乗り込んできた少年
バタンと勢いよく玄関のドアが開かれ、サクはそちらへ目を向けた。
そこには幾度かミイと共に歩いている姿を見かけたことのある少年が立っている。
「確か、ハーダッシュの……」
サクは瞬時にいつもの笑顔を浮かべた。
微かに頬が引き攣るのは仕方がない。
「ムウルだ。ミイが……ミイが連れ去られたっていうのは本当なのかよ? 親方たちが俺をからかってるわけじゃねえんだよな?」
「連れ去られたというか……自分の足で去って行ったように見えたけれどね」
「相手はゾルショワナだって言うじゃねえか。なんで行かせたんだっ!」
そこでムウルは部屋の隅で魂が抜けたような状態になっているカシュールカの姿を見つけた。
つかつかとカシュールカに近寄る。
「あ、今はちょっと……」
サクが止めようとしたが、遅かった。
ムウルはカシュールカの胸倉をぐいと掴んだ。
「おい、お前、なにぼんやりしてんだよっ! オレはおまえにミイを任せたはずだぜっ。呆けてんじゃねえ! おまえ、いいのかよ、このままミイがどっかに行っちまっても。今頃ひどい目にあわされてるかもしれねえんだぞ。それなのに、助けにも行かねえで、それでも男かよっ!」
首を締め付けられたカシュールカは咳き込み、ムウルの手を払った。
「自分で歩いて行ったんだ。どんな理由があるのかはわからないけど、自分で歩いて行ったんだよ。俺は引きとめようとした。それでもミイはあいつと行くことを選んだんだ」
「なんだ、ちゃんと聞こえてんじゃねえかよ」
ムウルは腰に手をあて、カシュールカを見下ろす。
「俺だって、行かせたくなんかなかったさ。でも、あんな顔をしてでもあいつと行くって決めたのはミイだ。だったら俺にはもうなにもできない」
「カシュールカは来る者拒まず去る者追わず、を信条としてきたからね。こういうパターンの場合、追えないんだ」
サクが注釈を加える。
「意味がわかんねえ。だからなんだってんだよ。それは今まで後を追いたいと思う奴がいなかったってだけの話だろ? なにか? ミイにはそんなどうでもいい奴等と同等の価値しかねえっつーのかよ。それこそオレには信じらんねえ。オレはどこまでだってミイを追うぜ。迷惑がられようが、拒まれようが、オレは行く。オレ自身が納得できるまではな」
ムウルが胸を張る。
それは不審者的な危うさを含んでいるのでは? とサクは思ったが、結局口を挟まないことにした。
「迷惑がられても、拒まれても?」
カシュールカがムウルに問う。
「オレ様はそんなことじゃめげねえぜ」
「自分が納得できるまで?」
「そうだ。迷惑なら、オレをちゃんと納得させればいいんだ。それができないような理由だったら、オレは諦めねえ」
自信満々のムウルの口調に、カシュールカは微かに笑った。
「それはすごい」
ぽつりと呟く。
「他人事みてえに言ってんじゃねえよ。おまえはどうすんだよ。オレがこのあいだ見た限りじゃあ、そこそこ見込みがありそうだと思ったんだけどな。こんなことくらいで一々魂が抜けたみたいになってんじゃ話にならねえ。だったらよほどそこの兄ちゃんの方が使えそうだ」
ムウルがサクの方を振り向く。
「僕には復讐という確かな目標があるからね。ミイのことはもちろん嫌いじゃあないけど、そんな些事に関わってる場合じゃあないんだ。君には悪いけどね」
「別に悪かねえよ。それはうちの親方たちだって一緒だ。ミイのことよりも宝の指輪の方が大事に決まってる。みんなそれぞれの思惑があって、それで動くんだ。それがオレの場合はミイだって話だ」
この少年はまっすぐすぎて眩しい。
サクは思わず目を細めた。




