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凍えそうな部屋と、冷たい主人

 灯りのない部屋、凍えそうな空気。

 あまりの寒さに身震いして、ミイは自分の体を抱きしめる。


 ここはミイにあてがわれた一室。

 初めてこの場所に連れて来られたのが、もう随分と昔のように感じる。


 ミイは窓辺に立ち、月を見上げた。


 どこでなにをしていようとも、結局ミイはここに戻ることになる。

 それでも、先代の頃と比べたら、扱いは随分とましになったのだ。


 ゾルショワナに売られた時、ミイは十歳だった。

 ゾルショワナ幹部には身の回りの世話をする為の奴隷がつけられる。

 そこで幹部に気に入られることができなければ、人買いに売られるのだ。


 機嫌をそこねればあっさりと命を奪われることもある。

 奴隷として働かされるのも、人買いに売られるのも、どちらも地獄。

 暴力と死の恐怖に怯えながら、主人の機嫌を窺う日々。


 辛かった。

 何故こんな目に合うのかと嘆いた。


 ミイの主人は随分と体の大きな、毛深い男だった。

 ゾルショワナ幹部には、金にあかせて豪華な生活を送っている者が多かった。


 主人の帰宅に怯え、自分を呼びつける声に怯えた。

 帰宅した主人の足を清め、着替えを手伝い、どんな命令にも従う。


 部屋から外に出されることはほとんどなかった。

 首には鉄の枷がはめられ、その枷には太い鎖が続いている。

 逃げられないように、自分をしばりつける鎖。


 例え鎖をはずされたとしても、屋敷の外に出ることはできなかった。

 ただ、屋敷の中で他の奴隷と会うことはあった。


 ミイにはひとりの親友がいた。

 奴隷仲間だ。


 しかしその少女はある日主人の振るった剣によりあっさりと命を落とした。

 ちょうどその日だった。

 ゾルショワナ一味がある事件に巻き込まれ、幹部以下ほとんどの者が死んだのだ。


 今から三年ほど前のことだ。


 チャンスだと思った。

 今しかないと思った。


 ミイは屋敷を脱走した。必死で逃げた。

 けれど結局、ミイは見つかり、再び囚われた。


 ゾルショワナ盗賊団の生き残り、イルソンによって。


 その時連れてこられたのがこの部屋だった。

 ここが、ゾルショワナを継いだイルソンが選んだ、新しいゾルショワナの隠れ家だった。


 イルソンは何処からか連れて来た魔術師ロークに命じ、ミイの首に印を刻んだ。

 脱走した罰だと。

 これは首輪のようにはずすことのできない、未来永劫おまえを縛り付ける印なのだと。

 何処にいても、なにをしていても見つけ出すことができるのだと。


 そう告げられたのだ。


 それから三年。


 あの日の言葉通り、ミイはイルソンに囚われている。

 ロークの術に囚われている。


 もう首輪はない。

 物質的にミイを縛る物はない。


 屋敷から出ることはできる。

 生きるために金を稼ぐことも必要だ。


 そんな中でムウルやハーダッシュの面々とも出会った。

 首の印のことなど忘れて、このまま自由になれるのではないかと思ったこともあった。


 けれどそれは全て幻。


 イルソンがミイの名を呼ぶ。

 それで全ては崩壊する。


 そう、自分はイルソンから逃れられない。


 寒い。


 ミイは体を震わせ、羽織っていたストールをしっかりと引き寄せる。

 その時、ドアをノックする音がした。


 一瞬、心臓が止まる。


「はい」


 かすれる声でミイが応じる。   


「やあ。まだ起きていたんだね。ルミナが戻ってきてくれて嬉しいよ」

「イルソンさま……」


 コツコツと靴音を響かせて、イルソンはミイの傍に歩み寄る。


「で、目的の物は手に入ったのかな?」


「申し訳ありません……。あの家の中からは発見できませんでした。しかし彼が本当にクアシュカ・ルッツ・ラクドットであるならば、必ずどこかに隠し持っていると思います」


「あれは間違いなくクアシュカ・ルッツ・ラクドットだよ。私は過去に彼を見たことがあるからね。なにより、ロークがそれを認めている。よもやかつての主と同僚の顔を見間違えたりはしないだろう」


「はい……。もう一度チャンスを頂けたら、必ず持ち帰ります。ですから、どうか……」

「また私の傍を離れるというのか?」

「宝剣を手に入れて、必ず戻ります」


 イルソンはそれをきいて、肩をすくめた。


「そんなにここに居るのが苦痛かい?」

「いえ、そういうわけでは……。ただ、もう少しで宝剣を手に入れることができそうな気がするんです。だから……」


「やれやれ。私は正直、盗賊団としての仕事はどうでもいいと思っているんだよ。金に不自由はしていないしね。だから、ラクドット家の宝剣だって、どうしても手に入れたいわけじゃない」

「ですが……、あたしは今まで宝剣を手に入れるために行動を続けていたんです。あと少しで手に入るのであれば、ぜひ手に入れてイルソンさまにお渡ししたいのです」


「わかったよ、わかった。じゃあ、本当にあと一回だけだよ。それで駄目だったら、もうその宝剣のことは諦めるんだ。私は気にしない。いいね?」

「はい。ありがとうございます」


 頭を下げるミイを見て、イルソンは苦笑した。


「そんなに嬉しそうな顔をされると、邪魔をしたくなる。気をつけることだ」

「そんな顔をしていますか?」


 イルソンがミイの顔へ手を伸ばす。

 冷たい指先がミイの頬に触れた。

 イルソンの冷たい紫檀の瞳がすぐ傍にある。


「ああ、とても嬉しそうな顔をしている」


 イルソンが目を伏せて笑う。 

「以後、気をつけます」

「私に向かってその笑顔を向けてくれるのなら大歓迎だけどね」


 イルソンはそう告げると踵を返した。

 ドアを閉めるイルソンとミイの目が合う。


「おやすみ、ルミナ」

「おやすみなさい、イルソンさま」


 パタンとドアが閉じられた。

 部屋の温度が更に下がったような気がする。


 ルミナ、ルミナ、ルミナ。


 イルソンはミイをルミナと呼ぶ。

 それは三年前から変わらない。


 ミイは再び窓の外に目を向けた。

 先ほどよりも高い位置に月が見える。


「ルミナ……」


 ミイは大切なその名を、そっと口にした。

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