊に襲われて一家全員死亡したと……」

「覚えていてくれたのね」


 ミイは微笑みを浮かべた。


「ミイ、おまえ……」

「それだけ確認したかったの。ルミナはあなたに好意を抱いていた。そんな彼女も、もういないわ。これを……」


 ミイは胸元から細い鎖の首飾りを引っ張り出した。

 鎖には小さな袋がぶら下がっている。

 ミイはそれを取り外し、カシュールカに手渡した。


「これは?」

「できれば、大事にして欲しいの。これをあなたに届けることが、あたしの目的でもあったのよ。それじゃ、本当に行くわね」

「ミイッ」


 カシュールカの呼びかけにミイは答えず、そのままドアを外に姿を消した。

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